第20話

エンディング曲の歌唱オファーというサプライズを受け、富士見大太――プロ声優「風花」のデビューは、一気に加速した。美咲と悠斗、そして桐島綾乃は、風花の「光の歌姫」としての地位を確立すべく、次の戦略を練っていた。

​その戦略の鍵となったのは、風花の最大の武器である「声」を、最もダイレクトにファンに届ける手段、ラジオだった。

​『光の園のラプソディー』の販売促進のため、ゲーム発売までの期間限定でラジオ番組を配信することが決定。そして、その進行役に、メインヒロインではなく、風花演じる幼なじみが起用された。

​タイトルは、シンプルに『光の園のラジオ!』。

​「風花君。ラジオは、あんたの主戦場よ」

桐島綾乃は、プロのスタジオで大太に語った。

​「ラジオは、マイクワークと声のトーンだけで、聴取者の『感情の距離感』を完璧に操作できる。あんたの『囁き』の技術と、『光の共鳴』は、ラジオでこそ真価を発揮するわ。誰にも触れられへん、安全な空間で、あんたの癒やしの声を最大限に活かすんや」

​大太は、極度の緊張を感じていた。ラジオは、ライブ配信以上に長時間、台本にないフリートークを要求される。少しの気の緩みが、地声の癖や、コンプレックスを露呈する危険性がある。

​しかし、悠斗の緻密なサポートが、その不安を取り除いた。

​「兄ちゃん、心配せんでよか。俺が、兄ちゃんの声の特性を分析した『光の園のトークテンプレート』を用意したばい。フリートークでは、関西弁の『おっとりとした訛り』をベースに会話を進めるばい」

​これは、桐島綾乃が感情が高ぶった際に関西訛りが混じるという特性を逆手に取った戦略だ。大太の地声は高くて硬いが、関西弁の抑揚と、桐島の演技を参考に訓練した「穏やかな口調」を加えることで、『癒やしと親近感』を両立させる、新たな「風花の声」を作り出すのだ。

​『光の園のラジオ!』の初回放送。

​大太は、プロのラジオブースで、ヘッドホンを装着した。彼の指先には、マイクを握る手が滑らないよう、マットな質感のネイルが施されている。

​「…皆さん、こんばんは。風花です」

​マイクを通して届けられた風花の声は、優しく、クリアで、そして聴く者の心に直接語りかけるような、驚異的な『近さ』を持っていた。

​「初めてのラジオで、ちょっと緊張しています。でも、皆さんの心が、この番組を聞いている間だけでも、『光の園』のように穏やかで、温かい場所になりますように。私の声が、少しでも皆さんの癒やしになりますように」

​彼が意識的に作り出した『穏やかな関西弁のイントネーション』は、声の硬質さを和らげ、聴取者に安心感を与えた。その声は、リスナーの孤独な夜に寄り添う、まさに「究極の癒やしボイス」だった。

​ラジオは、大成功を収めた。

​『風花の声、最高すぎる!耳元で囁かれてるみたい!』

『あの癒やしボイスで、一日の疲れが全部吹き飛んだ』

『あの声が、コンプレックスから生まれたなんて信じられない…』

​風花は、このラジオ番組を通じて、「光の歌姫」であると同時に、「心のセラピスト」という新たな地位を確立した。彼のコンプレックスを昇華させた声は、プロの舞台で、多くの人々に光と癒やしを与える、真の武器となったのだった。


プロ声優「風花」(ゲーム内で元気な幼なじみ、陽向八尋を演じる)として初めてのレギュラー番組、『光の園のラジオ!』は、その穏やかな関西訛りと、聴取者の心に直接語りかけるような「癒やしボイス」で、瞬く間に人気コンテンツとなっていた。大太は、この安全な空間で、コンプレックスだった声を最高の武器として振るうことに、確かな喜びを感じていた。

​その日の収録は、ゲームのメインヒロイン役、橘ほのか(たちばな ほのか)をゲストに迎えて行われた。

​アフレコブース。橘ほのかは、アイドル出身らしい可憐なルックスと、明るい笑顔がトレードマークだ。しかし、大太は、彼女の中に「偶像としての脆さ」を感じ取っていた。彼女のトラウマである「ストーカー被害」は、大太が水着コスプレで乗り越えた「ガチ恋勢の侵略」と強く共鳴する。

