第2話 トレーニング

俺の名はレオナール。

修道騎士団の便利屋にして、聖女リュシエルの護衛を務める男だ。

前回の寸止め鉄拳制裁で、氷のように冷たい彼女の態度は多少和らいだ。

だが今度は別の問題が浮上した。


――聖女、体力ゼロ。


神殿の階段を上るだけで「はぁ……」と肩で息をし、

街の巡礼では三歩ごとに「休憩」。  


信者の前では涼しい顔をしているが、

裏では俺に「足が棒」「腰が砕ける」「もう無理」と愚痴をこぼす。


これでは護衛どころか、

俺が常におんぶする羽目になる未来しか見えない。

いや、聖女を背負って街を歩く騎士なんて、見た目は完全に罰ゲームだ。

そこで俺は、聖女に筋トレを施すと決意した。




「聖女様。今日から特別訓練を始めます」


「……訓練?すべての聖属性魔法を修めた私にこれ以上何を学べと」


「学ぶ必要はなくても、歩けない聖女は困るでしょう。信者に説法する前に息切れしてどうするんです」


リュシエルは眉をひそめ、しかし反論できないようだった。

俺は神殿の裏庭に彼女を連れ出し、木製のダンベルを用意した。


「まずはこれを持ち上げてみましょう」


「……重い。無理」


「まだ持ってもいない!」


彼女は渋々ダンベルを握り、持ち上げようとする。

だが腕がぷるぷる震え、すぐに地面に落とした。


「……無理」


「諦めるの早すぎない?」


俺は深呼吸し、方針を変えた。


「では、まずはスクワットから。膝を曲げて立ち上がるだけです」


「……それなら」


リュシエルはゆっくり腰を落とし、立ち上がる。

だが二回目で「ふらっ」とよろけ、俺にしがみついた。


「……倒れるところだった」


「だから筋トレするんです!」




数分後。彼女は地面に座り込み、涼しい顔で言った。


「……私は聖女。筋肉より精神が大事」


「精神は筋肉に宿るんです!」


「……論理が破綻」


「破綻してても事実です!」


俺は必死に説得したが、彼女は体育座りから動こうとしない。

その姿は、どこか拗ねているようにも見える。

俺は考えた。どうすれば彼女を動かせるか……そこで閃いた。


「聖女様。筋トレは信者への奉仕です」


「……奉仕?」


「そうです。あなたが階段で息切れして倒れたら、信者が心配します。彼らを安心させるためにも、体力はつけるべきです」


リュシエルは少し考え、やがて小さく頷いた。


「……仕方ない。奉仕なら」


突破口は開けたか?




まずは彼女に軽いランニングをさせることにする。神殿の庭を一周だ。

最初は「無理」と言っていたが、

信者が遠くから見ていると気づくと、急に姿勢を正して走り始めた。


「……聖女様、速度が上がってますね」


「……見られているから」


意外と見栄っぱりだ。だがそれで走れるなら問題ない。

次は腕立て伏せ。

彼女は床に手をつき、顔を真っ赤にしながら一回だけ成功させた。


「……一回で十分。聖女の一回は騎士の千回に相当」


「聞いたことないし十分じゃない!」


俺は笑いながら数を数え、彼女は渋々続ける。

その姿は必死だが、どこか可笑しい。

聖女が腕立て伏せで「ふんす」と鼻息を漏らすなんて、誰が想像しただろう。




数日後。彼女は少しずつ体力をつけてきた。

階段も息切れせず、街の巡礼も休憩なしでこなせるようになったが、

ここで副作用発生。


「……最近、信者が私の腕を見て『逞しかばい』と言う」


「いいことじゃないですか」


「……聖女に逞しさは不要」


「いや、必要です!」


彼女は不満そうに腕を隠したが、俺は内心でほくそ笑んだ。




ある日、街で小規模な暴動が起きた。

群衆が押し寄せ、奉仕中の聖女にも詰め寄る。

俺は即座に盾を構えたが、リュシエルが前に出た。


「……下がって」


彼女は群衆に向かって両手を広げ、落ち着いた声で言った。


「……皆さん、静かに、落ち着いて。私はどこにも行かない」


その姿は以前の氷の聖女ではない。

筋トレで鍛えられた体力が、彼女に自信を与えたようだ。

群衆は次第に落ち着きを取り戻し、暴動は収束した。

俺は驚いた。

息切れ対策のための筋トレが聖女の精神まで鍛えあげたのだ。




帰路、彼女はぽつりと呟いた。


「……筋肉、少し役に立った」


「でしょう?」


「……でも、腕が太くなるのは嫌」


「そこは調整の余地を考慮します!」


彼女は小さく笑った。

その笑みは、まだまだ控えめだが、まちがいなく柔らかなものなっていた。

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