毒舌第一王子のひとめぼれ恋愛記
りっく
第1話
「……なぁ。俺はつい最近までもっと難しい仕事をしてた。その意味がわかるか?」
本来は一人用の狭い執務室に、男女が二人。
しかしそこに柔らかな雰囲気が流れることはなかった。男の方が、ピリピリカリカリしているからだ。
男の名はウィルヘルム・グランシュタイン。シュタイン王国の第一王子である彼は、とある事件の首謀者に手を貸したことで辺境伯領へ事実上の左遷となった。妻、クィンニーナのいる辺境伯領に移るのはすんなりと飲み込んだが……仕事人間であるウィルヘルムにとって、「辺境伯領の領主を手伝う妻を手伝う自分」はあまりにつまらなかった。
文句を垂れるウィルヘルムに対して、妻であるクィンニーナはどこ吹く風で答える。
「まぁ、もっと手伝ってくださりたいの? 父にあとで直談判しにいきましょう」
ウィルヘルムが身内だけに向ける、さまざまな悪意ある言葉も、クィンニーナの前には無力。
“そうだけどそうじゃない”返事をして、クィンニーナはたおやかに笑った。
自分はクィンニーナのこういうところに弱いと、ウィルヘルムは自覚している。
社交の場でこそふつうにしているが、身内や敵と認定した者に対しては皮肉が止まらない。別に身内に対しては悪意があるわけではなく、揶揄いながら楽しく話しているといつの間にかそうなっているのだ。
そんなウィルヘルムのことを弟たちや散っていった貴族どもが毒舌王子と呼んでいるのは知っている。
毒舌王子の毒を天然で抜いてしまうのが、クィンニーナのすごいところだった。
……まあ、本人には口が裂けても言わないが。
与えられたつまらない仕事をさっさと終えて、二人は領主の元へ向かう。領主はクィンニーナの実の父。ウィルヘルムからすれば義父にあたるため、ウィルヘルムの止まらない毒舌も多少はなりを潜める。
出来上がった書類を返して、代わりに新しい書類を山ほどもらう。そして二人はまたクィンニーナの執務室に戻ろうとした。
その道中、廊下の向こうからひょっこり顔を出した女の姿を見て、ウィルヘルムはクィンニーナにバレない程度に嫌な顔をした。ウィルヘルムとクィンニーナを見つけて嬉しそうに歩いてくるのは、クィンニーナの妹、フェルミナだ。
「姉様、お義兄様。お仕事ですか?」
「ええ。ウィルが働き足りないって」
「まあ。ありがたいことですわね」
そう言ってから、フェルミナはウィルヘルムの様子をうかがい見る。
ウィルヘルムから見たフェルミナは、わがままで傍若無人でかわいこぶったご令嬢。つまり一番苦手な部類だ。しかしそんなフェルミナにも躊躇というものはあるらしい。願わくば躊躇ったまま声をかけずに去って行ってほしかったのだが、そうはいかなかった。
「ねえ、わたくし、お義兄様にずっと聞いてみたいことがあったのです」
「……今じゃなきゃダメか?」
「夕食の場でも構いませんけれど……今の方がきっとお義兄様も答えやすいかと思って聞いてみています」
「なんだ」
ウィルヘルムは渋々尋ねる。夕食の場で聞かれて困るような質問しないでもらいたいが、今の方がマシだと言うのなら今聞かれていなしておけばいい。軽くそう思ってうながした問いは、非常に稚拙でくだらない馬鹿らしい質問で。
「お義兄様は、どうして姉様のことをお好きになったのでしょう?」
それでいて、答えにくかった。
* * *
ウィルヘルムとクィンニーナの出会いは、運命ではなかった。
仕組まれた……というと言い方が悪い。でもそれ以外の表現も思いつかなかった。偶然を装って、二人は大人たちに引き合わせられた。
「あの、すみません。道に迷ってしまって……」
王立学院一年、つまりまだ11歳の頃のクィンニーナが、おずおずと声をかける。愛嬌があるわけでもない、真面目そうな少女だ。
普通に考えて、道に迷った少女の前に王子しかいないなんてことあり得ない。学生たちのフェアウェルパーティーの終わり頃、王族挨拶の務めを終えて控室に戻ろうとするウィルヘルムのところに、ちょうどよく彼女は迷いこまされたのだ。
このとき、ウィルヘルムは18歳。ちょうど王子としての執務も板についてきて、結婚の話があちらこちらで持ち上がり始めた頃だった。歳の差は七つ。まあ、貴族ならナシじゃない。
普段のウィルヘルムなら、無視していただろうところを。
つい答えてしまったのは、大人に使われる彼女が哀れだったからだ。
「一般客ならその角を左、来賓ならまっすぐ行って突き当たりを右だ」
ただ道を教えただけ。それだけで彼女はパッと顔を輝かせた。
大したことのない、ただの年下の少女の無垢な笑顔に――一目惚れしたのも。
別に運命ではなくて、もしかしたら仕組まれたことだったのかもしれない。
それでもウィルヘルムは恥を忍んで側近に頼んだ。
彼女を探し出せ、ここに迷い込んだと言うことは誰かが見ているはずだろう――そうまくし立てていると、すぐに彼女は見つかった。
