第10話 301号室

「ここが有川さんのお家?」


「うん。上がって上がって」

 女子2人の会話を、俺はクローゼットの中で聞いていた。

 これだけ言ったら、なんか変態みたいだな。

 まぁ、タイミングがきたらそのウチの1人を拘束する予定だから、そう思われても仕方がないか。


 でも、性的な理由でするのではない。

 有川さんと俺の安全を確保するためだ。

 相手はヒト殺し。念には念を入れて損はないだろう。


「……有川さんって、ミニマリストってやつ? 物が少ないね」


 木渡さんの疑問は当然だ。

 このアパートの301号室はテーブルと椅子くらいしか無い。

 何故なら、家具や装飾品は必要ないからだ。

 俺が借りた、外ではできないことをするためだけの部屋だから。


「うん。ゴチャゴャしてる部屋って私無理で」


「あの相談室は入り浸ってるのに?」


「え?」


「あの相談室。客から見えやすいところは綺麗にしてるけど、奥の事務机は書類が散らばってるよね。あれは平気なの?」


「あぁ。アレね。秋山センセーに片付けろっていつも言ってるんだけどね。あのヒト、実は面倒くさがりだから」


「……ふーん」

 マズいな。

 木渡さんのペースになりつつある。

 少し早いが、仕掛けるか。

 タイミングとしては微妙だが、このまま逃げられるよりはマシだ。


 俺は音を立てないようにクローゼットから出る。

 こういう場合、大きな音や声を出すのはオススメしない。

 ビビらせるメリットはあるかもしれないが、リスクの方がデカい。悲鳴をあげられて誰か来るかもしれないし、相手が本能的に危機を察して逃げる体勢に入ってしまう。


 故に、俺はヌルッと姿を現す。

 突然現れた男に、木渡さんは何も言わない。

 ただ、こちらをジッと見ている。その目に、俺はどう映っているだろう。


 かつて己が相談したカウンセラーだと正しく認識できているだろうか。いや、俺の外見なんかスッカリ忘れていて、普通に変質者に見えている可能性もあるな。


 それとも……幽霊?

 どれにせよ、対象が動かないのは好都合だ。


「ごめんな。少し痛いかもだけど我慢してくれ」

 俺は軽く木渡さんの頭を殴打する。


 できるだけ、痛みの少ない方法を選んだ。俺だって、木渡さんを殺したいわけでは無い。一時意識を失っている間に拘束して尋問するだけだ。

 俺の目論見通り、木渡さんは白目を剥いて身体のバランスを崩した。

 その際に、有川さんが背中を支えて転倒を防ぐぎ、優しく床に寝かせる。


「……」


「……」

 有川さんと目を合わせる。

 先日と違い、覚悟が決まった目をしている。


 今の行動は余計な音を立てないようにしてくれたのだろう。

 しかし、右手を握る手が強く爪が食い込みダラダラと血が流れている。

 自分が友達に危害を加えた一員になっている事実に、必死に耐えているようだ。


「じゃあ、手錠をかけましょうか……ッ」

 有川さんはそう言いながら、慌てて俺に駆け寄る。なんだ?


 それとほぼ同時に、首を強く絞められていることに気づく。

 誰に? 全く理解が追いつかない。

 リミッターを外すことでしか出せない力だ。確実に俺の息の根を止めにかかっている


 堪らずその場からぶっ倒れる。

 それからも、依然としてその状態が続く。

 謎の敵は、決して力を緩めるつもりはないらしい。

 息ができない。口の中から涎が大量に流れる。


 かつてないほどに俺を追い詰めているのは、木渡さんではないはずだ。あのヒトは確実に気絶している。


 その謎の答えはすぐに分かった。

 目前には誰もいないから。


 そうだよな。

 大事な親友がこんな目に遭わされて、君が黙っているわけがないよな。


 翼さん。


 決して警戒していかなったわけではないが、生者に触れられるほどの強い悪霊になっているとは想定外だった。


「……ッカ」

 文字通り苦し紛れに腕を振り回してみるが、何の手応えもない。

 こっちの物理攻撃は効かないのか。

 こりゃ、詰んだな。


「翼さん! ごめん!」

 そう諦めかけた時。

 霊感女子大生の声が聞こえた。


「カ……ッッッ、ハァァァァぁァァ、アァァァ……」

 息が。

 酸素が補給できる。

 今度は過呼吸にならないように気をつけながら、ゆっくり息を整える。


「良かった。巧くいった」

 霞む視線の先には、ホッとした様子の有川さんがいた。

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ヒトとバケモノ ガビ @adatitosimamura

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