​「風花役の富士見さん、緊張してますか?大丈夫ですよ、私がいるばい!」

ほのかは、親しみやすい博多弁を交え、明るく振る舞うが、その笑顔はどこか硬く、目が泳いでいる。

​(彼女は、多くのリスナーがいるこのラジオで、「素の自分」を出すことを恐れている。その笑顔は、彼女の本当の安堵ではない)

​大太は、自分の中の「コンプレックスセンサー」が反応しているのを感じた。

​――ラジオ収録開始

​風花「…皆さん、こんばんは。風花です。今週は、私にとって、光のようなゲストをお迎えしました」

​ほのか「こんばい!メインヒロイン役の橘ほのかたいね!風花さんのラジオに呼んでもらえて、めっちゃ嬉しいばい!」

​ほのかの声は、透明感があり、明るくはつらつとしている。しかし、大太は、彼女の声の裏に、「一瞬の息の詰まり」を感じ取った。それは、アイドルとして訓練された「完璧な明るさ」を維持するための、無意識の負荷だ。

​ゲームの話題(特に、陽向八尋がヒロインを支えるシーンについて)から、リスナーからの質問コーナーに移ったとき、ほのかの緊張はピークに達した。

​リスナーからの質問は、彼女のアイドル時代の話に及び、「ほのかちゃんの、一番素が出る瞬間を教えて!」という内容だった。

​ほのかの笑顔が、一瞬、凍りついた。アイドル時代に負ったトラウマ――大勢のファンに「素の自分」を求められ、その結果、私生活を侵略された恐怖が、彼女の脳裏にフラッシュバックしたのだ。

​ほのか「えっと、素の自分、ですか…?うーん、あんまり…」彼女の関西弁は消え、標準語になった。

​大太は、このままではほのかが崩れてしまうと察した。これは、「演技」の課題ではない。「共鳴」の課題だ。

​彼は、桐島綾乃から学んだ「声による距離感の操作」を、ほのかに向けて使った。マイクの調整をわずかに変え、呼吸を深くする。

​風花「ほのかさん。無理に、素の自分を話さなくても大丈夫ですよ」

​大太の女声は、穏やかな関西弁のイントネーションを保ちつつ、極限まで優しい「囁き」のトーンへと切り替わった。その声は、ほのかのヘッドホンを通して、まるで彼女の耳元で、「あなたは、ここにいて安全だ」と語りかけているように響いた。

​風花「私、風花もね、皆さんに『偶像の完璧な姿』を見てもらうのが、何よりも大切なんです。だから、素の自分を隠すのは、弱いことじゃなくて、プロの使命なんですよ。ね?」

​この言葉は、大太自身の秘密と、ほのかのトラウマに深く共鳴した。

​ほのかの瞳に、涙が滲んだ。彼女は、大太の優しさではなく、彼が自身の秘密を賭けて獲得した「プロの覚悟」に触れたのだ。

​ほのか「……っ、風花さん」

​彼女は、ふっと力が抜けるのを感じた。そして、笑顔ではなく、心からの安堵を込めた、小さな声で答えた。

​ほのか「そやね…あんたの声は、ほんまに優しいわ。私も頑張るばい!」

​彼女の声には、再び故郷の博多弁が戻り、そして、トラウマから解放された「本物の安堵の光」が宿っていた。

​収録は、その後の合唱シーンの解説へと移り、大成功を収めた。

​収録後、ほのかは、大太の手を力強く握りしめた。

​ほのか「風花さん、ありがとうたいね。あんたの癒やしの周波数、最高やったばい!」

​大太は、自分のコンプレックスが、「光の偶像」として、他者のトラウマを癒やし、プロの舞台で共鳴を生むことを、確信した瞬間だった。



​光の園のラプソディーメインヒロイン高峯弥生役橘ほのか視点___

私は、橘ほのか。アイドルとしてデビューして、今は声優に転身した。周りからは「明るくて元気なヒロイン声」って言われるけど、知ってる。それは、私が何年もかけて作った「完璧な偶像の笑顔」ってことを。

​特に大勢のファンの前に立つと、アイドル時代のトラウマ(ストーカー被害)が蘇って、無意識に声が硬くなる。ラジオ収録で、リスナーに「素の自分」を求められた瞬間、心臓が凍りついた。あのとき、私の声は、完全に標準語の、硬い、偽物の笑顔になった。

