a. あはっ
「どういう……こと?」
王都の城壁前にある領主部隊の隊舎で、女は泣き腫らした目で男を睨んだ。
男は顔を赤らめたまま、何度も掻きむしってボサボサになった頭を下げた。
「すまんなぁ。俺もその場に居合わせたわけじゃなくてな。カヤベの身に何が起こったのかは分からんのよ」
「だってじゃあ、なんでツカサは死んだの!?」
女の甲高い声が隊舎に響いても、それを咎めるものは誰もいない。
男はカヤベ・ツカサが生きていた頃に所属していた領主部隊、その第三小隊長だった。
第三小隊は主人であるアイツォルク卿の命により、エサンという集落の治安維持任務を遂行していた。小隊は魔物と交戦し、今回は一人の隊員が死んだ。隊員が死ぬのは珍しいことではなかったが、男は部下を無くすと決まって隊舎で一人夜を明かすのだった。
「カヤベは魔物にやられたらしい。医療班がそう言っとる以上間違いではないはずだが……」
「『だが』って? な、なにか変なことがあったわけ!?」
「ううむ……」
男は顎をさすり首を捻った。
「遺体に妙な傷があったのよ。胸に刃物でひと突きにされた傷がな。無論、魔物の牙や爪で付けられたもんじゃなかった」
「それって……」
「ああ待てまて。血の量から察するにその傷で死んだわけじゃないそうだ。つまりカヤベが亡くなった後に付けられた傷っちゅうわけよ」
「ツカサがそんな恨まれるようなこと!」
女はそこでテーブルを強く叩いた。その音は屈強な男でも思わず反応してしまうほど大きく、とても華奢な女の力で出せるようなものではなかった。頑丈なはずのテーブルにひしゃげた跡ができている。
「お前さん、大丈夫か……?」
女の手からは血が垂れていた。男が包帯を取りに立ち上がろうとすると、女はその真っ赤な手で制した。
「だ、大丈夫、よ。それよりも妙な傷ってのはなんなの!?」
女の様子がおかしいことを悟りながら、男はそれを指摘しなかった。きっと婚約者を失って頭がおかしくなったのだ、そんなことはいくらでもあると、そう思って接した。
「だから言ったろう、俺も本当のことは分からんと。ただな、隊員が駆けつけた時に他にも人がおったのよ。そいつはカヤベの近くに倒れとったそうでな、なんでも手元に血のついた短剣があったらしい」
「短剣ですって!? そ、そそんなのそいつの仕業に決まってるじゃない‼︎ そいつは今どこ!?」
女は男に詰め寄った。男は降参したように両手を上げた。
「分からん。うちの連中ならだいたいどこにいるかは知ってるんだが、そいつは、いやそいつらは今回の任務に初めて参加した新顔なのよ。しかも領主殿直々に派遣を決めたっちゅう話だ。そういや纏めてんのはどっかの領人の娘だったな」
男はその娘の顔を思い浮かべた。魔物と会話する少年の助命嘆願を訴えてきた娘。傲慢にも神教の異端を庇うその姿勢に今でも虫唾が走る。考えてみればあの娘が連れていたのも咎人だ。遊撃隊とはいえ自分の部隊に咎人が紛れ込んだことに男は憤りを覚えた。
だからだろう、酒気に麻痺した男の心に少しだけ魔が差した。
「……正直な話をするとな、医療班の確認も森ん中でやっただけだから怪しいもんだ。本当はその刺し傷が致命傷だったのかもしれん」
言った途端に女の表情が変わった。
「あはっ、はは、あははは」
笑っているような怒っているような、無理やり表情を混ぜ合わせたその顔に男は違和感を覚えた。しかし男はそれを最愛の相手を失った人間が見せる狂気と受け取った。そんな人間をこれまで何度も見てきたからだ。
「そそそいつら、次もこ、ここで戦う?」
「いやぁ、遊撃隊っちゅうんはどこにも属さず転々とするもんだからな。多分また別なところに行くんじゃないか?」
「そ、その娘の名前、なまえはは?」
悲惨な結末を予想しつつ、男は淡々とその名を告げた。
「シズカ・ウォル・ロフェル。あいつらの中じゃシズって呼ばれとった」
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