第3話 覚醒と二度目の遭遇
手の中に、しっかりとスキルオーブの感触があった。
引き寄せた手を開くと、割れた様子のないスキルオーブが光っている。
間に合ったな。
「あ、あの、その、お、下ろしてください」
「あ……」
そうだった、辻森のことも反射的に腰に腕を回して抱えてた……。
辻森の足は完全に宙に浮いている。
このまま離すわけにもいかないか。
膝を折り、辻森の足が床についたのを見てから腰に回していた手を離した。
「あ、あの、転けそうなところを助けてくれて、その、ありがとうございます」
消え入りそうな声でお礼を言い、縮こまるように頭を下げる辻森。その光景を体育館にいる者たちが見ていた。
突き飛ばした奴は、嫌なものを目の当たりにしたように顔を歪め、俺たちを見たあと背を向け立ち去っていく。
目立ってしまったな……それに、これじゃまるで俺が虐めているように見えないか心配だ。
いや、今はそんなことよりスキルオーブを返さないと。
「ああ、たまたま近くにいただけだから気にするな」
「いえ、本当にありがとうございます」
どう接していいかわからない女性に、こう何度も頭を下げられるのも居心地が悪い。
「これ、落として壊れそうだったから」
そう言って握っていたスキルオーブを差し出す。
「え、こ、これ、わたしの?」
「ああ、ケースから飛び出したのが見えたからな。ほら、手を出して」
おそるおそる両手のひらを上にして差し出してきた手の上に、そっと乗せる。
よし、これで辻森については心残りはない。
手の上のスキルオーブと、俺の顔を交互に見てきたあと、大事そうに胸に抱え、また頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいって、ほら、覚醒式に行くんだろ、すぐそこだ、俺もまだだから、一緒行くか?」
いや、なにを言ってるんだ俺。これ以上関わりを持っても無意味だろ。
……いや、これだけではまだ不十分だ、覚醒式は終わってない。このあとスキルオーブを壊さないとも限らない。
もし、壊して覚醒できなかったら……駄目だ。辻森の死ぬ未来を変えるなら、覚醒式を無事済ませることを見てからの方が確実だ。
「は、はい、よろしくお願いします」
歩き始めた俺の横に慌てて追い付いてくる。
しかし、本当に危なっかしい。覚醒式まで見届けると判断したことは正解だな。
ほんの数メートル進むだけでも、歩き始めた赤ちゃんの方が安心して見れるぞこれ……。
パーティション前に到着した時、ちょうど前の人が出てくるところだった。
「ほら、先に行っていいぞ、隣も空きそうだしな」
隣のパーティションの向こうから、『ありがとうございました』と大きな声が聞こえる。
「はい、では、お先に失礼します。本当にありがとうございました」
パーティションに辻森が消えたのを見送り、『はぁ』息を吐き出した。
一つの未来を変えられた、かな。
俺も、出てきた人と入れ違いに隣のパーティションに滑り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どうしてだ。
忘れていた回帰スキルは鑑定されなかった。
一条たちと同じく覚醒式前にスキルを持っていたのを思い出し、焦ったのだが、手元のスキル鑑定証には【付与術】としか書かれていない。
……悩んでも仕方ない、その事について考えるより、俺が無能ではない一歩を踏み出せたと言うことの方が重要だ。
付与術、攻撃系のスキルではなかったが、確かに俺が知らずに持っていた才能が開花したと言える。
「付与術、ですか」
「え?」
いつの間にか、俺と同じようにスキル鑑定証を広げている辻森さんが隣に立っていた。
考え事をしていたとはいえ、まったく気づかなかった……。
「あ、ごめんなさい、勝手に覗いて……」
「いや、別にかまわない」
そう言いながら、悪いことをしたと感じているのか、縮こまった辻森さんのスキル鑑定証に目が言ってしまった。
身体強化か。辻森さんに一番必要なスキルだな。
すでに立ち姿が覚醒式前とまったく違うから、発動させなくてもスキルが働いていると見てよさそうだ。
「えっと、その、貴方のお陰でスキルを覚醒することができました。本当にありがとうございます」
何度目かになる礼の言葉と、深々と頭を下げる辻森さん。
「いや、たまたまだし、そんなに何度もお礼を言われるようなことじゃない。ほら、顔を上げて」
俺の胸あたりまでしか無い身長のせいか、頭を下げるとさらに小さく見えてしまう。
外から見れば、大人が子供に謝らせているように見えかねないから止めてほしい。
「あ、ご迷惑でしたよね、すみません……わたし、辻森。辻森
顔を上げ、ワタワタと慌ててなにを言うかと思えば、自己紹介か。そういえばまだだったな。
「辻森さんか、俺は千倉
女性との自己紹介が恥ずかしく、辻森さんから視線を外したところに見たくもない二人の姿が目に入った。
壁にかかる時計が九時を指そうとしている。
そうか、そろそろ覚醒式も終了間近、体育館に入ってきてもおかしくない。
できれば関わりすら持ちたくない。
どうかそのまま通りすぎてくれ!
「千倉さん……」
目が合ってしまった。
「なんだぁてめぇ、ジロジロ見てくんな、文句でもあんのかぁ?」
「貝塚、なに入学早々絡みに行ってんだ?」
体育館横で隠れ聞いた時はなんともなかった。
だが二人の顔を見ながら聞く声は、虐げられた十年の記憶を思い出させる。
俺の中では死からまだ一日も経っていない。
だから鮮明にあの時の痛みや映像が蘇ってきた。
「一条ぉ、この野郎がよぉ」
嫌な汗が吹き出してくる。
「ほっとけ、首席鑑定官に呼ばれて時間がねえのわかってんだろ、行くぞ」
「チッ、お前、顔覚えたからなぁ」
「ぐっ――」
すれ違いざまに貝塚は、俺の腹を殴っていった。
今のことで、貝塚に目をつけられてしまったと思っていいだろう。
蛇のように執念深い貝塚の性格はよくわかっている。
当時と同じことの繰り返しになる可能性が出てきてしまった。
はは、震えてるよ俺。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます