4 花より帳簿、色より銭
「梅鈴様、お召し物をお届けに参りました!」
「ありがとう。そこへ置いておいて」
後宮へ入って早くも1ヶ月。なんとなく生活にも慣れて、後宮内の仕組みもわかってきた。
才人として入宮した梅鈴には、身の回りを担当する女官が着いた。とはいっても、妃同様、女官にも序列があるようで、妃としては下から数えた方が早い梅鈴にはそれ相応の位の官女が割り当てられる。
本来であれば、自身の付き人を女官として入宮させることがほとんどのようだが、残念ながら落ちぶれ学者一家にそんな余裕はない。というか、梅鈴が実家の家計簿を手にした時点で、最低限の人材以外は解雇にしたのである。幸いなことに、父の繋がりで新しい就職先も斡旋してやれたので、彼女たちももっと裕福な家で幸せに暮らしているだろう。
上級妃の担当女官ともなれば椅子取り合戦となるようだが、梅鈴に関して言えば担当女官というのも名ばかりで、要は新入り妃の世話を押し付けられたのだろう。と、梅鈴は思っている。
これがもっと上の位の妃になると、担当女官も1人2人どころではなく、10人20人とつくこともあるらしい。……というのは、あくまで聞いた話である。
そんなわけで、服の詰まった籠を届けにきたのは
梅鈴のように、自身の家から女官を出す余裕がない家は、下級妃や女官からも馬鹿にされる。だからこそ、小春の態度は珍しかったし、半ば妹のように慕ってくる小春を梅鈴も気に入っていた。
「今日は天気がいいですねえ。梅鈴様もお外へ出られては?」
「そんな暇はないわ。今日は読書の日」
「そう言って、いつもじゃないですか!」
後宮に来ての思わぬ幸運は、自由に読める書籍があることだ。現在の皇帝が様々な改革を推し進めているとかなんとかで、数年前に作られたという書庫があった。
中身は詩などの文学作品が多いものの、どういう経緯で流れ着いたのか、たまに地方の古い出納帳なども混ざっていて、梅鈴はこれ幸いと埃の被ったその本を部屋に持ち帰っていた。
「そんなもの読んで何が面白いんですか? 他の妃たちは皇帝の目に留まろうと、お化粧や刺繍、芸事の練習に明け暮れているんですよ。梅鈴様も、恋文の一つくらい……」
「いいじゃない。私、不器用だし」
もう、と小春は頬を膨らませる。上級妃とは違って、梅鈴は宮殿を与えられているわけではない。この部屋も仕切り一つ立てただけのほとんど相部屋である。そのため、小春を住まわせる場所もない。
小春は少し離れた位置にある女官の寝起きする棟からこうして通ってくれている。相部屋だと聞いているが、その中でも後宮へ入った順番や家柄、仕える妃や仕事によってなんとなく上下関係があるようで、比較的新参者かつ年下の小春は、大部屋にいたくないからと言って梅鈴の部屋で時間を過ごすことも多い。
梅鈴としては読書の邪魔さえされなければ気にならない。なんなら掃除や片付けまでしてくれるのでありがたがっているのだが、小春は優しい主人で良かったとしきりに零すので、みんながみんな梅鈴のような妃ではないようだ。当然だけど。
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