第8話 これだからヒトコワは嫌なんだ

 大学は、もうすぐ夏休み。

 人生で最も長い休暇を存分に楽しむために、学生達は死ぬ気で勉学に励んでいた。


 有川さんは意外と勉強が得意ならしく余裕だったが、先日、試験に不安がある木渡さんに試験対策を一緒にしてくれと泣きつかれて、今は近くの喫茶店で指導している。

 いつの間にか仲が良くなっている2人を見て、子供が自分の手から離れていくのはこんな感じなのかなと妄想してしまった。

 我ながら気持ち悪い。


「にしても……暇だ」

普段から盛況とは言い難い相談室は、試験期間ということもあり客が来ない。ついでに有川さんも来ない。


 探せば仕事はあるが、何だがやる気が起きない。こういう時に周りの目が無い仕事環境ってのは人を怠惰にさせる。


「……久しぶりに、外でメシ食うか」

 どうせ、誰も来ないのだし。


 いつもは相談者がいつ来ても良いように相談室に籠っているため、朝買ったコンビニのパンで済ませているが、今日くらい良いだろう。



\

 やっぱり家系ラーメンは偉大だ。

 白メシとラーメンを同時に食べるという豪快な食べ物。健康とは真逆だが、それが故に圧倒的に美味い。

 大学の最寄駅から3駅移動した甲斐があった。


 さて、そろそろ大学に戻らなければ。

 駅のホームに移動し、電車を待つ。


 満腹になったことで睡魔に襲われるが、油断したら車内で爆睡しそうだ。

 眼に刺激を与えるため、辺りを見渡してみる。

 すると、見覚えのある女性を見つけた。

 木渡さんだ。


 もう、有川さんとの勉強会は終えたのだろうか。

 大学の外で声をかけるほど親しいわけではない。しかし、無視したことがバレたら気まずいなぁとウダウダ考える。


 そうこうしているウチに、駅内にアナウンスが響き渡る。


<間もなく3番線を電車が通過します。危ないですから、黄色い線までお下がり下さい>


 木渡さんの前には、スマホをいじっている青年がいて、彼女は彼を睨みつけている。

 青年は虚な表情で俯いていて電車が通ることも、後ろで睨みつけられていることにも気づいていない様子だった。


 アナウンス通り、電車がやってくる。

 平均で100キロは出ている電車が、やってくる。


 そんなタイミングで、木渡さんはトンッと青年の背中を押した。


 バランスを崩した青年は、線路に落ちる。

 電車が彼の身体を破壊した瞬間。


 木渡さんは、嬉しそうに笑っていた。



\

 あれから4日。


 試験期間も終わり、大学に人気がなくなりつつある朝。

 再び、相談室に入り浸るようになった有川さんに、あの日の木渡さんについて聞いてみた。


「木渡さん? お昼頃にはバイトがあるとかで帰りましたよ」


「……そう」

 これでアリバイがあったら、見間違いだったかもしれないと現実逃避ができたのだが、そうはいかないらしい。


 だとしたら、警察に木渡さんを引き渡すべきだろう。

 せっかくできた、有川さんの友達を。

 ……あー。これだからヒトコワは嫌なんだ。

 精神が病んでくる。カウンセラーなのに。


「あの……どうかしました?」


「えっと……昨日も人身事故あったじゃん?」


「はい。あ。もしかして、また巻き込まれました? 大変でしたね」

 このまま、人身事故トークに入り誤魔化すこともできる。

 しかし、それは有川さんに失礼な気がしてならない。

 この件で、有川桃を部外者扱いするのはナンセンスだ。


「うん。っていうかあれ、木渡さんが青年を突き落としたことが原因なんだよ」


「……は?」

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