第2話 壊れかけの機械

 シューッ……シューッ……


 蒸気の音が聞こえてくる。そこら中から吹き出す蒸気のせいで、ゼノの額には汗が走っていた。


 このジメッとした暑さは、まるで蒸された霧幻包むげんぽう(浮遊鶏の肉を皮に包み蒸したもの)のような気分だった。


「ぐぇっ」


 途中、何かに躓き転ぶ。膝から転んだ為に、膝小僧が少し擦りむけていた。


「なんだよもう」


 起き上がり、後ろを振り返る。


 ゼノは“それ”を見てギョッとした。


《ここここんにちは、こんにちははは》


「ひっ!?」


 膝下ほどの大きさの、丸い形をした機械が動き、そう喋っていた。

 おそらく銅製だが、全体的に錆びていてかなり古い。音声装置の具合も相当悪く、おおよそ使えそうな機械ではなかった。


「こ…こんにちは?」


 ゼノが恐る恐る挨拶をする。するとその機械は、真ん中に付いている目のような機関をグルっとこちらに向け、さらに喋り出した。


《よよようこそ。スチチームラランドへへ》


「スチームランド?」


 スチームランドと聞き、ゼノの頭に?が浮かぶ。

 ここはスチーム“フォール”。

 もしかしたら、この機械は他の島から来たものなのかもしれない。


《ごごご案内いいいたします》


「案内してくれるの?君が?」


 そう言って機械はまたぐるりと方向転換し、ゼノの足の間を通り抜けていった。

 そして、ついて来て下さいとでも言わんばかりにゼノの足を小突いた。


「君の名前はなんて言うの?」


《こここちらはハハートドドラム。ししまのシンンボルでです》


「ふーん?」


 周りには蒸気が漂うだけで何も無い。中々会話が噛み合わないまま、一人と一機は歩いていた。



 ***



《そそしてここちらが、にゅ》


「にゅ?」


 しばらく歩いていると、機械が突然止まり、ジーッと音を立てて上を向いた。

 釣られて前を見ると、霧が晴れると共に、歯車が付いた大きな門が現れた。


「にゅ、ってランドゲートのことか」


 ランドゲートとは、島の入口を指す。

 古い言い方では入島門にゅうとうもんとも呼ばれる。


「案内ありがとう。小さなガイドさん」


《どどうぞおおは入り下ささい》


「やっぱり話は噛み合わないかぁ」


 ここまで案内してくれた機械にお礼を言う。やっぱり話は噛み合わなかったが、ゼノの顔は綻んでいた。



 ***



《スチームフォールへようこそ。入島希望者ですか?でしたら入島許可証を発行するので、身分証をご提示ください》


「ここも機械なのか!」


 ゲートステーションにて、真鍮の綺麗な卵型の機械が手続きをする。

 ゼノは技術の進歩に、目を見開き驚いている様子だった。


「はい、身分証」


 クルリカ隊の隊員証を提示する。すると受付の機械達があわあわしながら入島許可証を発行し始めた。


《クルリカ隊のゼノ=ルカリオ様ですね。ようこそお越しくださいました。準備が整いましたらお声かけするので、もう少々お待ちください》


《それと……そちらの機械はお連れ様ですか?》


 卵型機械がゼノの後ろを指さす。

 そこには、さっきの丸型機械が居た。


「えぇ!君……どうしたの?」


 丸型機械は返事をしない。ゼノは少し困り顔で首を横に振った。


《やはりお連れ様ではないようですね。そちらの機械はUZ11。60年前のガイドロボットです》


「60年前!?」


 ゼノが口をあんぐりと空け、大声を上げる。

 卵型機械は手を伸ばし、丸型機械を捕まえようとしていた。


《こちらの型はとうに処分されたはずです。まだ残っていたとは。直ぐに本部へ連行します》


 丸型機械はキュイ…と小さく音を立て、ゼノの後ろへ隠れる。その様子を見て、ゼノは手を前に出し卵型機械が捕まえようとするのを阻止した。


「ちょっとちょっと!待ってよ」


《何故ですか》


「連行って……どうなるの?」


 ゼノは手を広げて立ち向かう。額には汗が流れていたが、真剣な眼差しだった。

 その様子を見て、卵型機械はポツリと言った。


《処分されます》


 ゼノの顔からサッと血の気が引く。

「処分」。それはゼノが大嫌いな言葉だ。


「処分って……!なぜ?この子は何も悪いことをしていないのに」


《規則だからです。使わない機械は溶かされ、再利用されます》


「だからって……」


 ゼノは眉をひそめ、丸型機械を見た。


 ボロボロで、音声機能もままならない、儚い物体。


 ゼノの心には、このまま放っておけないという気持ちと、この子にとっては再利用が幸せなのかも、という2つの気持ちが入り交じっていた。


《……もうよろしいですか?それとゼノ様、入島許可証が発行されたので、お渡ししますね》


 卵型機械がウィンと音を立てながら腕を伸ばし、ゼノに1枚のカードを渡す。

 ゼノはその紙を受け取ってまじまじ見つめ、数秒後、パッと目を輝かせた。


「ねぇ、このペットって欄、なに?」


《?そちらは書いてある通り、一緒に入島するペットを書く欄ですが……》


「……」


 ゼノはバッグから持ち前の羽根ペンを取り出し、入島許可証に何かを書き出した。

 卵型機械はそれを不思議そうに見つめている。


《ゼノ様……?》


「はい。これでいいよね?」


《ガガッ》


 卵型機械が小さく機械音を立て、慌て始めた。UZ11はキュイと音を立てゼノを見つめている。


 ゼノが差し出した入島許可証のペット欄には、“UZ11”の文字が書かれていた―――。

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