ウェーステッド辺境伯令嬢、クィンニーナ・ウェーステッド。
正式に王室のお茶会に招待され、ウィルヘルムと顔を合わせた彼女は、ずっとニコニコ微笑んでいた。あの夜の不安そうな顔でも、その後の満面の笑みでもない愛想笑いが不安になって、意地の悪い言葉をかけてしまったことがある。
「辺境伯令嬢
クィンニーナは目を丸くしたあと、困ったように言った。
「生まれる場所と私の出来になんの関係がございますの?」
言葉遣いで怒られたことなどなかったウィルヘルムが、7つ下の少女に正論を言われている様子は側から見れば非常に愉快だっただろう。しかも、当のクィンニーナには言ってやったという様子が一つもないのだ。ポカンとしてただ疑問を呈する彼女の姿は、ひたすらに真面目、ひたすらに実直な貴族令嬢でしかない。
かえってあらゆる皮肉を完封された気分になったウィルヘルムは、それからわざと意地悪を言うのはやめた。
それと同時に理解したのは、別に彼女は自分に気に入られるために愛想笑いを浮かべているわけではないのだということだった。気に入られたいならわざわざ言い返したりしてこないはずだから。ならどうしてずっとニコニコしているのか、ウィルヘルムには考えても考えてもわからなかった。
ある日、他に人の少ない、ウィルヘルム主催のお茶会で二人になる機会があったので、ウィルヘルムは尋ねてみた。
どうしてお前はいつもニコニコ笑っているのかと、そのまま素直に。
クィンニーナはきょとんとしてから、答えた。
「……だって、楽しいんですもの。ウィルヘルム様とのお茶会」
またあの日と同じ、毒のないあどけない笑顔を浮かべて彼女は言った。
月日が過ぎてクィンニーナの容姿はずっと成長していたが、何も変わらない弾けるような笑顔だった。
「そうか。……俺といると楽しい、のか」
ウィルヘルムは小さく聞いた。こんなこと周りの誰かに聞かれていたら恥ずかしくてたまらないから小声だったのだが、クィンニーナは何を勘違いしたのか彼女自身も声を潜めて内緒話のように呟いた。
「ええ。人生で一番よ?」
* * *
あのときのクィンニーナは何歳だったのか。魔性っぷりを妹の前で暴露してやろうかと思ったが、自分の情けなさを披露するのとなんら変わらないような気がしたのでやめておいた。その後王室の多くの人間たちの反対を押し切り、すでに進められていた政略結婚を断ってまで恋愛結婚したのだから、毒舌王子が笑いぐさである。
だから素直に言わない代わりに、ウィルヘルムは答えを待つフェルミナとクィンニーナを鼻で笑った。
そして、できる限り舌に毒を込めて、答えてやる。
「人を愛するのに理由がいるから、お前は行き遅れてるんだ。違うか? フェルミナ」
「まあ。ひどい照れ隠し」
「わっ……わたくし、お義兄様のこと嫌い!!」
それぞれに違った反応を見せるクィンニーナとフェルミナを置いて、ウィルヘルムは廊下を進み出す。
後ろからついてきたクィンニーナに「照れ隠しでも言っていいことと悪いことがある」なんてこってり叱られたのは、言うまでもないだろう。
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ウィルヘルム・グランシュタイン(25)
シュタイン王国第一王子。皮肉と冷笑に溢れた毒舌王子であるが、妻クィンニーナへの愛だけは本物である。
クィンニーナと共に過ごす時間が欲しいあまりに、政治において強行策を講じたことで失脚。クィンニーナの暮らすウェーステッド辺境伯領へ事実上の左遷となった。
クィンニーナ・ウェーステッド(18)
第一王子ウィルヘルムの妃。ウィルヘルムに愛されることに慣れており、穏やかでありながら豪胆な性格をしている。
フェルミナ・ウェーステッド(16)
クィンニーナの妹であり、第三王子アルバートの名誉ファン。すでに第一王子と姉クィンニーナの婚姻が成立している以上、フェルミナとアルバートが結ばれる未来はなかったが、アルバートのことをずっと気にかけていたので16になる今も婚約者不在。誰が行き遅れですの!?
拙作『旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録』よりスピンオフ的短編でした。
本編に出てくるのはこの三人の中ではフェルミナがメインで、クィンニーナとウィルヘルムのことはほとんど書けていなかったので・・・ダイジェスト的ではありますが、こんな関係の二人がいたんだよ!というお話です。
楽しんでいただけていましたら幸いです!
『旅好き』本編(38万文字完結済み)は以下リンクから読めますので、よろしければ!
https://kakuyomu.jp/works/16818622174138470390
毒舌第一王子のひとめぼれ恋愛記 りっく @rickyamashita
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