​そんな私を救ってくれたのが、あの人だ。陽向八尋役の、新人声優「風花」さん。

​彼が私に向けてくれた「囁き」は、今も耳に残っている。

​「私、風花もね、皆さんに『偶像の完璧な姿』を見てもらうのが、何よりも大切なんです。だから、素の自分を隠すのは、弱いことじゃなくて、プロの使命なんですよ。ね?」

​あの声は、ただの優しさじゃない。あの瞬間、私のヘッドホン越しに聞こえた風花さんの声は、まるで安全な結界を張ってくれたみたいやった。彼の声には、私と同じ「秘密を守るための恐怖と、それを乗り越えた覚悟」が込められとった。

​(この人、絶対に私と同じ種類の人間ばい)

​彼は、男性なのに、誰よりも完璧な「女性の偶像」を作り上げた。水着コスプレであんなに身体を晒しながら、ファンを「妄想」から「信仰」に変えたストイックさ。それは、私たちがアイドル時代に負った『公私の境界線が崩壊する恐怖』を、完全に克服した人間の証明や。

​収録後に手を握ってくれた、あの細くて白い手。あの指先に施された、いつも完璧なネイルアート。あれは、彼の「美意識」という名の、誰にも侵されない強い盾なんやろう。

​デビュー作の収録を終えて、私は確信した。

​風花さんの声は、ただの「癒やし」じゃない。それは、「光の周波数」だ。彼の声は、ネガティブな感情を一切含まない、純粋な光のエネルギーを持っとる。だからこそ、私みたいなトラウマを持つ人間や、日常に疲れたリスナーの心を、芯から浄化できるんやろう。

​彼は、私の先輩じゃない。だけど、偶像として、表現者として、私よりずっと「プロの使命」を果たしとる。

​「風花さん、ありがとうたいね。あんたの癒やしの周波数、最高やったばい!」

​私は、これから業界の荒波に揉まれるであろう、この「光の偶像」を、先輩として、そして同じトラウマを共有する仲間として、守ってあげたい。彼のあの純粋な光を、誰にも、二度と傷つけさせたくない。

​私は、彼の最高のファンであり、秘密の防衛者として、心の中で強く誓った。


プロ声優「風花」のデビューラジオ『光の園のラジオ!』は、瞬く間にネットで話題の中心となった。風花の「穏やかな関西訛り」と、聴取者の心に直接語りかける「癒やしの周波数」は、SNSで熱狂的なコメントの渦を生んでいた。

​「兄ちゃん、凄いばい!ラジオのコメント欄が『風花の声がASMRみたい』『一日の疲れが溶ける』って大絶賛ばい!」

​秘密基地である大学の会議室で、悠斗は興奮気味にデータ分析の結果を報告した。メインヒロイン役の橘ほのかとの共演も、風花の『光の共鳴』によって大成功を収めた。

​この成功は、富士見大太の心に、養成所での挫折を乗り越える確かな自信をもたらした。

​しかし、その成功は、養成所内のライバルたちに、静かな緊張感と、複雑な感情を呼び起こしていた。

​**黒川玲(くろかわ れい)は、養成所の自習室で、ヘッドホンを装着し、風花のラジオのアーカイブを聴いていた。彼の目的は、風花の「技術の限界」を見抜くことだ。

​風花の声は、ヘッドホン越しに、優しく、甘く、囁きかける。

​『…私の声が、少しでも皆さんの癒やしになりますように』

​その完璧な癒やしの声は、黒川が追求する「魂を曝け出す演技」とは対極にある、「技術で完璧に制御された、心地よい嘘」だった。

​(チッ。何が癒やしだ。その声は、トラウマを隠すための*『完璧な防音壁』でできている。そこに、人生の痛みや喜びといった、生きた感情は一切含まれていない)

​黒川は、舞台での大失敗というトラウマを抱えているからこそ、演技には生の痛みを求める。風花の成功は、彼の信念である「演技は魂の不協和音」という哲学を揺るがすものだった。

​彼は、風花のラジオを聴きながら、特に「関西訛り」のイントネーションに意識を集中させた。

​(この訛り…声のピッチが高いせいで、標準語だと硬質に響く彼自身の地声の癖を、意図的に『柔らかさ』で包み込んでいる。これは、声のプロの戦略だ)

