第5話 町の風景

ある朝、竹細工を町に売りに出ようとすると、KAGUYAが駆け寄ってきた。


「奥菜さん、わたしも町に行ってみたいです」


いつもは彼女が目立ちすぎるので僕一人で出かけていたが、

町の話をするときの嬉しそうな顔を見ていれば、本当は一緒に行きたいのだと分かっていた。


「そう言うと思ってましたよ」

僕は納屋の奥からサイドカーを押し出した。

実は、こっそり作っておいたのだ。


「奥菜さん!」

KAGUYAの声が半音上ずる。表情は変わらないが、たぶん喜んでいる。



---


町に着くと、案の定みんなの視線が集中した。心なしか僕らを避けて通り過ぎる。

シルバーボディの娘が男物の着物を着て歩いているのだ。当然だ。


ただ、僕の顔を知る町人たちは、まず僕に声をかけてくれる。

不思議なもので、誰かが普通に接すると、周りもつられて空気が柔らかくなる。


「おっ、奥菜、今日はべっぴんさん連れか!」

「その娘、しゃべるのか? そりゃすげえ!」


……おかしい。

確かに、作る竹細工が独創的だというのは分かるが……

僕は普段どう見られてるんだろうか。


いつもの都紀ノ國屋の軒先に露店を構える。

今日も子どもたちが、わらわらと寄ってくる。

ここでもKAGUYAは大人気だ。


子どもたちが矢継ぎ早に質問をしてくる。


「名前は?」「どこから来たの?」


KAGUYAはそれに丁寧に答えていた。


子どもが先に打ち解けてくれたのが大きいのかもしれない。

この町は、子どもの笑い声が強い。


そこへ都紀ノ國屋の娘が店から出てきた。

奏絵かなえちゃんだ。珍しいな。


昔は竹細工の人形も買ってくれて、よく話もしたが、十四歳になったあたりからとんと姿を見せなくなっていたのに。

まぁ、二階の部屋からこちらをチラチラ覗いていたのは知っていたが。


奏絵ちゃんは不安そうな顔をして僕に話しかけてきた。


「奥菜さん……その方は……?」


手には、昔僕が作った人形が握られていた。

あの頃、女の子向けにと始めたシリーズのひとつだ。

当時は沢山作ったが、想定年齢外のオッサンの固定客が付き始めたので販売を終了したんだっけ。


懐かしい。けれど、まさかまだ持っていてくれるとは。


奏絵ちゃんに気付いたKAGUYAが答える。


「はじめまして。わたしは――」


KAGUYAは小さく胸を張った。


「Kinetic Apocalypse Guardian Ultimate Yearn Automata Mark II。

略してKAGUYA Mk-IIです。未来から来ました。わたしは未来の奥菜さんの手によって作られました」


え? そうなの? 初耳だが?


「まあ、そうだったの。……良かった」


奏絵ちゃんは安堵の表情を浮かべた。

何故、瞬時に受け入れられるんだ……すげぇ。


「てっきり、奥菜さんのいい人かと……」


奏絵ちゃんはそこでハッとした顔になり、どことなく恥ずかしそうに慌てて店の中に戻っていった。


そうか、KAGUYAの製作者は僕だったんだ。

僕の理想の造形すぎるとは思ってたんだ。



---


今日はいつにも増して大盛況だった。


KAGUYAは子どもたちに連れられ、竹とんぼで遊んでいる。

不器用すぎて余り遠くに飛ばせてないが、子どもたちからレクチャーを受けているようだ。


竹細工も完売し、露店を片付けようとしているところに、今日も都紀ノ國屋の主人が現れた。


「今日は全部売れたようだね。あんな子供だましの何が良いんだか」


「ところで、あの子、KAGUYAとか言ったかい? なんだい、あのみすぼらしい格好は。これはうちの娘のお古だが着せておやり」


そう言うと、着物を数着渡してくれた。


お古と言うには余りに新しい。今年の新作も交じっている。


僕はKAGUYAを呼び寄せ、一緒にお礼を言うことにした。


KAGUYAはその着物を見てとても喜んだ。

やはり、町行く人の着物を見て羨ましかったのだろう。


「どうもありがとうございます」


僕らは満面の笑みでお礼を言った。


「べ、別に好きであげたわけじゃないんだからね。そんな格好で店先に立たれると困るだけ。似合うかなとかも思ってないし。その着物を着て可愛くして、またうちの娘に会いに来てあげておくれ」


