悪い魔女は気になる

「……あれ? これは……」


「どうかしたのかい?」


「これって……オセロですよね? 異世界人が取り入れていたのは知っていましたけど、どうしてここに?」


「ボクだってオセロをしたくなることくらいあるよ。そこまで不思議かい? まぁ、たしかにボクくらいのミステリアスな魔女となるとオセロなんてお遊びをするようには見えないかもしれないけど」


「いえ、オセロって二人で遊ぶゲームなのにどうして魔女さんがそれを持ってるのかなって」


「よし、そこに座れ。話し合いの時間だ」


「ところで魔女さんってオセロ強いんですか?」


「座れとは言ったけど、オセロ盤持ってこいなんて一言も言ってないよ……」


「まぁまぁ、そう言わず」


「…………まぁ、少なくとも、一人でやるぶんには負けなしだよ」


「……ごめんなさい」


「謝られてここまで腹が立ったのは始めての経験だ」


「新鮮な体験ができて良かったですね」


「…………はぁ。……大体、そういう君はどうなんだい?」


「そうですね……。例えば、大の大人がガチ泣きしながら土下座で「四角譲ってください~」って泣きついて来るくらいには強いですよ」


「やけに具体的な例えだね……。まぁ、それでもボクには勝てないと思うけど」


「へぇ? じゃあやってみますか?」


「ふふっ。どうやらこれまでは自分より弱い相手に完勝して勘違いしていたようだけど……教えてあげるよ。本当のオセロとは一体何かを、ね」


「遊ぶ相手居なくて一人でやってた人が何言ってるんですか?」


「うるさい!」


◇◆◇◆◇


「四角譲ってください~」


「これが本当のオセロですか。随分ぬるいですね」


「……君、何かイカサマとかしてないよね?」


「オセロでイカサマって」


 酷い言い掛かりだ。

 とても下僕相手に土下座でハンデを懇願している主様の言葉とは思えない。


「……むぅ。常に最善手は打っているはずなんだけど……」


「もう一回やりますか? 四角あげますよ?」


「……凄く屈辱的だけど、魔女は目的のためなら手段は選ばないものだ。ありがたく貰うとするよ。四辺」


「どさくさに紛れてとんでもないハンデつけられてる」


「しかし、君とオセロをしていた相手は災難だね。一回でも勝てたら二度とやりたくないよ」


 パチリと小気味の良い音をたてて白い石を置く魔女さん。


「勝ち逃げ宣言ですか……。まぁ、凄く優しい人ではありましたよ」


 状況と魔女さんの癖を読んでこちらもパチリと石を置く。


「そういえば、君のいた世界の話を聞くことはあってもこれまで君個人の話を聞くことはあまりなかったね」


 パチリ。


「……大して面白い話ではないですよ。語れるような人生でもないですし」


 パチリ。


「いやいや、興味深いよ。ボクは、君のことならどんな些細なことでもきっと楽しんで話を聞くことができる」


 パチリ。


「……では、この一戦が終わるまで。せっかくですし、ついでにこの一戦に勝った方は負けた方に何でも一つお願いをできるってことにしましょう」


 パチリ。


「四辺のハンデなのに随分と余裕だね。……のった」


 パチリ。


「……さて、では何から話しましょうか?」


 パチリ。


「君とオセロを打っていた人について聞きたいな」


 パチリ。


「……自分の先生としてその人は来ました」


 パチリ。


「先生? 一体なんのだい?」


 パチリ。


「全部ですよ。勉強も運動も常識も遊びもお話も。それから……」


「それから?」


「……いえ、とにかく全部でした。自分の持っている知識は全部先生に教えられたもので、自分の考え方とか在り方を作ったのも先生です」


 パチリ。


「それはなんと言うか……申し訳ないね」


「……?」


「……それだけ関係性が深かったなら、きっと君がいなくなってしまって心配していることだろうから」


 パチリ。


「……いえ、その心配はないですよ」


「……? そうかな? もし、ボクがその立場だったら凄く心配になるし、どんな手を使ってでも探しだそうとするだろうけど」


「……できないことはできないですからね」


「それでもやるさ。可能性が限りなくゼロに近かったとしても、そんなことで切り捨てられるほど君と先生の仲は軽いものじゃないはずだ」


「……まぁ、だとしても、魔女さんがそれで申し訳なさを感じる必要は別にないと思います。というか、誘拐紛いのことしておいてどうして今更ちょっと後悔してるんですか」


 パチリ。


「……それは、ほら……正直、異世界人の友人や家族、未来のことなんて召喚するときはまるで考えてなかったからさ。少し考えたら君達にもボク達と同じように人との繋がりがあるって気づけたはずなのに。……ごめんね」


「謝らないでください。別に自分は気にしてないですから」


「……君は、元の世界に戻りたいとは思わないの?」


「全く思いません」


「先生に会いたくないの?」


「……会いたいですよ。凄く。でも、無理ですから」


「君は、ボクが君を召喚した時から、ずっとそうやって諦めて呑み込んで受け入れてくれているけどさ。ちょっとくらい、ワガママを言ってくれても良いんだよ? だから、もし君が帰りたいと望むなら……ボクは……」


「いえ、帰りたいなんてこれっぽっちも思ってないですよ。今の生活はかなり楽しいですし」


「でも……」


「それに……帰ったところで……」


「……?」


 それに、帰ったところで死人には会えません。


「……いえ、何でもないです。それよりほら、魔女さん。手が止まってますよ。こっちに集中しましょう」

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