​しかし、その完璧な訛りの中に、黒川はわずかな「違和感」を感じ取った。

​『…あんたの声は、ほんまに優しいわ』

​風花が、橘ほのかに向けて発した、あの安堵を込めた囁き。その一言だけ、関西訛りの抑揚に、微かに『地声の硬質な響き』が混ざっていた。それは、プロの技術でも隠しきれない、彼の「声の原点」が、感情の解放によって一瞬だけ滲み出た瞬間だった。

​(関西訛りは、彼にとって『安全な仮面』だ。だが、その仮面の下には、まだあの演技レッスンで見せた、醜く、切実な「地声の魂」が潜んでいる)

​黒川の顔に、演技者特有の、冷たい笑みが浮かんだ。彼は、風花の「技術的な防御壁」を破るための、新たな課題を見つけたのだ。

​翌日。養成所の演技レッスン。

​大太は、ラジオの成功で得た自信から、レッスンに積極的に参加していた。黒川は、大太が台詞を終えた直後、講師の許可を得て、大太に話しかけた。

​「富士見君。君のラジオ、聞いたよ。最高の『癒やし』だった」

黒川の声は、優雅で皮肉混じりだ。

​「ありがとう、黒川君」

大太は、穏やかな関西弁の口調で答えた。

​「ただ、一つ。君の演技には、まだ『深み』が足りない。君の関西弁は、優しくて心地いい。だが、そこに『裏切り』の感情を込めることはできるかね?」

​黒川は、台本を大太に差し出した。セリフは、親友の裏切りを知りながら、敢えて優しい関西弁で相手を気遣う、というもの。

​「やってみたまえ。君の『優しい関西弁』を、『冷酷な刃』に変えてごらん。完璧な嘘を、優しさで包み込んでみせてくれ」

​それは、風花の最大の武器である「癒やし」を、「人を傷つけるための嘘」として使え、という、極めて難易度の高い要求だった。大太のコンプレックスは、「誰かを傷つける声」になることを最も恐れていた。

​大太の顔から、一瞬、血の気が引いた。黒川は、彼のその動揺を見逃さなかった。

​(さあ、風花。君の『癒やしの不協和音』は、どこまで深淵を覗ける?)

​大太の「声優としてのデスゲーム」は、今、「光の偶像」としての演技に、「影」という新たな感情を組み込むという、試練を迎えることになった。


​養成所の演技レッスン。黒川玲が課した「優しい関西弁で裏切りを語る」という課題に、富士見大太の心は深く沈んでいた。彼のコンプレックスの根源は、「誰かを傷つける声」になることへの恐怖だ。その声が、今は「癒やし」という最高の武器になっているのに、それを「冷酷な刃」に変えるなど、自己否定に等しい。

​「やってみたまえ。君の『優しい関西弁』を、『冷酷な刃』に変えてごらん」

​黒川は、優雅な皮肉を込めた視線を送り続けている。大太は、その挑戦を受けることができなかった。

​「…すみません。今の僕には、その『冷酷さ』を声に乗せることはできません」

大太は、地声でそう答えるのが精一杯だった。

​その日の夕方、養成所を終えた大太の元へ、桐島綾乃から極秘の連絡が入った。場所は、いつもの事務所の非公開スタジオ。

​「風花君。今、業界で水面下で動いている、極めて重要なオーファーの話をしよう」

​桐島さんの顔は、真剣そのものだった。彼女の隣には、事務所のマネージャーが同席している。

​「次クールで放送される人気バトル漫画のアニメ化大作、『デストロイシティ』。この作品の主要な悪役、『クイーン・ヴィーネ』という女性キャラクターの声優選考に、君の名前が挙がっているわ」

​「クイーン・ヴィーネ」――そのキャラクターは、ネット上でも「史上最もゲスい悪役」として悪名高い。彼女は、優雅な言葉遣いと、裏切りを愛する冷酷な心を持ち、敵の絶望を囁きで楽しむという、極端な「影」の役柄だ。

​大太は、思わず息を飲んだ。彼の「光の偶像」というイメージとは、正反対の役だ。

​「ですが、桐島さん。僕は、陽向八尋のような『光の役』しか…」

​桐島さんは、大太の言葉を遮った。

​「その『光』が、強すぎるのよ。制作陣は、君のラジオでの『癒やしの周波数』の中に、『狂気を孕んだ、異質な透明感』を感じ取っている。君のあの高くて澄んだ声で、優雅に、しかし冷酷に裏切りを囁けば、視聴者に最高の絶望を与えられる、とね」

