その直後、副部長はチッと舌打ちをした。

スポーツマンとは思えないふてぶてしい態度で、眉間に皺を寄せながら口を開く。


「後輩が上級生せんぱいに逆らうとか、ちゃんと意味が分かっているんだろな〜?」


ここで上下関係を持ち出すなんて、ろくでもない。

嫌悪感が増すだけだし、私を庇って凪くんの立場が悪くなることが心配になる。周りで聞いている女子たちも固唾を飲み込んでいる。


解決方法に悩む私をよそに、凪くんは迷いがなかった。


「ここで見過ごすことなんて、俺には出来ないです」


後ろにいる私からでは凪くんの表情は見えないけど、副部長が面食らった顔になっているのが見えた。反抗されると思わなかったようだ。

頼もしさを感じる背中がとても大きく見える。


「はあ? 女子の前で格好つけて、王子様気取りかよ」

「そういう言い方はやめてください」

「お前さぁ……」


日頃の鬱憤とばかりに、凪くんにいちゃもんをつけ始める副部長。妬みを隠そうともしない。

最悪の空気の中、原因を作った私は針に刺されるような視線が集まる。

私はただ手紙を渡したかっただけなのに。


――ポケットの中の手紙を握り潰してしまいたい。

そんな衝動を引き留めたのは、聞き慣れた声だった。


「あのー、ちょっといいですか」


弾けるように顔を上げれば、二階の窓から身を乗り出し、スマホをこちらに向けている凛ちゃんの姿があった。


「テニス部のいざこざに、他人が首を突っ込むつもりはないけど。その子は俺の友達なので」


私と目が合うと、安心させるように微笑んだ。


「さすがに小笠原くんへの暴言が酷すぎると思いますよ。見てられなくて記録してしまいました」


スマホを掲げて見せる、凛ちゃん。

周りがざわつく。


「ふざけるな! 消せ! 勝手に撮影するなんて盗撮だぞ!」


喚き散らす副部長。「降りて来い!」などと叫んでいる。

凛ちゃんは動く気がないようで、呆れているような目を向ける。このままだと、副部長のほうが二階へと乗り込んで行きそうだ。


やっと事態に気付いたらしい、テニス部員達がバタバタと駆け付けてくる。


「どうした?」と困惑気味に部長が状況を尋ねる。

さすがに分が悪いのか、副部長は視線を逸らして口を閉ざした。


「大丈夫?」


こそっと小声で凪くんが尋ねてくる。

息遣いすら分かるほど、こんなに近い距離にいるなんて初めてのことで、緊張で口をパクパクと動かすことしかできない。

落ち着いて、ちゃんと話をしなくちゃ。


「……ご迷惑、おかけしました」

「あの人が俺にいろいろ言っていたけど、君は気にしなくていいから。気に入られていないことは分かっていたし、偉そうなのはいつものことだから」


日頃を思い出したのか苦笑いしている。

あれでもテニスの実力は一流みたいで、テニス部の中で威張っている……という噂は聞いている。凪くんも大変そうだ。


副部長は部長に腕を引かれて、部室棟へと消えていく。

このままここで話しを続けるのは無理と判断したようだ。

部長が凪くんとアイコンタクトを取って頷いていたので、凪くんの味方のようだった。あの様子なら、ちゃんと凪くんのことを分かってくれそうで安心した。


「助けてくれて、ありがとう」

「いえいえ、うちの副部長がごめん」

「ふふ、凪くんは何も悪くないのに」


「名前……」と呟かれたことで、しまったと気付く。

ろくに話したこともないのに、馴れ馴れしく“凪くん”と口にしてしまった。普段の馴れって怖い。

凪くんが目を丸くして驚くのも無理はない。

違うんだ!と言いたくて、ぶるぶると首を横に振る。


「あ、あの、みんな“凪くん”って呼んでるから、つい!ごめんなさい!」

「いいよ、凪で。そう呼んでよ」


白い歯を見せて爽やかに笑う姿に、ドキドキと心臓が高鳴る。格好良い……。


「あと、もしかしてなんだけど」

「うん?」

「俺に何か用事があった? こっちに向かって来てたよね」

「あ!」


当初の目的を果たす時が来た。

今日はもうこのまま帰ろうかと思っていたけど、凪くんから振ってくれるなんてチャンスだ。

チラッと二階の方に目を向ければ、心配そうに凛ちゃんが見守ってくれていた。よし、頑張る!


勢い良く、ポケットから手紙を取り出す。

破り捨てたくなってしまって少し強く握っていたから、ちょっと折れ曲がった部分があった。私の馬鹿!


ふう、と一息ついてから口を開く。


「あの、これ! 読んでください!」


震えそうになる手で差し出す。

手紙と私を見比べ、凪くんは照れ臭そうに表情を崩した。

私の好意はバレバレみたいで、顔が熱くなる。


誰からもプレゼントを受け取らない凪くん。

それが彼のスタンスというなら、受け取ってくれなくても仕方がないと思っている。

ただ、きっかけを作りたかった。私のことを意識して欲しい。


祈る気持ちで反応を待つ。


「ありがとう」


そう言って、手紙が凪くんの手の中に収まった。

ほぼ諦めていたことなので、きゅーんと胸が締め付けられた。うそ、ほんとうに?


自分の口元を手で覆って、噛み締めるように「ありがとう」ともう一度言われた。

予想外すぎる反応に、凪くんが何を思っているのかが気になる。


感触としては、絶対に悪くない……はず?


同じタイミングで視線が交わる。

にやけそうになるから、私も口元を手で隠した。



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