第5話 登校初日と付与術

 担任の長々とした話の途中、一条と貝塚が教室に戻ってきた。


「お前たち、入学式のあとは教室で待機と言われただろう。迷っていたか?」


 十年前と同じだ。変わったことは、怪我をした俺がそこに含まれていないこと。


「……そんなところです先生」


「迷ってましたぁ、さーせん先生」


「そうか、始めての場所だからな、二人とも、席に着きなさい、っと、プリントを持っていきなさい」


 前回はこの担任が俺を保健室に連れて行ったが、今回はその流れにはなりようがない。


 そのお陰でこの担任の任期は断たれることもないだろう。


 この育成校の創始者のひ孫である一条と、大口スポンサーである貝塚家のものと認識せずに説教をしたため、翌日には解任されていた。


「連絡事項の途中からになるが、このプリントをあとからでもよく見ておくように」


 プリントを受け取り空いた席に向かう二人の表情は明るい。


 おそらく他のクラスでも、支配が上手くいったのだろう。


「よし、話の続きを始めるぞー」


 続きは滞りなく進み、解散となった。


 このあとだ。一条と貝塚は二年と三年の教室と部室に向かう。自分たちの立場を知らしめるために。


「一条っちぃ、このあと行くんだろぉ?」


「ああ、初日にしっかりと教え込んでおかないとな」


 やはり知っている通りの動きをする。上級生たちは午前中は自己鍛練で校内に居残るものが多い。


「だよなぁ、いつまでもデカい顔されんのムカつくしねぇ」


「そういうことだ。教室から回るぞ」


「へいへーい」


 まだ誰も席から立たない。緊張感が高まった教室の空気が重く感じられる。


 身じろぎすることもなく、二人の言動を見聞きしつつ、じっと去るのを待つ姿勢だ。


 ガタガタ、と二人が立ち上がり、教室を出たところで、重い空気がゆるみ、教室のあちこちで、『はぁ』と息を吐く音が聞こえた。


 貝塚が絡んでくることも想定していたが、思った以上に、上級生を支配下に置くことが二人には重要ってことか。


 なんにしても助かった。あとは学校を出るまで鉢合わせしなければ、入学式初日に家バレすることは無くなったと思っていいだろう。


「ふぅ」


 無意識に俺もたまった息を吐き出していた。


 だが、まだ気をゆるめることはしない。こんな時こそ思わぬ落とし穴があったりする。


 やらされていた罠の解除で経験したことを思い出す。


 ダンジョンの浅い階層で油断した俺は、二重の罠に気づかず、手痛い代償を支払った。


 宝箱にかかっていた猛毒針と麻痺毒の二重罠だったな。


 猛毒の針を取り払い、大丈夫だと判断した俺も間抜けだが、麻痺した俺のことを笑いながら箱の中身だけを取り出し置いていかれた。


 幸いモンスターの前に通りすがりの冒険者に助けられたが……あの時の恐怖と絶望感は身に染みた。


 少ない手荷物、担任が配ったプリントだけだが、折り畳み、ポケットに入れて立ち上がる。


 そこで教室を見渡すと、帰宅準備するものと、何人かで集まり、連れ立って遊びに向かおうと相談し始めるものがいる。


 俺は帰宅一択だ。今日のうちにやりたいことがある。


 役場に行き、覚醒した付与術でできることを調べたいことが一つ。


 もう一つが役場の訓練場を借りて、どこまで動けるかを知っておくことだ。


 明日から数日、学校での冒険者に関する手続きや、能力測定があり、忙しくなるから今日中にやってしまいたい。


 その間は一条たちも俺に構ってられない状況になるはずだ。


 本格的に絡んできたのはその後だ。それまでになんとか足場を固めておきたい。


 賑わうクラスメイトたちに背を向け、教室を出た。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ははっ」


 凄い。声を出して笑ったのはいつぶりだろう。


 攻撃系を心の底では期待していた。


 ふたを開ければ付与術という補助系のスキルだった。


 覚醒できた喜びの方が上回っていたが、ほんの少し残念だと思っていた。


 だが、付与術、思った以上に使える。


 十年間、体に染み込むまで訓練した体術と、短剣術だが、頭ではわかっているが体がついてこない。


 まだまだ体が仕上がっていないせいだな、ぎこちなさ過ぎる、そう感じていた。


 だがどうだ、付与術で辻森が覚醒した身体強化に似た……いや、上位互換と言ってもいいだろう。


 その名も“強化”。武器や防具にも使え、当然自身や、組む気はないがパーティーメンバーにさえ付与できる。


 流石に本家の身体強化のように、自身に特化したものとは強化される上限は低いが、汎用性は確実にこちらが上だ。


「ふう、だいたい三分か……痛っ、これがデメリットと書かれていたことだな」


 強化の発動時間が三分あれば、モンスターを倒すなんて通常それより短い時間しかかからない。


 特に問題はないが、負担はデカいな。魔力の消費も馬鹿にならない。


 ピクピクと全身の筋肉が痙攣している。体への連続使用は非推奨も納得だ。


 もちろん、このままですませるつもりはない。連続使用に耐えられる体作りを計画している。


「それにあわせてレベルアップだよな……」


 借りた短剣をもとの位置に戻し、ストレッチをしたあと訓練場を出る。


 午後はダンジョンに入り、役場の職員が管理巡回している一階層でレベルを上げたい所だ。


 役場の入口にある、入場許可証発行機に向かうと、人集りができていた。


 その中に見たことのある奴がいる。辻森さんを突き飛ばした奴だ。


 やったことは褒められたものじゃないが、入学式後、早々にダンジョンに入る奴が、俺以外にいるとは思わなかった。……中々熱心な奴だな。


 その五人組は発行機を離れダンジョンの入口に向いて歩き始めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 軽く食事を済ませ、ダンジョンの一階層に向かう階段を下っていたところに、四人組が慌てた様子で階段を駆け上がってきた。


 あの、発行機前で会った五人組の内の四人が。


 すれ違った四人の顔を見た瞬間、ゾワリ、と理解できない種類の嫌な予感が、背中を這い上がった。


 四人は逃げるように駆け上がって来たというのに……笑っていたからだ。

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