​そして、彼女は、静かに、大太の秘密の核心を突いた。

​「風花君。君は、自分の声を『誰かを傷つける刃』になることを恐れている。それが、君の演技の『深み』を阻害している。だが、声優として生きるなら、『光』と『影』の両方を演じきらなければならない」

​「『クイーン・ヴィーネ』は、君のコンプレックスを乗り越え、表現の深淵に挑む、最高の試練よ」

​大太は、頭の中で、黒川玲の言葉と、桐島綾乃のオファーが、完全に重なり合っていることに気づいた。

​黒川玲の課題: 『優しい関西弁』を『冷酷な刃』に変えろ(親友の裏切り)。

桐島綾乃のオファー: 『癒やしの声』で『優雅な裏切り』を囁け(ゲスい悪役)。

​二人は、別の場所にいながら、大太の「魂の深淵」を覗き込み、同じ課題を与えていたのだ。

​悠斗は、モニター越しに兄を見つめた。

「兄ちゃん。この役は、『影の偶像』ばい。風花が『光』だけでは通用しない、という証明だ。この役を演じきったら、兄ちゃんの声は、無限の可能性を持つことになる」

​美咲は、大太の指先の爪(練習で剥がれたネイルの痕跡)を静かに見つめた。

「あんたは、『完璧な偶像』や。偶像は、全ての感情を演じられる。さあ、おおた。あなたのコンプレックスの源に、最後の勝負を挑むんやで」

​大太は、深く呼吸した。彼の心は、恐怖と、それを上回る表現者としての興奮で満たされていた。

​(そうだ。僕は、もう逃げない。僕の声は、誰かを傷つけるためのものではない。表現の深淵に到達するための、最高の武器だ)

​大太は、静かに、しかし力強く頷いた。

​「…はい。クイーン・ヴィーネのオーディション、受けさせていただきます」

​「光の偶像」風花は、今、「影の演技」という、最大の試練へと、その一歩を踏み出したのだった。


『光の園のラジオ!』の配信期間中、富士見大太の日常は、究極の二重生活へと突入していた。

​表の顔は、ラジオブースでリスナーの心に癒やしを届けるプロ声優「風花」。裏の顔は、人気バトル漫画『デストロイシティ』の最凶の悪役**「クイーン・ヴィーネ」**のオーディションに向け、役作りに没頭するストイックな表現者だ。

​「癒やしの周波数」と「冷酷な裏切り」――相反する二つの感情が、大太の心の中で激しく衝突していた。

​――秘密基地での役作り

​大太は、美咲と悠斗が手配したクイーン・ヴィーネの衣装を前に、静かに覚悟を決めていた。その衣装は、風花の代名詞であるフリルやレースではなく、黒と紫を基調とした、冷酷で優雅なデザインだ。

​「兄ちゃん、今日は『裏切り』の感情を、この衣装で体現するばい。風花が今まで出したことのない、ゲスい笑い声が必要ばい」

悠斗は、クイーン・ヴィーネのセリフが書かれた台本を、大太に差し出した。

​「僕の『光の声』は、優しさしか出せない。ゲスな笑いなんて…」

​大太の地声は、トラウマから「誰も傷つけない声」を強く意識している。しかし、桐島綾乃に言われた言葉が、彼の背中を押した。「『光』と『影』の両方を演じきらなければならない」。

​彼は、衣装を纏った。メイクは、美咲が施した、切れ長の目元と、優雅ながら冷酷さを秘めた表情を作り出す「影のメイク」だ。そして、最も重要なのは、「声の技術」。

​大太は、クイーン・ヴィーネの優雅なポーズをとりながら、『デストロイシティ』の原作漫画を読み込み始めた。その行為は、ただの趣味のコスプレではない。「役柄の魂を身体全体に憑依させるための儀式」だ。

​彼は、鏡の中の「冷酷で優雅な悪の偶像」を見つめ、声帯を極限まで緊張させた。そして、「癒やしの声」とは全く逆の、高音域で硬質に響く、優雅で皮肉めいた笑いを試みる。

