前時間にて

ほの、

前時間にて

朝。


仕事前。研究所に向かうため、準備する。

布団から目を覚まし、ベッドから起き上がる。

スマホを持ち、カーテンを開け、窓も開けて回る。

ポッドのスイッチを入れ、寝癖と肌を整え、最低限の化粧を行う。

服を着替える。

コップにコーヒーを注ぎ入れ、車を運転しながら飲みほす。

いつもの駐車場、いつもの場所に止める。


ああ、もう。

限界だ……


――


私。葉月 凛である私は、天才だった。

ある人には「君を天才と表することしかできないのがくやしい。」と

ある人には涙を浮かべながら「助けてくれて、ありがとうございます!」と

ある人には「お前と張り合ったことが僕の人生の間違いだった。」と


天才と評され、事実私は天才だった。

なんの苦労も労せず手に入れたそれを、当たり前のように使いつづけた。

私にとって私が天才であることは当たり前だったから。


そして、自分には強さが、あるいは「正義感」と呼ばれるものがあった。

様々な人を助けた。

「ありがとう」、それを言う人間の顔が滑稽だったから。


そう、だから私は正義感ではなく、面白半分でこの研究所に来た。


――シュレディンガーの観測者。


彼らはそう呼ばれる者を作ろうとしていた。

彼ら、つまりミ=ゴを見た時、流石の私でもすこし当惑した。

が、すぐに自分の有用性を示すと、この研究所に歓迎された。


ほら、なんの苦労もなかったろ?


コツ 自分の革靴の音を聞く。

人生なんて簡単だ。


コツコツ

遊び半分でいきていけるんだしな。少なくとも、私は。


コツ

一人の少女の前に案内された。

アクリル板とコンクリートの包まれた、それに


私は言った。

「よう。モルモット。」

「実験体0922」


【シュレディンガーの観測者】

まず、シュレディンガーの猫、とは


仮想実験だ。

箱を開けなければ、猫は「生きているし、死んでいる」状態が重なる。とかいうあれ

ここでついてこれないやつは置いていく。

私は、馬鹿に合わせて歩幅を落とすほど甘くない。


奴らが作ろうとしたのは「箱を開けられる人間」だ。

シュレディンガーの猫における観測者が制御可能になれば、猫の生死を

あるいはこの世の万象を改変できる、と

それが、シュレディンガーの観測者実験だ。


ぞくり、と自分の何かが総毛立つのを感じた。

ああ、ここでやめておけばよかったんだ……


――


そこには

この行為にはなんの感情も抱かない

「ぅぅぅぅぅ……」


これには何も意味がない

「ぁぁぁぁああああ……」


でも、誰かが叫んでた。

「あああああああああ!!!!!!」


――


ダン!、と アクリルガラスを叩きつけた。

びくっ、とその少女がした気がした。


ああ、

限界だ。


同僚の死んだ目を思い出しながら、「あちら側の死人」になろうとする。

あるいは、「ありがとう」、と信仰的に言われたそれを、思い出す。

でも


「でも!」

私は……

「私はそれを選べるほど、弱くない!!!!!」


ダン、アクリルガラスを叩きつけ、崩れ落ちる。

涙なんて流れない。


「ふざけ……やがって。」

ああ、ふざけるなよ。遊んでんじゃねえよ。昔の私。


シュィン

何かが開く音がして

化け物が、ミ=ゴが入ってきた。


何かを笑いながら言ってる


「Lobotomy?」


ロボトミー手術。

「憤怒衝動足りてるか?」、と


ぷつっ、と

何かが切れる音がして


ゴトン、と何かが切れ落ちた

頭だ。 ミ=ゴの頭


ああ、この行為は正しくない。

私は今間違えたことをしている。


「正しさ……なんて」


この行為では、この子、実験体0922は助けられない。

2人とも、脱出できなくなる。


「そんなもん、なくとも……」


そう、「咲希」を、私が心の中で決めた名前の子を


「正義は、私が断定する!!!!」


ミ=ゴを切り捨て、アクリルガラスとコンクリートを崩壊させ、

無意識的に最短ルートを選んだ。

あるいは、毎日考えていたそれをした。


……


土に潜った。 セミのように。 2人で。

ぶぅぅぅん、と不快な虫の羽音が多数する。

どうやら、ミ=ゴが私達を探し回っているらしい。


空気穴を開ける時、

周囲に物音がしなくとも、音がしてる気がして、気が気じゃない。


かたかた

なにかの震える音がする


かたかた

震える。


かたかた

寒いな。確かに


ぎゅっと、手にあったそれを

自分で「咲希」と名付けたそれを抱きしめた。

寒かった、だけだ。


かたかた

ああ、

2人とも震えてたことに、やっと、気付いた。


――――


朝。


仕事の準備する。

布団から目を覚まし、ベッドから起き上がる。

スマホを持ち、カーテンを開け、窓も開けて回る。

ポッドのスイッチを入れ、寝癖と肌を整え、最低限の化粧を行う。

服を着替える。

コップにコーヒーを注ぎ入れ、ゆっくり楽しみながら飲む。


……ふぅ。


今のはすべて、昔話。

今、私達は探偵をしている。


今の私には自虐心が足りない。

自信が満ちすぎている。

だから、適当なやつで 補完したい。

あ、あいつでいいや


「おい、そこのお前」


がしっ、と

そいつ、「佐藤祥也」の肩を掴みこちらを向かせ、目を見た。


「黒」だった。そいつの瞳の色は

感情が死んでいて、それでも生気があって


ひとまず、

こいつじゃないな。

そう思った。

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前時間にて ほの、 @hno3_492

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