悪役令嬢が有能侍従にすべてを丸投げした結果

船田かう

悪役令嬢が有能侍従にすべてを丸投げした結果


「ケビン、わたくしは一年後の卒業記念パーティーで婚約破棄され、修道院に送られなくてはならないの」

「はぁ……」


 険しい顔で決然とそう告げた貴族令嬢アリーゼは、侍従ケビンの淹れた茶のカップを上品に傾けた。


 ケビンは、突如として語られたその意味不明な“予定”に、ただ首を傾げるしかない。


「お嬢様。無礼を承知でお尋ねしますが、それは何ゆえでしょうか?」

「そうしないと国が滅ぶのよ」


 きりりと眉を吊り上げて、アリーゼはケビンの顔を見上げた。

 真剣にそう言われても、ケビンはますます訳がわからない。


「これ以上のことは、あなたは知る必要ないわ。あなたは黙って、わたくしの言う通りに動きなさい」


 ケビンは、貧民街から幼いアリーゼに拾われ、召し上げられた恩義がある。

 それゆえ、主人からどんな我が儘や無茶を言われても応じてきた。


 今回の奇妙な命令も、従うことしか選択肢になかった。

 黙って言う通りに動けと言われれば、黙って言う通りに動くしかないのだ。


「その前にまず、前提の確認なのだけれど、わたくしは王太子殿下に嫌われている必要があるわ。あなたから見てどう思う?」

「それはそれは毛嫌いされているとお見受けします」

「…………それは重畳ね」


 アリーゼは気が強く凛とした美女で、婚約者の王太子はゆるふわ小動物系美少女が好みだ。


 王太子からアリーゼへの態度がそっけないのは今に始まったことではない。

 男性同士の友人付き合いでも、婚約者を軽んじる発言を話のタネにしている……という事実もケビンの耳には入っていた。


「ケビン。エレナ嬢は知っているわね」

「存じ上げております」

「彼女は、半年後の狩猟祭で聖女に覚醒するわ。そして王太子殿下のお心を射止める。それまでにわたくしは、王太子殿下とエレナ嬢に十分嫌われていなければならない」


 凛々しく吊り上がった瞳を決意に燃やし、アリーゼはケビンに命じた。


「ケビン、狩猟祭までに、わたくしの評判を下げて周りから嫌われるように仕向けなさい。自分でやるのは嫌だからあなたがやりなさい。やり方は任せてあげるわ」

「承知いたしました」


 大事な主人が自分の評判を落としたいなど、本来ならば諫めるべき話だが、アリーゼの命令は絶対だ。


 文字通り“何でもやる”ことで気難しいお嬢様の専属侍従の地位を守っているのが、ケビンという男だった。



 ❖ ❖ ❖



「あばずれは嫌だとおっしゃったので、浪費と違法賭博の噂にしておきました」

「ええ、順調に評判が下がっているわ。上出来よ」

「あばずれのほうが簡単だったのですが」

「それだけは嫌! 真に受けて変な男が寄ってきたらどうするの!」


 その場合はケビンが盾となって守るだけだ。それが彼の使命だ。


「さて、無事に狩猟祭も済んだことだし、そろそろわたくし自身が行動しなければ」

「何をなさるおつもりですか?」

「エレナ嬢を虐めるのよ。婚約者を取られたんですもの」


 狩猟祭で聖女に覚醒した令嬢エレナに危機を救われた王太子は、ゆるふわ小動物系美少女である彼女にすっかり熱を上げていた。

 対するエレナも、まんざらではない様子である。


「まずは陰湿な嫌がらせね。持ち物を隠したり、パーティ直前に衣装を汚したりするわ」

「お嬢様が、手ずからですか? お忙しいのでは」


 アリーゼはここ最近、断罪され家から勘当される“予定”に備え、事業を動かし資金を調達していた。


