第36話 オスマンサスの香り
ふいにオスマンサスの香りが
ふわりと僕の鼻腔を刺激した。
僕の横から
幻夜がモニターを覗き込んでいた。
僕は慌てて立ち上がると
彼女に椅子を譲った。
代わりに僕は幻夜の温もりが残っている
ベッドに腰を下ろした。
少女の背中に視線を向けつつ、
僕は小さく咳払いをした。
「これ・・って」
モニターを覗き込んでいた幻夜が
振り返った。
「・・冬至ってこんな趣味があったの?」
「へっ・・」
時計の針が
コチコチコチと時を刻んでいた。
「ち、違うよっ!
妻鳥のことを調べてたら
た、たまたま見つけたんだよ!」
「ふうん。
ま。
人の趣味に
口を出すつもりはないけど」
幻夜はふたたびモニターに向き合った。
僕の言葉を信じていないことは
明らかだった。
「へぇ。
彼女が妻鳥小絵ね」
僕は額に浮かんだ汗を拭わずに
そっとエアコンのスイッチを入れた。
「そ、そんなことよりもさ。
何か気付いたことはないのかよ、
探偵なんだろ?」
若干の居心地の悪さを感じた僕は、
敢えて不機嫌を装って
少女の背中に問いかけた。
「そうね。
この5枚の盗撮画像が妻鳥小絵の
自殺の原因になるかどうかは
今のところ不明ね」
「な、何でだよ?
思春期の女の子が盗撮されて
それをネットに投稿されてるんだよ?
この『ミモザ』ってヤツこそが
妻鳥を自殺に追い込んだんだろ?」
「馬鹿ね。
そんな単純な話じゃないわよ」
そう言って幻夜はくるりと椅子を回して
僕の方に向き直った。
「『ミモザ』が最後に投稿したのは
5月6日でそれ以降の投稿はない。
それに。
彼女が死んだのはそれから1か月後。
因果関係があるかどうかは疑問。
そもそも。
妻鳥小絵がこのサイトを
知っていたのだとしたら。
何らかの行動を取っていたんじゃない?
警察に相談するとか」
「そ、それは・・」
「ま。
それでも。
この『ミモザ』が誰なのかは
調べてもいいかもね」
そして幻夜は背もたれに体を預けると
大きく背伸びをした。
体にぴたりと張り付いた白いTシャツから
薄っすらと赤い下着の線が透けて見えた。
僕は意識して視線をそらせた。
「それにしても。
すごいわね。
この『ミモザ』っていう盗撮犯」
幻夜はふたたびこちらに背を向けて
モニターを覗き込んでいた。
「ヤバい奴だよ」
僕はすぐに反応した。
「そういう意味じゃなくて。
この5枚はどれも盗撮でしょ?」
「うん?」
幻夜の言葉の真意がわからず
僕は首を傾げた。
「盗撮の割には
随分と上手に撮れてると思わない?
相当に腕のいいカメラマンなのかしら」
幻夜がどこかで聞いたことのある
台詞を口にした。
「おいおい。
まさか褒めてるんじゃないよね?」
僕はその時の記憶を探りつつ
すかさず言葉を挟んだ。
幻夜は「ふふっ」
と意味深な笑みを浮かべると
「でも変ね」と首を傾げた。
「何が?」
「そもそもなぜ彼女なの?
うちのクラスには他にもいるじゃない、
魅力的な子が。
円響。
剣野麻衣。
それに・・。
冬至のお気に入りの安武マリア。
どう考えても彼女達の方が
被写体としては魅力的でしょ?」
「そ、それは・・」
幻夜の主観的かつ偏見に満ちた台詞に
僕は口を開けたまま
ただ呆然と少女の背中を見つめていた。
それから小さく溜息を吐いてから
「・・人の好みはそれぞれだからね」
と一応の反論を試みた。
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