第30話

――フィットネストレーナー・佐野拓海のモノローグ

​「The Dual Heart」のハウスに入って三日目。今日は、俺と風花さんの初めてのカフェデートの日や。

​正直、心臓が口から飛び出しそうや。俺は、元ラグビー部で体格もデカいし、普段はこんなんビビらへん。けど、相手はあの風花さんや。テレビで見るよりも遥かに美しすぎて、もはや美術品やんか。

​俺の隣に座る風花さんは、今日も完璧なビジュアルや。衣装は私服に近いけど、肌の白さ、目元の影の入れ方、そして指先。ネイルは、あの光と影が融合したデザイン。あの爪を見た瞬間、「ああ、この人はホンマに、俺らの世界とは違う場所にいるんや」って、改めて実感したわ。

​(あかん、緊張しすぎて、いつもの熱量が伝えられへん…!)

​カフェは、俺と風花さんの二人だけ。向かいには、映像クリエイターの相原翔が、遠くの席でカメラを回してる。翔は、俺と風花さんの「感情の衝突」を最高の素材として狙っとる。

​俺は、意を決して、直球の言葉をぶつけた。

​佐野「風花さん。前回、俺の直球の告白で、あんたの声がちょっと揺らいだの、俺は気づいてるで」

​風花さんは、注文したハーブティーの湯気に、顔を少し隠した。その表情は、一瞬の動揺もなく、穏やかで優雅だ。

​風花「フフ。そうですね。佐野君の情熱には、本当に驚かされました。でも、あれは喜びですよ。私の光が、誰かの心にちゃんと届いたんだって」

​穏やかな関西訛り。しかし、その声は以前の「素の戸惑い」を完全に消し去り、優しさの中に、揺るぎない芯が通っている。まるで、最高硬度のクリスタルで包まれた声みたいや。

​(前回、一瞬ヒビが入ったと思ったのに、今回は倍の強度になってる…!この人、俺の感情すら、自分の防御壁にしとるんか?)

​俺は、一瞬たじろいだが、彼の「偶像の壁」を壊したいという、熱い衝動に突き動かされた。

​佐野「ホンマに?俺は、あんたのその完璧な光の裏に、なんか守らなアカン脆さを感じるんや。あんた、ずっと一人で戦ってきたやろ? 俺は、あんたのその影の部分も、全部抱きしめたいんや」

​この言葉は、風花さんのコンプレックスの原点(孤独と防御)を突く、最大の挑戦だ。

​風花さんは、優雅に紅茶を一口飲んだ。そして、彼の唇から出た言葉は、予想外のものだった。

​風花「佐野君。ありがとうございます。その『影の部分も抱きしめる』というあなたの『愛の熱量』、私にとって、とても興味深い素材です」

​(…素材?)

​風花さんは、僕の愛を、演技の素材として捉えている。その冷徹な分析に、俺の胸は締め付けられる。

​風花「私、佐野君の『直情的な情熱』を、もっと知りたい。それは、私の『光の演技』に、あなたが失くした『本物の愛の重さ』を与えてくれるかもしれない。だから、私に、あなたの心の一番熱いところ**を見せてくれませんか?」

​その声は、優しく、甘く、「癒やしの周波数」に満ちている。しかし、その裏に潜む「表現者としての冷徹な探求心」に、俺は鳥肌が立った。

​俺は、彼の「究極の自己実験」という戦場に、被験者として参加させられている。

​だけど、俺は笑った。

​佐野「フッ、わかったわ。ホンマに恐ろしい人やな、風花さん。ええで。俺が持つ、最高の『愛の熱量』、全部あんたにぶつける。あんたの演技を完成させるんも、あんたをホンマの愛で満たすんも、俺しかおらへん!」

​俺は、風花さんへの愛を深めた。それは、偶像への崇拝と、生身の人間への情熱が混ざり合った、複雑で、熱い感情だった。俺は、この「光と影を支配する偶像」の壁を、本物の愛で必ず崩壊させてみせると、心の中で固く誓った。

​相原翔のカメラが、この熱い決意の瞬間を、静かに記録し続けていた。

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