第2話 前の車を追ってくれ!
タクシーに乗り込んだのは、午後三時過ぎ。
都心の交差点で、信号待ちをしていたときだった。
突然、目の前を一台の車が通り過ぎた。
それは、十年前に別れた恋人が乗っていた車だった。
「……え?」
一瞬、目を疑った。
でも、あの横顔、あの運転姿勢、間違いない。
彼女だった。
十年ぶりに見た、彼女の姿。
「運転手さん、すみません!」
「はい?」
「前の車を……追ってくれ!」
運転手は驚いた顔をしたが、すぐにアクセルを踏んだ。
「了解です!」
車は、都心の雑踏をすり抜けていく。
前の車は、白い軽自動車。
信号を右に曲がった。
こちらも追いかける。
「急ぎの用事ですか?」
「ええ、ちょっと……大事な人なんです」
運転手はうなずいた。
「わかりました。任せてください」
*
車は住宅街に入った。
前の車は、ゆっくりと走っている。
こちらも距離を保ちながら、追いかける。
「十年前に別れたんです。僕が勝手に遠くへ行って、連絡も絶って……」
「それはまた、ドラマみたいな話ですね」
「今日、偶然見かけて……どうしても、話したくなって」
運転手は笑った。
「人生って、そういう偶然があるから面白いんですよ」
前の車が、コンビニに入った。
駐車スペースに止まる。
こちらも、少し離れた場所に止まった。
「……行ってきます」
車を降りて、ゆっくりと歩く。
彼女は、車から降りて、店に入ろうとしていた。
その背中に、声をかけようとした。
でも、足が止まった。
彼女の隣には、小さな男の子がいた。
手をつないで、笑っている。
そして、もう一人。
彼女の隣に立つ、男性。
家族だった。
自分は、そっとその場を離れた。
タクシーに戻る。
「どうでした?」
「……話せませんでした。でも、見られてよかったです」
運転手は、静かにうなずいた。
「じゃあ、次はどちらへ?」
自分は、少し考えてから言った。
「そうですね……未来に向かって、お願いします」
車は、静かに走り出した。
窓の外には、夕焼けが広がっていた。
そして、自分はふと笑って言った。
「前の車を追ってくれ!」
運転手は、冗談だと気づいて笑った。
「了解です!」
車は、夕焼けの中を走っていった。
もう、過去を追う必要はなかった。
これからは、自分の選んだ道を、まっすぐに。
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