第2話 二度目の登校初日となぞる過去
「いってきます」
玄関の閉まる音の前に、母さんの『いってらっしゃい』の声が聞こえた。
そうだった。こんな感じだったよな。
まだ夢ではないと確信はできていないが、三年間通いなれた通学路は当時のままだ。
いつもの横断歩道。いつものコンビニ。それが当たり前に目の前に存在している。
商店街に入ると、開店準備なのか、店先を掃除する人たち。
ご近所付き合いがあるせいで、俺の顔を見ては、『おはよう』と挨拶してくれる。
軽く挨拶を返しながら商店街を抜けると、到着していたバスから制服姿の男女が次々と降車する姿が見えた。
同じ方向へ流れる人の波にまぎれ、校門をくぐる。
なにも変わってない。新入生は直接体育館に行き入学式の前に覚醒式だったな。
校舎へ向かう波から離れ、体育館に向かう。
そうだ。このあと一条と貝塚に会うんだった。
キュッ、と胃が掴まれた感覚が襲う。
落ち着け。俺はあの時の俺じゃない。
今の俺はこのあと起こることを知っている。
忘れたくても、記憶から消えてくれないあの出来事を。
前の俺は道を間違い迷い込んだが、今度は知りながら足を向ける。
胸ポケットのものを起動させながら。
ここだ。人影の無い、体育館横の部室の裏から声が聞こえてきた。
「貝塚、入学式の前にクズ共の覚醒を見せられるとかだるくないか」
「だよなぁ、俺たちはもう覚醒してからよぉ、無駄な時間過ぎるよなぁ」
間違いない。二人の声だ。
「でも運が良かったよなぁ、一条は剣術スキルだろぉ、俺もそっちが良かったぜぇ」
「仕方ねえだろ、親がなんとか手に入れたスキルオーブなんだからよ」
やっぱり今も二人はフライングで覚醒を済ませているようだ。
この学校に入る前に覚醒することは法律で禁じられている。
もし見つかれば、罪に問われるんだが、その法には抜け穴がある。
自然覚醒した者には適用されないって抜け穴だ。
当然、スキルオーブでの覚醒は違法となる。
もしバレれば、二人だけではなく、親まで罰則を受けることになるだろう。
よし、こんなもんでいいだろ。ここで見つかるなんて二度とごめんだ。
ゆっくり音を立てずにその場を離れ、体育館に入っていく人の流れに、加わった。
ここまでくれば、もう大丈夫だと言うのに当時を思い出し背筋が冷える。
当時は覚醒式どころか、入学式さえまともに参加できなかった。配られたスキルオーブを二人に奪われ砕かれたからだ。
今、思い出しても怒りが込み上げてくる……。
「ふぅ」
胸にたまった熱い空気を吐き出し、木造の体育館特有の木の薫りを吸い込んだ。
スキルオーブ配る列に並び、俺の番がやってきた。
「こちらに合格通知票を出してもらって、この機械にマイナンバーカードを通してください」
「はい、わかりました」
ピピ、と短い電子音が鳴り、ジジジ、と印字されたシールが排出された。
「チクラ ハルヒサさんですね」
「はい」
「では、こちらを持って次に進んでください」
手続きが済み、シールが貼られたプラスチックケースに入ったスキルオーブを手渡される。
「ありがとうございます」
礼を言い、次のパーティションで区切られた区画に向かう。
当時はここでスキルオーブを壊されたんだったな。
まあ、壊れたのは俺だけじゃなかったが……そうだ、あの子もダンジョンで死んだと聞いた。
スキル無しのまま三年間、そのことと、小学生のような容姿でからかわれ……苛められていた。
……思い出したなら、知らないふりをするのも後味が悪いな。
パーティションに向いていた足を止め、あたりを見渡す。
どこだ。黒髪で腰まで伸ばした髪の毛を切られたと噂も聞いた。なら、今は髪の毛は長いはずだ。
アレか? アレだな、見覚えがある。名は、
死んだ歳まで母親を除き、ほとんど女性と話したことの無い俺にはハードルが高い。
小学生の頃はそんなことはなかったのにな。
……くだらない考えは頭から外せ、今はやれることをやっていこう。
こんな関係なさそうなことでも、当時と変えていけば死ぬこともなくなるかもしれない。
俺も、両親も。みんなが笑ってられる未来のためなら、この程度のことなんてことない。
よし、と少し気合いを入れ、止めていた足を動かした。
スキルオーブの入ったプラスチックケースを持った、その子の元へ。
ケースを胸に抱き、そろそろと危なっかしい歩みで俺の方、パーティションのある区画に向かってきてる。
三メートル……二メートル……一メートル……すれ違った。
なにしてんだ俺。話しかけもしないのに、なに緊張してんだよ。
クルリ、と向きを変え、おぼつかない歩みを見せる辻森の後ろをついていく。
だが、なにをしてスキルオーブを壊したんだ?
人とぶつかるほど混んでもいないし、足元にも障害物はない。
だが、その謎はすぐ解けた。
「あんたまだこんなとこにいるの? ほんとどんくさいわね」
中学の同級生だろうか、パーティションの影から出てきた女性が辻森の前を遮った。
それだけで、なにもないのにつまずく辻森。
「あ、はわっ、っと。えっと、その」
なんとか踏ん張り転けることはなかったが、追撃が加わり、無駄な努力となった。
「邪魔っ!」
「きゃっ」
これか!
突き飛ばされた辻森。すでにプラスチックケースは宙を舞い、スキルオーブはむき出しだ。
間に合え!
転倒寸前の辻森の腰を抱え、スキルオーブに手を伸ばす。
取っ――――――た!
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