第6話 ダンジョンと甘い匂い
階段の途中で足を止め、振り返った時には四人はもうダンジョンから出たあとだった。
なにかダンジョンでトラブルが? いや、笑っていたから違うだろう。
そう言い聞かせるが、その笑いが気にかかる。
それに五人組だったはずが四人で出てきた。まさか死……いや、それなら笑うはず……無いとは言いきれない。
俺は知っている。人の死を笑える奴らを。
……それより、なにか……十年前、入学式当日はなにがあった?
頭に浮かぶのは、一条と貝塚に痛めつけられたこと、家に押し掛けられたこと、夜、両親に連れられ夜間病院に行ったこと。
駄目だ、思い出せない。
ちょっと待て、確かに五人分の足が見えた。だから五人組と認識した。
だが、顔は? 今すれ違った四人しか見ていない。
なぜだ。一人だけ背が低く……あ。
「おいおい、また辻森さんかよ……」
辻森さんが死んだのは、卒業してからだから三年以上先だ。
だから今日死ぬことはない。
死ぬことはないが……。
「俺はこんなことをしている暇はないんだぞ」
そうボヤキながらも階段を下りる足は速まっていく。
辻森さんのスキルオーブを守り、覚醒させた俺の行いが未来を変えてしまった。
そうなると、辻森さんの死が三年後ではなく、今日という最悪な方向へ変わってしまった可能性もある。
そうだ、俺は……俺と家族のことだけを考えていた。
辻森さんのスキルオーブを守ったのはほんの気まぐれにすぎない。
現状、俺と辻森さんの本来あった、“スキルの覚醒ができなかった”という出来事を変えてしまっている。
くそっ! そんなことに気づきたくなかった!
俺のせいで不幸になる者を作っているのと同じじゃないか!
階段を下りきった時にはすでに走っていた。
頼む! 間に合え!
何度も通いなれた一階層のマップは頭に入っている。それに、人目につきにくい場所も。
何度もそこで痛めつけられた。ちょっとしたことや、なんでもないこと、俺のせいですらないことで。
ある時は俺がモンスターを倒したからと。
ある時はダンジョンに持ち込んだ飲料水が温いからと。
ある時は大事な予定を忘れていたからと。
今思えば、よく十年も一緒にダンジョンに入っていたなと思う。
スキルか無くて冒険者ランクを上げられず、単独では浅い階層にしか入れない俺に、無理矢理雑用を強要されていたわけだが……。
なぜ俺だったのか。雑用人員なんて、あの二人なら雇うこともできたはずだ。
まさか、スキルオーブを壊した罪悪感から、なんてことはありえない。
あそこだ! この角を曲がれば……声! 間に合った!
息を整える間も無く、目的の角までこれた。
「や、止めて、こないで、だ、誰か」
この声は! よし! 当たりだ!
急いで角を曲がると、そこには予想通り通路の行き止まりで、辻森さんと、一階層のメインとなるモンスター、イビルラットが群れていた。
「助けは必要か!」
暗黙のルールでもある、横取り防止のため声をかける。すでに短剣を抜き、間合いを詰めながら。
「あ! は、はい! た、た、助けて!」
「任せろ!」
辻森さんの振り回す、身長ほどの杖のお陰で近寄れないイビルラットの背後に進み、短剣を薙ぎ払う。
ザシュッ、と二体の背中を切り裂き、サイドステップで移動しながら、振り切った短剣を戻す。
ザシュッ、短剣の重さと振る速度でいとも簡単に倒れてくれる。
もちろん強化などかけていない。初心者でも、一、二体のイビルラットなら、棒を振り回すだけでも倒せるモンスターだ。
「いやっ! こないで!」
そう言いながらも、辻森さんの足元には三体のイビルラットが転がっている。
「あと少しだ! 気を抜くな!」
「は、はい!」
体感で一分も経っていないと言うのに、すでに十体は倒している。
付与術の疲れもあるが、全力で走ってきたからか、少しだけ足が動かしづらい
はじめからいたイビルラットを倒しきり、辻森さんの横に体を滑り込ませた時、フッ、と嗅いだことがあるような匂いが鼻についた。
「なんだこの甘い匂いは!」
「わかりません! 置き去りにされる時、吹きかけられました!」
辻森さんの動きは、俺が横に入ってからも変わっていないため、毒の可能性が低いのは幸いだ。
とりあえず迎撃の体勢は、行き止まりの壁を背にすることで整った。
これでバックアタックの心配は無くなると、思った次の瞬間、通路の先から、追加のイビルラットが姿を現した。
「なんでまだ増えるんだよ!」
「わ、わかりません!」
イビルラットだけなら、しばらくは倒し続けられるだろうが、このまま増え続けたらどうなるか。
俺はまだ持つが、辻森さんを見ると、肩で息をしている。体力の限界が近そうだ。
……死んでたまるか!
「辻森さん! 強行突破するぞ!」
「で、でもわたし、走るの苦手です!」
「そんなこと言ってる場合じゃない! スキルを使え! 身体強化だ!」
「無理です! もう使い終わってるんです!」
「マジかよ! くそっ! ならこのままやるしか――そうだ! この匂い!」
この匂いの正体を、知っている。モンスターを寄せるポーションだ。
「原因はこの匂いか! 匂いに引き寄せられてるんだ!」
一条たちもレベル上げに使っていた物だ。なにもしなければ効果時間は約三十分。
途中解除の方法は火をつけること。
揮発性の高いアルコールが主成分だから、あっという間に燃え尽き、匂いも消える。
本来なら床に撒いて使うポーションだが、最悪なことに辻森の体にかけられているってことだ。
当然燃やすわけにはいかない。
……そうだ、洗い流せれば多少は効果も薄れないか? って、やってみるしかない
「辻森さん! しばらく俺が一人で相手するから、ポーションを駆けられたところを洗い流して! 早く!」
「は、はい! す、すぐにやります!」
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