 修道院に入るにも寄付という名の持参金が必要であり、家からは一銭も出してもらえない“予定”だということで、より豊かな修道女生活を送るために準備しているのだという。


 学園の授業に、王太子妃教育、そして事業経営。

 アリーゼは決して暇ではない。


「忙しいけれど、虐めなければ本末転倒なのよ」

「では、このケビンめが、お嬢様の手足となりましょう」

「……まあそうね、あなたはわたくしの専属侍従だし、あなたがやっても一緒よね。お願いするわ」


 しばし考えを巡らせたアリーゼは、立候補したケビンに任せることにした。


「具体的な内容は任せるわ。ふた月ほどは正体がばれないように、そこから先はばれてもいいから徐々に大胆な嫌がらせにしていって。ばれたらわたくしの命令だとしっかり主張するのよ。あなたの身分では斬り捨て御免もありうるから」

「承知いたしました」


 立候補した以上は、ケビンも精一杯働くつもりだ。

 しかし、忙しいアリーゼの手を煩わせるのは気が引ける。


 ばれてもいいとは言われたが、ケビンは可能な限り、忍んで行動する方針を取ることにした。



 ❖ ❖ ❖



「ケビン、どうして呼んだか、わかっているわね?」

「進捗報告でしょうか。ランチへの虫混入は今日で七十四日連続成功を達成いたしました」

「陰湿すぎるのよ! どうしてばれてないの!?」

「ご指示の通り、最近は大胆なものも増やしているのですが。不思議ですね、才能があるのかもしれません」

「優秀すぎるのも困りものね! でもそれだけじゃなくて!」


 アリーゼは怒り心頭だった。


「わたくし、エレナ嬢を虐めるように言ったわよね?」

「はい。確かにエレナ嬢を虐めております」

「じゃあどうして、王太子殿下にも同じ嫌がらせしてるのよ!?」

「いえ、お二人は一緒に居ることが多いものですから、ついでに」

「ついでに、で王族を虐めるんじゃありません!」


 悪びれる様子のないケビンに、アリーゼは頭を抱えて諭した。


「あなたの嫌がらせが上手すぎるせいで、王太子殿下は呪われているんじゃないかと、街のほうまですっかり噂になっているのよ。呪いを払えないどころか巻き込まれている聖女の評判もがた落ちよ。これ以上評判が落ちると、景気が悪くなって事業に影響が出てくるわ」

「申し訳ございません。出過ぎた真似をいたしました」


 ケビンはやりすぎたことを素直に謝罪した。

 アリーゼは怒りを収め、ケビンに言い聞かせた。


「エレナ嬢には聖女として、王太子殿下の婚約者になってもらう必要があるの。お二人は、わたくしが断罪された後に復活する魔獣王と戦って国を守るのよ。お二人の絆を深めるために、わたくしは悪役にならなければいけないの」

「なるほど、それで国が滅ぶという話になるのですか」

「そうよ。あなたが有能なのは知っていたのだから、わたくしも最初からきちんと話しておくべきだったわ」


 アリーゼは切り替えて、ケビンに今後の方針を説明した。


「そろそろ潮時ね。あなたの嫌がらせはここまでよ。事業のほうも必要資金のめどは立ったから、ここからはわたくしが嫌がらせの犯人だと名乗り出て、お二人と決定的に敵対するわ。あなたのおかげで無事に孤立できそうよ。三か月後の卒業記念パーティが楽しみね」

「それでは、今後私は何をいたしましょうか」


 ケビンが新しい指示を仰ぐと、アリーゼはきりりと上げた眉で命じた。


「何を言っているの。あなたはわたくしの専属侍従なのだから、今まで通り側にいて、侍従の仕事に励みなさい。最近は別行動も多かったけど、やっぱりあなたに任せるのが一番快適なのよ」