そう言うと、そそくさと店に戻っていった。

相変わらず、キツイ……。



---


それからはKAGUYAとともに町に行くようになった。

売上は1.5倍になった。

ついでに都紀ノ國屋の売上も前年比1.3倍になったという。


KAGUYAは町の子どもたちととても仲良くなった。

今日も竹とんぼで遊んでいる。


相変わらず上手く飛ばせていない。

飛ばしては、拾いに行き、元の場所に戻ってまた飛ばす。

拾いに行っては、元の場所に戻る。


何故、毎回戻る?


「おかしいなぁ、何でみんなみたいに飛ばないんだろう」

「KAGUYAねーちゃんは、ほんと不器用だなぁ。手はこうだよ」

「こう?」

「あっ、さっきより飛んでるよ」

「よし、もう一回」


実に微笑ましい。


が……やっぱり地球は駄目かもしれん。



---


そして奏絵ちゃんとも仲良くなったみたいだ。

一緒に買い物をしたり着物を仕立てに行ったりしている。

ありがたいことに、全て都紀ノ國屋のツケで。


今日も二人で楽しそうに出かけて行った。

新しい甘味処が出来たのだという。


奏絵ちゃんはKAGUYAの方に顔を向けながら、笑顔で連れだって歩いていく。

まるで姉妹のようだ。


目を細めて二人を見送っていると、背中に気配を感じた。


振りかえれば、都紀ノ國屋の主人。

主人も目を細めて二人を見送っている。


「最近はKAGUYAちゃんのお陰で、奏絵はまた良く笑うようになった。ありがたいねえ。“どこかの馬鹿”に縁談を聞いてももらえずに部屋に閉じこもっていたときは、どうしたもんかと思っていたが……。奥菜、これからもずっと、ここに店を構えておくれよ」


そう言うと、店の中に戻って行った。

今日は素直だ。どうした。


しかし、あんなにかわいい奏絵ちゃんとの縁談を断るとは……バカな奴もいたもんだ。



---


町からの帰り。


KAGUYAはいつも上機嫌だ。

その日の出来事の全てを楽しそうに話す。


今日は影踏みをしたとか、かくれんぼをしたとか、奏絵ちゃんにお手玉を教わったとか。


町の子どもたちの名前も確認するように何度も繰り返している。


ひろくん、いちたくん、さきちくん、さよちゃん、はなちゃん、ゆきちゃん……。


まるで、どの思い出も忘れたくないと心に刻むように。


あまりに楽しそうにあれこれ話すので、最近はバイクを押して歩いて帰るのが日課になっていた。


「奥菜さん。今日は、奏絵さんにあやとりを教えてもらいました」

「へぇ~、どんなやつ?」

「見ててください」


急に立ち止まりあやとりを始める。


そうか、歩きながらは出来ないんだ……。


……風が、少し冷たくなってきた。


しかし、時間が掛かるな……。

ああ、今日も夕日が綺麗だ。

おっ、もうトンボが飛ぶ季節か。

めっきり秋らしくなってきたなぁ。


……まだか?


「出来ました。じゃーん。東京タワー!」


……。

「東京ってどこだよ」

「えっ、東京って場所なんですか?」


ですよね。

こりゃ、一本取られたな。


しかしKAGUYAよ、それはまだハシゴだ。



---


KAGUYAは出来たハシゴを眺めながら、嬉しそうに歩いている。

あまりに嬉しそうなので、つい尋ねてみた。


「KAGUYA、町は楽しいか?」


KAGUYAは即答する。

「はい。みんな良い人ばかりで、とても楽しいです」


一拍置いて、彼女は足を止めた。

胸の奥にしまっていた言葉が、あふれ出すみたいに。


「奥菜さん。五つの宝物を集めて、絶対に地球を守りましょう。

 わたし……この町のみんなのことが、とても大切なんです」


「ああ、そうだね」


その日は、立ち止まってはあやとりをし、また立ち止まってはあやとりをして。

帰り着くころには、夜になっていた。

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