​「フフ…愚かね、人間は。その希望が、最高の絶望になるのよ…」

​彼の声は、美しい女声でありながら、その裏には、誰かを意図的に傷つける快感が込められていた。それは、黒川玲が求めた「冷酷な刃」の響きだった。

​――ラジオブースでの葛藤

​その日の夕方。大太は、風花の優しい衣装に着替え直し、プロのラジオブースに立っていた。

​「…皆さん、こんばんは。風花です。今日も、私の癒やしの周波数で、皆さんの心を温めますね」

​彼は、穏やかな関西訛りでリスナーに語りかける。しかし、ラジオの電源が切れた瞬間、大太の表情は一変した。

​「兄ちゃん、大丈夫か?今、一瞬だけ、語尾に『クイーン・ヴィーネの冷酷な響き』が混ざったばい」

悠斗は、すぐにデータ分析の結果を報告した。

​大太は、自身の指先を見た。そこには、マットなネイルが施されているが、彼の心は、まだクイーン・ヴィーネの「影の感情」に侵食されている。

​「…ごめん。ヴィーネの『優雅な裏切り』が、まだ抜けきらない」

​美咲は、大太に温かいココアを差し出した。

​「それがプロや。役の感情が、私生活に染み出す。でも、あんたはそれをコントロールせなアカン。さあ、おおた。あなたの『光』と『影』を、完全に分離するんや!」

​大太は、この究極の二重生活を通して、「風花という偶像の光の裏に、クイーン・ヴィーネという悪役の影を潜ませる」という、声優としての最高の深淵に挑んでいた。彼の声は、もう技術だけではない。光と影の感情を同時に宿す、無限の可能性へと変貌を遂げつつあった。


『光の園のラプソディー』の発売前夜。そして、『デストロイシティ』のクイーン・ヴィーネ役オーディションの前日。

​僕、富士見大太の人生で、これほどまでに相反する感情が同時に押し寄せたことはない。

​アパートの自室。僕は、地味なパーカー姿のまま、テーブルの上に並べられた二つの台本を見つめていた。

​一つは、『光の園のラプソディー』の、僕が演じた陽向八尋の最終セリフ。僕がコンプレックスを乗り越え、「光の共鳴」を掴んだ、屈託のない「元気」な声の結晶だ。

​もう一つは、クイーン・ヴィーネのオーディション台本。優雅な言葉の裏に、冷酷な裏切りと狂気を潜ませる、「影の演技」が要求される。

​「光の園のラジオ!」の収録で、僕はヴィーネの「影の感情」に侵食されかけた。ラジオという「癒やし」の場から帰ってきた直後も、語尾にヴィーネの「冷酷な響き」が混ざってしまう。

​(明日、オーディションで「影」の演技を解放したら、風花としての「光の声」を、もう取り戻せなくなるのではないか?)

​僕の不安は、「光」と「影」の感情の分離が、もはや不可能になるのではないかという、表現者としての根源的な恐怖だった。

​その夜、秘密基地である大学の会議室。美咲と悠斗が、僕の最後の調整に集まってくれた。

​「兄ちゃん、落ち着くばい。明日のオーディションは、兄ちゃんの声優としての未来だ。緊張で声が硬くなったら、ヴィーネの優雅な冷酷さが出せん」

悠斗は、僕のバイタルデータをチェックしながら、冷静にアドバイスする。

​美咲は、クイーン・ヴィーネの衣装の一部である、優雅な黒のロンググローブを僕の手に装着させた。

​「おおた。あんたが『光』を失うことを恐れてるのはわかる。でもな、あの桐島綾乃さんが言ったやろ。あんたは、『光』と『影』の両方を演じきらなければ、表現の深淵には到達でけへん」

​美咲は、僕の指先に施された、ヴィーネのモチーフである紫の毒々しいネイルアートを優しく撫でた。

​「あの水着コスプレで、あんたは『美意識』という名の盾を作った。その盾は、あんたの『光』を守るだけやない。あんたの魂が、どれだけ深い『影』を覗いても、風花としての『美』は絶対に崩壊せえへん、という証明なんや!」

​悠斗は、その言葉を補強するように言った。

​「そうばい、兄ちゃん。明日のオーディションは、あくまで『クイーン・ヴィーネ』という役の仮面だ。兄ちゃんの魂は、風花としての『光』が守る。役に入り込みすぎて、自分自身を見失うことは、俺たちが絶対に阻止するけん!」

