時計塔

花路すずめ

少女

時計塔に、時計塔に、時計塔には秘密がある。今はまだ、そっと、そっと、そっと、隠れてるだけ。


12時の鐘が鳴るころに世界の化けの皮ははがされて真実がほほ笑んだ。


少女は一人真実を見つめる。ああ、お母様の言いつけを聞かずに夜更かしをしてしまったせいだわ。誰も何も動かない。不思議不思議な世界だわ。鐘の音だけがずーっとずうっと響いてる。


少女は一人駆け出した。時計塔へと駆け出した。みーんな動かない。私だけの世界。煉瓦で作った石畳。雨でぬれて薄光。湿った匂いが鼻を抜ける。少女の寝巻は風と踊り、金髪はなびいた。海の青をした目は時計塔をじっと見つめる。


時計塔のふもとには扉が一つ。あら、こんなのあったかしら。いっつもお母様と来るから気が付かなかったわ。


白い手はノブを引き、少女は迷いなく中へと飛び込んだ。歯車がぐるりぐるりと動いてる。これはなあに? 指先がつかんだのは小さな紫シオンの花。誰か誰かがくれたのよ。むかぁしむかし。誰かしら。


妖精がそっと耳元でつぶやく。忘れなさい、忘れなさい、あなたは上へ進みなさい。妖精が差し出したのは白い白いホオズキ。あらあら、ありがとう、私とっても嬉しいわ。少女の足は軽やかに、階段をかける。


らせんの階段ぐうるぐる。高くて上がよおく見えないわ。手すりに腰を掛けたくろおいネコの金の目が、こちらをぎょろっと覗いてる。あなたはだあれ? だあれなの?


ぬぅお、とないたくろおいネコはつぶやいた。君は忘れてる。思い出しなさい。思い出しなさい、と。君が君であるのには、失ってはならないんだ。


少女は首をちょこんと傾げあら何かしら、とこたえる。くろおいねこはどこからともなくカーネーションを取り出した。きっときっと、思い出さなきゃだから。でもでも私は行かないと。


少女はカーネーションを手に駆け出した。壁に掛けられた女王の絵、美しい、白い肌のドレスと豪華な女王様。少し微笑み高らかに、あなたはどこからきたの? 透き通った声は塔に響き 少女は少しうっとりする。


ああ、女王様、わたくしは少し遠くから来ましたの。何かに呼ばれているのです。大切なものを、大切なものを失ってしまう気がするのです。だから私は上へと向かわなければならないのです。上へ上へと向かうのです。


女王は少し驚いて、上に行くなら気を付けて。あなたはあなたを忘れずに。女王は少女の頭に赤いジニアをつけてやった。少女は喜び何度も何度もありがとう、と繰り返した。少女は女王に手を振ってまた、駆ける。


そろそろそろそろそろかしら。あらあらあなたはかわいい子。ふんわりとしたウサギのウサギのぬいぐるみ。ぬいぐるみはぴょんっと立って上を指す。あと少し、あと少し。その花さえあれば大丈夫、大丈夫、あなたなら真実を見つめれる。きっとしっかり受け入れれる。


ぬいぐるみはリボンをつかって花のブーケを作った。まぁ、なんて素敵なの。輝く少女の目はまるでサファイア。踊るように少女はのぼる。


あら、ここが最上階? 木製の小さな扉が一つ。あら、これは鍵? いつから私持ってたの? ノブにくすんだ金のカギを刺す。外に出ると、夜風が少女の頬を撫でる。きっとここは世界で一番高いトロコだわ! ずううううううっと先まで見えるのよ。


屋上には止まった時計の文字盤と、大きな大きな鐘が並んでる。あとは、あとは、これは椅子? 紙が一枚置いてある。きっと何かを忘れてる。私なにを忘れてる?


汚れた紙には紙には文字が。「あなたのことを、まってるわ。あなたのことを愛してる。」これはこれは、お母様の文字? そういえば、そういえば、お母様、どこにどこにいったのかしら?お父様は? レッティは? 私、私、一人じゃないはずよ! ! どこ! どこ! どこなの! !お母様にあいたいわ。みんなに会いたいわ。


紙に書かれた最後の言葉。「ここからとびおりて。」ホントはとっても怖いのよ? でも私は進むわ。進まなきゃ! 絶対忘れちゃいけないわ。少女は身を投げ出し町の夜空へおちてった。


朝の陽ざしが窓からさして、ベットの白いシーツを照らす。窓際にはお母様とお父様、それにレッティ。手には花束。ありがとう、私、とっても幸せだったわ。花の香りが鼻をくすぐった。

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時計塔 花路すずめ @Suzume-hanamiti07

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