平穏至上主義勇者のしぶしぶ魔王討伐譚

赤松 勇輝

第一章 電撃勇者と魔王討伐

第1話 前兆

 日も沈みかけた夕方の森を、オレは籠を背負いながら歩いている。カラスの鳴き声が反響して不気味に聞こえてくるが、オレは頭の後ろで手を組んで悠然と歩く。


 森にはクマも出るが、それでも気持ちは変わらない。むしろ、出てきてくれた方がありがたいくらいだ。


 何せ、オレは夕食の材料を探してアインス村から森にやってきたんだからな。


 アインスの村は、若い奴なんていない老いぼればかりで構成されている平穏な村だ。平穏すぎてつまらない——なんてことはない。


 オレとしては、平穏な日常を送れることが何よりも嬉しいのだ。


 朝日と共に起きて、家事をしたり、畑で農作業をする。腹が減ったら、森で狩猟をしたり、暇な時は泉のそばで魔法のトレーニングをする。疲れてくたくたになったら寝る。


 時々、村の奴らの手伝いをすることもある。


「ジェイドくん、いつもありがとね」


 そんな風に言われて嫌な気分にはならねえが、やることねえからやってるだけで、善意もへったくれもない。


 まっ、要するに平穏な日常を送れることが最高なんだよな。


 因みに、今一番楽しみなことと言えば、畑で育てているトマトがおそらく明日にでも食べごろになりそうなことだ。


 ——丹生込めて作ったから、早く食いたいぜ!


 明日でオレも十六歳になる。出来立てのトマトを使って、何かご馳走を作ろうかと考えている。


 ——うん?


 そんなふうに考えていると、視線の先で茂みが揺れたのを感じた。


 ——これは、動物のお出ましじゃないか!


 腹も減ってるから、できればイノシシやクマなんかに出会えると嬉しい。そんな期待に胸を膨らませながら待っていると、茂みから姿を現したのは——


「よっしゃ、クマのお出ましだ! 今日の夕飯は、このクマをメインにした料理にするしかねえな!」


 嬉しさで指を鳴らすオレとは裏腹に、クマはオレのことを餌と認識している様子で、涎を垂らして見てくるからオレは嘆息することになる。


 まるで自分が狩られる側ではなく、狩る側だと勘違いしているみたいだな。


 まぁ、オレだってもしも生まれつき魔法を使えなきゃ、クマなんて凶悪な獣に遭遇したら一目散に逃げ出していただろう。


 だが、オレには魔法がある。


 時々村の奴らから注意される、邪悪な笑みをクマに向け、手のひらにルーン文字を浮かび上がらせ——


「こいつで、仕留めてやるよ!」


 ——手のひらに、バチバチと電撃が発生する。


 オレ得意の電撃の魔法で、狩猟するにはうってつけだ。


 クマはオレの電撃を見てビビったように後ずさったが、構わずオレはボールを投げるように手のひらにまとわせた電撃をボール状にして投げた。


「くらえ、電撃球ッ!」


 電撃球はクマに向かってまっすぐ飛んで行き、逃げようとするクマの背中に命中。クマの絶叫が上がり、その場にズシンというやかましい音を出して倒れた。


 ……やりすぎたか?


 今の衝撃で、森の木々に止まってくつろいでいただろう鳥たちも、周囲に潜んでいた小さな獣たちも一目散に去って行った。


 まぁ、気にする必要ねえか。


 さてと、絶命したクマを担ぎ上げて、村に戻るとしよう。今日は豪華な夕食が食べられそうだぜ。


 ホクホクした気持ちで村に戻って歩いていると、ゾワッとどこからか不穏な気配を感じ取った。今まで感じたことないような気配だ。


「……なんだ?」


 気配のした方を見ても何もいない。もしかしたら、もっと上物の獣でもいるのかもしれないと思ったが何もいない。


 ……気のせいか?


 せっかくホクホクした気持ちでいたのに、オレの気持ちに水を差した主の存在は分からないが、もしも見つけたらただじゃおかない。


 そう心に決めて、オレは村に戻った。



 目の前には、木々に囲まれ、足元の草原が広がる奥にキラキラと光る泉が見える。この泉は、アインス村のそばにある泉だ。


 通称『女神の泉』と村の奴らは言っていた。なんでも、この世界を創った『アルベール』とかいう女神を祀った泉とのこと。


 だが、オレからすればただの水たまりだ。ちょっと濁ってるし、雨でできた水溜まりの方がマシだ。


 もし仮にこの水溜まりにこの世界を創った女神を祀っているんだとしたら、この世界の女神もたかが知れている。


 とはいえ、どうしてこんなところで寝転んでいるのだろうか?


