弱小調査団の大口団長とシゴデキ副団長

水津希理

休講続きのリーベカッツェ教授

それぞれの始まり

 自室の書斎の椅子に座り、リーベカッツェ教授は白髪交じりの頭を抱えていた。黄昏の弱い日の光が、明かりがついていない部屋に差し込んでいる。


あの子は一体、どこに行ってしまったんだと、彼は自問したが、答えは出てこない。あの子は私の生きがい、いや精神のよりどころと言ってもいい。


もしも悪い人間にでも連れ去られていたらと、最悪の想像が頭に浮かぶ。考えただけで心臓を握りしめられているような感覚に陥る。リーベカッツェ教授は首を振って、その可能性を振り払おうとしたが無駄だった。


「ご主人様」

 不意にドアの方から声がして、彼は慌ててドアを開けた。ドアの向こうに立っていた執事は、暗い顔をしていた。


「どうだ、エミールは見つかったか?早くあの子の顔を見たいんだ」

 教授が尋ねると、執事は首を横に振った。

「いいえ、使用人たちで手分けして敷地中全部探しましたが、見つかりませんでした。まことに申し訳ございません」


「ああ、私は一体、どうすればいいのだ」

「本当に申し訳ありません。明日はこの地区全体にまで捜索範囲を広げますので」

「そうか、ご苦労。もう下がってもいいぞ」

「はい、失礼いたしました」


 執事はそう言って、バタンとドアを閉めた。教授は椅子に座り、再び頭を抱えてひとりごちた。彼の暗い表情は、既に日が暮れたせいばかりではなかった。

「ああ、エミール。一体お前はどこに行ってしまったんだ」


 その翌日、ケントルム大学の廊下で男女3人の学生が掲示板を眺めていた。


「おい、リーベカッツェ教授の講義、休講だってさ」

 3人のうちのひとり、とび色の短髪に赤い服のマシューがそう言った。

「なんか、他の講義も休んでるらしいよ。具合でも悪いのかな?」

 銀髪のライナスがそう答えると、薄茶色の髪のケイトが同調した。

「だとしたら、心配かも。来週には再開してくれるといいけど」


「どうする? 芝居にでも行くか?」

 マシューがそう言うと、他のふたりはうなずいた。3人は連れだって、大学の構内を後にし、芝居小屋の方に足を進めた。


 「よし、採用!」

 ジョナサンはテーブルの向こうの椅子に座る眼鏡の青年、メレディスに向けてそう言った。メレディスは若干拍子抜けしたように応える。


「そうですか、ありがとうございます」

「ああ、これからよろしく頼むぜ」

「はあ、ありがとうございます」


 メレディスは今日会ったばかりのジョナサンが、どうしてこんなに自分を高く評価してくれるのか、判断しかねていた。これまで大きな企業には、何度も門前払いをされたというのに、この小さな調査団はそんなに人手不足なのだろうか。労働環境が恐ろしく劣悪でなければいいと、彼は思った。そしてその不安を、つい口に出してしまった。


「あの、本当に僕でいいんですか?」

「どういうことだ?」

「いや、僕のどこを見て採用していただいたのかと思って」

「お前は、俺の評価基準にぴったりだからな」

「え?」

「一緒に働くなら、誠実な人間がいい。話していてそれがわかった」

「そうですか、ありがとうございます」


 メレディスがそう自信なさげに言うと、ジョナサンは不安を払しょくするかのように元気よく答えた。

「じゃ。さっそく仕事を教えるか。俺について来い」


 その次の瞬間ドアがバタンと開き、金色の長髪に青いワンピースの女性がつかつかと団長室に入って来た。彼女はジョナサンに向き合って口を開いた。

「ジョナサン、『仕事を教える』などと偉そうに言わないでください。それは、私の仕事です」


 ジョナサンはぎょっとして女性を見返し、動揺を隠さずに言った。

「アリーナ、いつから聞き耳を立てていた! 今、客の前だぞ!」

「いいえ。あなたが採用と言ったからには、彼はもう私たちの一員です。あなたの面接官ぶりは、扉の向こうですべて聞かせてもらいました」


「どうだ、俺の面接官ぶりは? 団長としての威厳は示せていたか?」

「あまり偉そうにすると、圧迫面接になってしまいますよ。まあ及第点といったところですね」


 そう言い切ってからアリーナは厳しい表情を一気に崩し、メレディスに微笑みかけた。

「ようこそ、メレディスさん。すみませんね、団長がこんな感じで。仕事は丁寧に教えますので、心配しないでくださいね」


 ジョナサンが詰められる様子にあっけにとられていたメレディスは、アリーナの急変にビクビクしながらも、おずおずと言葉を返した。

「い、いいえ。いいんです。せっかく採用していただいたのですから。アリーナさんは確か、副団長でしたよね。さん付けはいりません。どうぞ、よろしくお願いいたします」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「あの、アリーナさん」

「はい、なんでしょうか?」

「その、仕事って大変ですか?」


 アリーナは一瞬ジョナサンをにらみつけたが、すぐに笑顔に戻って言った。

「いえいえ、私たちの仕事は浮気調査やペット探しなど、そんなに大それたものではありませんよ。それにあなたは事務員で、現場には出ないので安心してください」


「そうですか」

「では他の団員にあなたを紹介して、さっそく仕事を教えましょう」

「ありがとうございます」


 そう言いつつ、アリーナとメレディスは連れだって団長室を出て行った。ジョナサンはその様子を眺めながら、アリーナは相変わらずだなとぼんやり考えていた。


彼女は調査団を立ち上げるとき、ふたつ返事で副団長の地位を引き受けてくれた。そしてメレディスを採用するまでの、こまごまとした事務作業も嫌な顔ひとつせずに行なっていた。それなのにやたらジョナサンに対して、厳しい態度をとる。その理由を、彼はわかりかねていた。

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