「承知いたしました」


 ケビンは、大切な主人に折り目正しく頭を下げた。



 ❖ ❖ ❖



 修道院へ行きつく前に馬車が強盗に襲われることを、アリーゼはあらかじめ知っていた。


 なんとか逃げ出して放浪したのち、やがて魔獣王の軍に捕まり、洗脳されたアリーゼは魔獣王の手先となる。

 そして王太子と聖女によって倒される。


 その際、アリーゼは命と引き換えに、手先として与えられていた魔獣王の力を聖女に渡す。

 聖女はその力を浄化し、自らの力へと変えて、魔獣王を倒す切り札とする。


 そうなる“予定”であり、アリーゼも全てを覚悟していた。


「まさか、資金を用意していた理由が、私の助命嘆願のためだとは思いも寄りませんでした」


 ゆえに、今度は生かすことに成功したケビンが単身で後を追ってきて、強盗たちを一捻りに片付けてしまったことに、心底驚いた。


「今回のお嬢様はやけに前向きだと、不思議に思っていたのです。てっきり破滅を回避する算段がおありなのだとばかり。それが、ご自分を犠牲に全てを丸く収めようとなさっていただけとは」


 ケビンは本気で怒っていた。

 剣を手に、返り血で濡れそぼった元侍従の姿は、うら若き元令嬢を震え上がらせるのに十分だった。


「待ってケビン、今回って、あなたも前回の記憶があるの?」

「ございます」

「ごめんなさい、わたくしの侍従だったから、あなたは処刑されて……。だから、二回目の今度は、何としてもあなただけは救いたかったの」

「いえ、お嬢様のせいではございません。七度目でもまだ力及ばず、脱出できなかった私が不甲斐なかったのです」

「え? 七度目?」


 ケビンの奇妙な言い回しに、アリーゼはただ首を傾げるしかない。


「私は、お嬢様と共に破滅へ向かうこの一年を、七度繰り返しました。そしてこの八度目にして、ようやく筋書きを変えることができました。お嬢様が私の命を繋いでくださったおかげです」


 アリーゼは驚き、そして新たな疑問を抱いた。


「いつも国で捕まって処刑されていたのなら、どうしてこの場所がわかったの?」

「強盗を装ったお嬢様の暗殺は、王太子の差し金だったからでございます。あの王太子は毎度、処刑される直前の私にその事実を告げて、愉悦に浸っておりました」

「クズね」

「左様でございます。今回は自由に動けましたので、出かける前に立ち寄って殴り飛ばして場所を吐かせてからまいりました」

「でかしたわ。あなた、そんなに強かったのね」

「さる尊い方に稽古をつけていただきましたので」


 ケビンは無駄のない手つきで剣の血を拭い、腰のさやに収めた。

 そして言った。


「お嬢様。私はこれから魔獣王の討伐に向かいます」

「はぁ……?」


 アリーゼは訳がわからない。

 ケビンは説明した。


「私は、自分の意思で繰り返していました。七度、命を捨ててあなたに仕えた献身を聖神が憐み、八度目に挑む私の魂に百年分の修行をつけ、聖女と同等の聖力を授けてくださいました。何のためにそこまでの力を授けられたのかまでは知らされず、疑問だったのですが、お嬢様のお話を聞いて悟りました。おそらく、私が魔獣王を倒すようにとの思し召しなのでしょう」


 アリーゼは、ケビンがもはや侍従の枠には収まらない存在に変貌していることを知った。


「わかったわ。聖神様のお導きなら、その思し召しの通りになさい」


 アリーゼの命令に、いつもなら滑らかに反応するケビンだが、いまは何かを言いたそうにしていた。


「どうかした?」

「魔獣王を倒したら、私は英雄になれるでしょうか」

「文句なしの英雄よ。きっと国中に祝福されて、ほしいものは何でも手に入るわ。いまからでもご褒美を考えておきなさい」


 ケビンの勝利を疑わないアリーゼは、その言葉でケビンを激励した。

 するとケビンは、その場に片膝をつくと、恭しく彼女の手を取った。


「褒美として、お嬢様を私の妻に、望んでもよいでしょうか」


 黙って、手の甲への口付けを許したアリーゼは、赤らんだ頬でケビンに言った。


「全部、あなたに任せるわ」

「承知いたしました」


 そして、元侍従は英雄となった。



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