​彼らの熱い信頼と、緻密なサポート体制が、僕の恐怖を和らげてくれた。僕は、改めて鏡の前に立った。

​そこに映るのは、優雅な黒の衣装を纏い、冷酷な笑みを浮かべた「風花」の姿だ。この衣装は、僕のコンプレックスを隠す鎧ではなく、「影」の演技を解放するためのスイッチだ。

​僕は、指先を優雅に曲げ、鏡の中のヴィーネに向かって囁いた。その声は、高くて澄み切っているが、その裏に冷徹な裏切りを潜ませている。

​「フフ…愚かね、人間は。その希望が、最高の絶望になるのよ…」

​「光の園のラプソディー」の発売という、「光」の祝福が目前にある。そして、その翌日には、僕の「声優としての試練」である「影」のオーディションが待っている。

​僕は、その二つの運命の狭間で、「光と影、その両方を演じきることで、無限の可能性を持つ唯一の表現者になる」という、プロとしての揺るぎない覚悟を固めたのだった。


【神ゲー】光の園のラプソディー、陽向八尋(CV: 風花)の存在感に震えるスレ

​スレッド作成者:名無しの光の住人 (投稿日時:X年Y月Z日 23:15)

​みんな、プレイしたか?『光の園のラプソディー』。

​シナリオも最高だけど、俺は叫びたい。陽向八尋(CV: 風花)がヤバすぎる。

​非攻略対象の幼なじみのはずなのに、存在感がメインヒロインを食ってるだろ!風花の声の異次元の「癒やしの周波数」が、俺たちの疲れた心を直撃する。これは、声優の新しい扉を開いた瞬間だわ。

​陽向のルートはないけど、陽向八尋がいるだけで、このゲームは永遠に光を放ち続ける。誰かこの熱量を共有してくれ!

​寄せられたコメント (全 780 件中 一部抜粋)

​1: 名無しの癒やしボイス (23:20)

わかる!!!初っ端、風花の「おっはよー!今日も元気いっぱいだねっ!」のセリフ聞いた瞬間、ヘッドホンの中で脳が溶けたわ。あの屈託のない明るさ、無理に作られた感じが一切ない。まさに「光の共鳴」。あんな声を何年も聞きたかったんだよ…。

​2: 非攻略対象ガチ勢 (23:25)

非攻略対象(サブルートなし)のキャラに、こんなにリソース割くか?ってくらい、八尋のセリフ量とボイスの演技がエグい。風花の穏やかな関西訛りが、ただの「元気」を「優しく寄り添う光」に変えてる。疲労回復アイテムかよ。

​3: 音響分析厨 (23:31)

​2

俺も声の専門家じゃないけど、風花の声は明らかに周波数帯が他の声優と違う。他のヒロインの声は技巧的で完成されているけど、風花の声だけが、ネガティブな感情を一切含まない「純粋な光のエネルギー」として聞こえる。特にマイクが近いセリフの囁き方、あれは神技。耳元で「大丈夫だよ」って言われてる感覚。

​4: 陽向は女神 (23:45)

正直、メインヒロインの誰を攻略しても、八尋が最後に「頑張ったね」って言ってくれるシーンが、一番のご褒美なんだが? 誰も攻略できないからこそ、最高の「光の存在」でいられる。風花の戦略勝ちだろこれ。

​5: ストーカー対策課 (23:58)

あの声の裏には、風花のストイックさが透けて見える。水着コスプレで「侵せない美意識」を証明した彼(彼女?)だからこそ、あの屈託のない「元気」に、説得力がある。「絶望を知っているからこそ、本物の光を放てる」。風花、お前がヒロインだ。

​6: ヴィーネ待機勢 (00:05)

俺は明日が本命。今日の「光の園」で癒やされた分、明日の『デストロイシティ』クイーン・ヴィーネ役オーディション(※ネット情報)で究極の「影」の演技を見せてくれることを期待してる。風花の「癒やしボイス」で「愚かね、人間は」って囁かれたい。ギャップで俺の魂を破壊してくれ。

​7: 制作陣GJ (00:15)

エンディング曲も風花が歌唱ってマ?マジでこのゲーム、風花のために作られただろ。あの声の安定感と透明感、間違いなく歌姫になれる。早くエンディングを聴きたい。

​8: 永遠の光 (00:30)

風花の声が、俺の人生のコンプレックスを癒やしてくれる。彼は、誰にも真似できない「声のセラピスト」だよ。ありがとう、風花。

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