 オレは、クマの肉をたらふく食って、疲れたから寝たはずだ——ということは、これは夢なのだろう。


 それにしても、なかなかリアルな夢だ。まるで、起きてるみたいに感じる。


 夢だとしても、こんな水溜まりのそばにいる必要性を感じない。


 オレは、夢の中の自宅にでも行こうと思って立ち上がる。それから、頭の後ろで手を組んで、背後の森の方へと歩き出す。


『お待ちください』


 どこからともなく声がした——が、待ってやるいわれはない。


「誰だか知らねえけど、待って欲しいんだったらそれなりのことをすべきじゃねえか? 何もしないで待って欲しいだなんて虫が良すぎるだろ」


 気にせずに、歩いていると今度は明確に背後から声がした。


『いや、あの、待ってもらえないと話が——分かりましたよ!』


 怒り声と共に、ザバッと水が勢いよく揺れた音がした。


 振り返ると、そこには女が荒々しい息を吐きながら立っていた。


 金髪に翠色の目で色白の肌をしてる。白いローブを着て頭には能天気な奴がつけてるような、雑草を編んで作った輪飾りを付けてる。


 第一印象から、この女は能天気な阿呆だとオレには見える。


「誰だお前?」

『……なんだか、あまりいいようには見られていないように感じますが』

「まぁ、その通りだな」

『女神に対して、なんたる……ッ!?」


 地団太を踏んで怒っている。


 ……やはり阿呆だったか。


「あのさ、用がないんだったらオレは行くぞ。夢の中とはいえ、お前みたいな阿呆と不毛な時間を過ごすのも無駄だから」

『あぁ、お待ちください! あなたにどうしてもお話ししたいことがあるんです!』


 すがりついてこようとしたから、受け流してやった。


 地面に転がる女はうめき声をあげた。


『……くっ、仮にもこの世界を創った女神に対して』

「おい、今なんて言った? 女神だって!?」


 笑いをこらえきれず、オレは女を指差して笑った。


 いや、笑うしかないだろこれは!


 だって、自分のことを女神とか言ってるんだぜ?


 自称女神はオレの馬鹿にする攻撃に対して、またも地団太を踏んでいる。


『本当なんです! 私はこの世界の女神のアルベールなんです!』

「はいはい」

『本当なんですってば!』


 まるで、子供のようにわめき散らしてくる。


 何やってるんだろうかと思うが、どうにもこの馬鹿は自分の立場がよくわかってないようだ。夕方に森で出会ったクマと同じじゃないか。


「……はぁ、畜生と同じ思考回路とかいよいよ面倒くせぇ」

『ひどいです……』


 涙目でオレのことを見てこようが、オレはそんなことを気にする性格をしてねえ。夢とはいえこれ以上ここで問答をしてるのは時間の無駄だ。


 とはいえ、このまま放っておいたらこの問答が続くかもしれないのは面倒くせえ。仕方ねえからこいつをもう女神だということで話を進めてしまおう。


「……わかったわかった、お前は女神だって信じてやるよ」

『やっと、わかってくれたんですね!』


 適当な調子で女神であることを受け入れると、自称女神は嬉しそうに笑い出した。


 ちょろいな。 


『改めまして、私はこの世界を創った女神のアルベールです。初めまして、ジェイド』

「どうしてオレの名前——」


 オレの名前を知ってることに一瞬驚いたが、これはオレの夢だ。夢なのだから当然なのだろうな。


 驚いた気持ちを返せと自称女神を睨みつけていると、自称女神はそんなオレには構わずに話を続ける。


『ジェイド、率直にお話しします。この世界には現在危機が迫っています。千年前に封印した魔王が復活して、この世界を滅ぼそうとしているのです!』

「……ふーん」


 所詮夢だ。鬼気迫った様子で語ってきてもどうでもいい。自称女神の話をオレは適当に聞き流していた。


「なるほどなぁ、千年前に封印した魔王が復活してこの世界を滅ぼそうとしてるのか。それはご大層な話だ」


 全く信じていないが話を合わせるために適当に相槌を打ったのだが、自称女神は真剣そうな眼差しでオレのことを見つめてくる。


『ですから、勇者であるジェイドに魔王討伐の旅に出て欲しいのです——って、全然信じてないですよね! やっぱり私の話を信じていませんよね』


 あくびをしながら話を聞いていたから、流石に信じてないことがバレたみたいだ。


「荒唐無稽だろ? それにオレが勇者だって? 笑わせんじゃねえよ」

『本当なんです!』


 勇者というのは本で読んだことがあるが、千年前にこの世界で暴れていた魔王を封印した存在だと言われている。


 オレがその勇者とか意味が分からない。


 オレにはそんなこと出来ないし、仮にできたとしてもするつもりがない。オレはアインス村で平穏な日常を送っていたいのだ。


 ……ったく、妙な夢を見たもんだ。


「他を当たってくれ」

『待ってください! ジェイドは勇者なんです』

「……夢でもいいかげんしつこいぞ!」


 しつこくやかましいことを言ってきたから、面倒くさくなったオレは、自称女神に電撃を落としてやった。 

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