第7話 激闘と残る疑問

「あ、洗いました!」


 すぐに効果は出ないか。


 まだ通路の先、角からイビルラットは現れ続けている。


「ありがとう! あとしばらく踏ん張るぞ!」


 平日なのが一番のネックだ、職員の巡回も一階層から二階層へ向かう階段付近だけ。


 ここは一階層でも奥まった人気のないところだ、応援は望めないだろう。


 せめて追加される数くらいは減ってくれるといいんだが。


「はい!」


 一時間以上格闘を続け、体中細かな引っ掻き傷は増えてきたが、ポーションを洗い流したことが功を奏したのか、後続の数が減ってきた。


 辻森さんは、もう気力だけで杖を振り回しているようで、肩で息をして、時おりふらつく姿をさらす。


 そういう俺も同じだ。短剣を一振するたびに倒れてしまいたくなるが、頭の中で、イビルラットの顔に奴らの顔を張り付け薙ぎ払い、打ち下ろす。


 だが、“もう限界”、という心の叫びを何度も飲み込み、最後のイビルラットに短剣と杖を同時に振り下ろした。


 よたよたとふらつき、ドン、と壁に背がついた時、足が立っていることを拒否したようだ。


 それは辻森さんも同じようで、ぺちゃ、と音が聞こえてきそうな感じで、その場に崩れ落ちた。


 目の前では、ダンジョンに吸収されていくイビルラットが、魔石だけを残し、溶けるように消えていく。


 終ったか。十年間の、ダンジョン経験がある俺でも流石にきついぞ。


 この分だと辻森さんはもっと、精神的にしんどい思いを経験したことになる。


 ダンジョン初体験で、イビルラットとはいえ、殺意をこれでもかと浴び、死を間近に感じられる体験をしたんだ。


 中々できる体験じゃない。二度としようとも、したいとも思わないが、それを乗りきった経験は、今後多少は役に立つかもしれない。


 元々の性格だと無理かもしれないが、おどおどしたところが少しでも改善されればいうことないんだが。


「はぁ、なんとか生き延びたな、大丈夫か?」


「ひゃい……はい、はぁ、はぁ、だ、だいじょぶれ、です」


 大丈夫ではなさそうだが、まだ口を開く力は残っていたようだ。



 しばらくの間、怪我を手当したあと、息を整えつつ体を休め、石畳の床に散らばったイビルラットの魔石を拾い集める。


 死ぬ思いをしたわりには深い傷もなく、手当てする頃には血も止まっていた。


 体当たりをされたところが鈍く痛むが問題は無さそうだ。


「辻森さん、拾い残しはないか?」


「はい、大丈夫です」


 小指の先ほどの魔石だが、この頃の相場だと一個二百円くらいか。ざっと見積もっても百個はある。


 時計を見ると、午後の三時前。


 ……数時間でこの儲けは、五階層以降でしか経験がない。


 ふと頭に、明日もモンスター寄せのポーションを使う考えが浮かんだが、馬鹿の考えることだと振り払う。


「忘れ物はないな、よし、ダンジョンを出よう」


「はい、忘れ物、大丈夫です」


 今さら思い出したのだが、よく考えたら俺、普通に辻森と話ができている。


「それで、あいつらのことはどうすると決めたんだ?」


 今回の出来事は、殺人未遂になるだろう。


 仮に、ポーションをかぶったのが、辻森さんのミスだとしても、一人残して逃げ出しているのなら、近い罪に問われてもおかしくない。


 だが今回は、覚醒式で突き飛ばした女、東雲しののめって奴が仲間の三人にポーションをかけさせたそうだ。


 そう、三本もモンスター寄せが使われていた。


 そのため、一階層中のイビルラットが強く、甘い香りに引き寄せられ集まったと思う。


 ダンジョン内での犯罪は立証されにくい。死ねば証拠となる死体もダンジョンに吸収され消えるからだ。


 おそらく俺も回帰していなければ、そうなっていただろう。


 ……いや、そのままの体で戻っていないということは、魂だけが回帰したのかもしれない。


 そう考えると、ゾワリ、と背筋が冷える。


 もう、あんな思いはごめんだ。


「えっと、東雲さんたちのことは、報告、した方がいいのですよね……」


「いいだろうな。証拠としては弱いかもしれないが、ポーションをかけられた服、大量にあるイビルラットの魔石、そして辻森さん本人の証言だ」


 映像や声を残せていれば確実だが、そんなものはない。


 俺も体育館横の不正の証拠となる音声は持っているが、あの二人に関していうならまだまだ弱すぎる。


 バックが強大な一条商事とマテリアル貝塚だ、簡単に揉み消すこともできるだろう。


 そのため、手に入れはしたが、まだ世に出せる状況ではない。


「これだけ揃っていれば、重い罰は難しいだろうが、厳重注意、あるいは調査対象者としてマーク程度はされると思う」


 まあ、報告するしないは好きにしていい。辻森さんが明日、登校するだけで牽制くらいにはなるだろう。


 確実に殺せたと思っていた者が、生きて目の前に現れれば恐怖の対象にもなるだろうからな。


 それも、はじめてのダンジョンでモンスターに囲まれ生き延びたなら、それだけの強さがあると言ってるようなもんだ。


 あれ? そういえばなんで辻森さんを殺そうとしてるんだ?


 まだ決めかねてるのか、とぼとぼと、俺の横を歩く辻森さんを見るが、どう見ても誰かに殺されるような害を与えているようには見えない。


 突き飛ばされていたのを目の前で見た。相手の嫌なものを見るように顔を歪めた姿も。


 先入観もあるのだろうがどう見ても辻森さんが加害者に繋がるイメージが湧かない。


 まだ、会った初日だから、俺の知らない面を持っていてもおかしくはないのだが、そこまで相手を追い詰めるようなことができるとは思えないんだよな……。


「あの、今日はその、止めておこうかと……」


「……そうか、辻森さんがそう決めたなら、俺の方は構わないよ」


「あ、ありがとうございます」


 そのあと、言葉を交わすこともなくダンジョンを出て、役場で魔石を換金したあと、報告はせず帰ることになった。


「今日は朝から本当にありがとうございました」


 そう言葉を残して。

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