6 文字の対価は情報の宝
「……ええ、悪くないわ」
「本当ですか? やったー!」
器用が取り柄の小春の文字習得は想定以上に早かった。みみずが這うようだった文字もだんだんと形をなしてきて、あっという間に基本は読めるし書けるようになった。
物覚えのいい生徒は教えていて楽しい。梅鈴としても、はじめは投資だなんだと打算ではじめた勉強会だったが、次第に純粋に小春の成長を楽しむようになっていた。
「さて、かなり読めるようになったわね。今度、本を借りてきてあげる」
「え、本当ですか?」
「簡単なものならもう読めるはずよ。知らない言葉が出てくるなら、それはそれで勉強になるし」
これまでは梅鈴の書いた文字を真似たり、梅鈴の書いた文字を読んだりすることがほとんどだった。とはいえ梅鈴に飛び抜けた
(文学作品を読んでみたかったと言っていたし、これでさらにやる気が出ればいいわね)
今日は終わり。小春に指示して習字道具を片付ける。
文字の練習といっても、後宮内で使える筆記用具の数には上限がある。多くは皇帝への恋文に使われるため、妃でもない女官の練習には使えない。
そんなわけで、普段の文字の練習は木箱の中に砂を広げて行っていた。枠の低い木箱に砂を入れて、木の枝で文字を書く。木箱を傾ければ文字は消えるから何度でも書ける。片付けるときは枝を入れて蓋をするだけ。
他の妃や女官が見たら、砂を部屋に持ち込むなんてと目をまわしそうだが、そこはさすが梅鈴の担当女官。効率がいいですねとむしろ目を輝かせるだけだった。
木箱を片付け終わるとそれぞれ休憩時間にすると決めていた。だいたい小春は梅鈴の服に刺繍をしていて(それは休憩ではないと指摘したことがあるが、私にとっては一番楽しいんですと強く言われてしまった)、梅鈴は後宮内での商売案を考えている。
が、今回は違った。小春がなにやらもじもじしていてなかなか刺繍に取り掛かろうとしない。
「……なに? 言いたいことがあるなら言って。らしくないわよ」
「あ……えへ、すみません。あの、もし梅鈴様さえよければなんですが、他の女官にも文字を教えてもらうことはできませんか…?」
梅鈴の眉がピクリと動く。小春は恐々と続けた。
「文字を教えてもらってるって話したら、羨ましがられて。……もちろん! 無理にとは言いませんから」
いかがでしょうか、と顔色を伺うようにこちらを見る。梅鈴は少し考え込んで。
「他の妃は嫌がらないの?」
「あ、いえ、その女官たちは担当についていないので。普段の業務の合間に教えて欲しいそうです」
なるほど。であれば、妃からうちの女官になにを余計なことを、とお叱りを受けることもないのである。
よくよく話を聞いてみると、興味を示したのは小春の仲のいい双子の女官だという。これまでの雑談でも話に出てきたことがあるので、名前だけは知っていた。
「いいわよ」
「え! 本当ですか?」
「ええ。断る理由がないもの」
ただし、と梅鈴は人差し指を立てた。
「
「お金ですか? でも、女官の俸給は本当に限られていて……」
「あら、別にお金を取ろうなんていってないわよ。お金になるものならなんでもいいの」
にっこりと笑う梅鈴の脳内ではすでに算盤が弾かれている。彼女の判断基準は常に、金になるか否かという一点なのだ。
「その子たち、後宮に入って長いんでしょ?」
「長いってほどでは。私よりは前からいますけど」
「十分よ。後宮についての話を聞かせてもらうわ。女官や下級妃の間でなにが流行っているのか。どんな派閥があるのか」
そんなのでいいんですかと小春は拍子抜けする。お金になるものって言うから、てっきり衣服や装飾品を剥ぎ取られるのかと。
「あのね、私をなんだと思ってるの? それに情報に勝る宝はないのよ。この閉鎖空間では特にね」
後宮は皇后を頂点に、綺麗な三角形の
そもそもギリギリ合格の才人なんて上級妃に会い見える機会は限られている。商売をするなら人数が多く、接触もしやすい層を狙うべきだ。
というわけで、梅鈴にとって女官の情報は涎が出るほど欲しい。長く後宮にいる娘ほど、派閥や噂、廃れ流行りにも詳しいはず。
「まあ、情報さえ得られるならいつからでもいいわ。都合をつけていらっしゃい」
後宮の算盤妃 ~玉の輿を狙ったら、冷徹監査官の相棒(バディ)に任命されました~ @yocota
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