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凪くんと別れて教室の中に入ると、凛ちゃんが机に頬杖をつきながら微笑んでいた。
その目を見れば、廊下での出来事を既に知られていたのは明白だった。
「おはよう」
「おはよう、凛ちゃん」
一つ前の席なので、授業の準備をしながら言葉を交わす。
「良かったじゃん」
「……うん、上手くいってる」
幸せを噛み締めるように頷く。
暫くは余韻に浸りたいところだけど、
「ここからどうすればいいんだろう」
誰かと付き合ったこともなければ、告白もしたことがない。恋愛初心者にはこの先のストーリーが見えない。
いい雰囲気は作れていると思うけど、ここからの距離の詰め方が分からないんだ……。
「凪くんに任せてみれば? 彼ならまた莉央に会いに来てくれると思うよ」
「そうかな?」
「もし無かったら、莉央が昼食に誘う」
お昼ごはん……。誘ってもいいのかな?
一緒にご飯は食べてみたいけど。
「放課後は部活があるんだし、ゆっくり話せるのは昼休みだと思う」
「なるほど」
噂をしていたら、凪くんから初めての連絡がきた。
明日の昼食を一緒に食べないか?というお誘いだった。
「すごい、凛ちゃんは名探偵かも!」
「うん?」
「凪くんからお誘いが来たよ」
「ほら、彼に任せて大丈夫」
凛ちゃんのいうことなら説得力がある。
なるほど、シンデレラだって王子様のほうから迎えに来たもんね。積極的に動くのが全てではないのだ。
* * *
机の上に取り出したお弁当。
包みを開けておくか、それとも凪くんが来てから開けるか。そんなくだらないことの心配を繰り返している。だって、落ち着かないんだもん!
お昼ごはんは、私の教室で食べることにした。
うちのクラスはほとんどの人間が、食堂や外に行くみたいでいつも数人しか残っていない。
まだ外は暑さがあるし、こうして教室に残るのが落ち着いて涼しく食べられるっていう理由。
小さな手鏡を取り出して、変なところはないかチェック。
凛ちゃんにハーフツインにしてもらった髪型が可愛い。先生に怒られない程度のメイクも施したし、王子様と顔を合わせる変身は済ませてある。
緊張で、ペットボトルの飲み物はほぼ飲み干してしまった。
いつもは一緒に食べている、凛ちゃんはクラスメイトと一緒に食堂に行ってしまった。私と違って交友関係に困っていないのだ。
心細いので教室に残るようにお願いしても、お邪魔だからといなくなっちゃった。
やっぱり包みは開けておく?
手を伸ばしていたら、教室の中を覗く凪くんの姿を見つけた。慣れない教室でも、堂々とした佇まいに見える。
「こんにちは」
私を見つけると、眩しいくらいの笑顔で挨拶をしてくれた。今日も完璧な王子様で、うまく目を合わすことができない。
「こんにちは。教室から離れているのに、ありがとう」
「このぐらいの距離はなんでもないよ。近くの机を借りても大丈夫かな?」
「それなら、後ろが友達の席だから、そこを使って」
机の向きを変えてくっつける。
こうすれば広く使えることができるけど……、向き合うのがこんなに恥ずかしいとは。
「お弁当箱が大きいね」
目に入ってくる情報で話題を作ることにした。
凪くんのお弁当は二段重ねで、私の三倍の量はある。これをペロリと食べちゃうのなら、男の子ってすごい。
私のお弁当箱に「そんなに少しで足りるの?」と逆に驚かれた。 周りの女の子だって、こんなものだよね?
お弁当を見比べていると、凪くんが口を開いた。
「あのさ」と言ったあと、暫し彼は視線を彷徨わせてから、遠慮がちに続けた。その声は少し上擦っていた。
「俺も、莉央ちゃんって名前で呼んでもいい?」
「……っ、うん!」
名前で呼び合うなんて距離が縮まった感じがする。呼び方を気にしてくれていたんだ。
「嫌って言われたらどうしようかと思った」なんて眉を下げて笑うから、キュンっときた。
拒絶なんてするわけがない!
「いつもはどこでご飯を食べているの?」
「弁当のない日は、一階の購買で買ったりもするから、そのまま中庭に行ったりするかな」
まれに昼練をすることもあるそうで、決まったメンバーと食べているわけではないらしい。
適当なグループに入れてもらって一緒に食べるそうで、私にはできない芸当すぎる。
「莉央ちゃんは誰と食べてるの?」
「私は凛ちゃんと。その席の友達だよ」
話をするクラスメイトはたくさんいるけど、みんなとそこまで仲良くなれていない。友達と呼べるのは凛ちゃんだけかな。
「それって、よく一緒にいる男子?」
「そうだよ」
「……そっか」
「どうしたの?」
「なんでもないよ、今度紹介してね」
一瞬だけ空気がピリッとしたような気がしたけど、目の前の凪くんはいつもどおりだ。違和感は何だったのかと首を傾げるが、よく分からない。
卵焼きを口に運びながら、ふと気付く。
「もしかして、凪くんって私のことを前から知っていたの?」
凛ちゃんとよく一緒にいることを知っているなんて。
この数日では判断できないことだと思う。
「一学期から知ってたよ」
「そ、そうなんだ……」
思わぬ認識に驚いた。
これといった接点はなかった。いつから?
まさか私の視線に気付いてた? 今となっては好意が伝わっているからアレだけど、隠せていなかったとしたら恥ずかしすぎる。
見つからないように、よくテニスコートを見てたのバレバレだったのかな?
「そんなに前から知られていたなんて、変なところを見られていないかな」
「そんなこと心配しなくても。俺のほうこそ、格好悪いところ見られてないかな?」
「凪くんに格好悪いところなんてあるはずないよ」
「そこまで言い切られるような男じゃないよ。 普通にダサいところはあるし、一緒にいたら、イメージが変わると思う。でも、莉央ちゃんに格好良いと思われてるのは……うん、嬉しい」
思いを吐き出した凪くんは、恥ずかしそうに目を伏せて笑った。
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