悪い魔女は退屈

 召喚と同時に奴隷にされてから一週間。


「下僕君」


「はい。魔女さん、どうかしましたか?」


「ボクは今、とても退屈だよ」


「それはいけませんね。手頃な村でも滅ぼしますか?」


「どうしてそうなるのさ……。というか君、ほんとにボクのことをなんだと思っているんだい?」


 ジトっとした視線と呆れたような声で魔女さんが非難する。

 なんだと思っているのかと問われたならそれは間違いなく『悪い魔女』だと思っている。だって、他でもない彼女自身がそうやって自己紹介したのだから信じない理由もない。


 でも、この一週間、ただひたすらに家のなかにとじ込もって鍋をかき混ぜて薬を作ったり本を読んだり暇潰しに自分に話しかける魔女さんを見ていると、なんだか自称悪い魔女って感じでちょっと痛々しいなって思ってたりもする。

 言ったら怒るだろうから言わないけれど。


「……やっぱりいいよ。その顔見てたらなんとなくろくなこと思ってないのは分かったからさ」


「知らない方が幸せなことってありますもんね」


「君、自分の立場分かってる?」


「へへ」


「誉めてないよ」


「ところで、どうすれば退屈でなくなるでしょうね」


「露骨に話を逸らしに来たな……」


「そうだ。魔女の話なんてどうでしょう?」


「もう悪い魔女が酷い目にあうのはお腹いっぱいだよ……」


 片目を閉じてげんなりした様子の魔女さん。

 けれど、問題はありませんとも。


「いえいえ、今回は良い魔女の話です」


「……良い魔女?」


「はい。良い魔女です」


「それは……どんな悲惨な最期を遂げるんだい?」


「悲惨な最期を遂げるのは確定なんですね」


「人の良い魔女なんて善意に付け込まれて利用されるのがオチさ。例えば強欲で傲慢な王族とかにね」


「王族への風評被害が酷い。王族に親でも殺されたんですか」


「あとは命を持っていかれたら全てコンプリートといったところだね」


「思いのほか闇が深かった」


「気になるかい?」


「継母とその連れ子である姉にいじめられていた少女が魔女のおかげで憧れの舞踏会に行き、王子様に娶られる話なんですけどね……」


「露骨に話を逸らしにかかったね」


「まぁいいじゃないですか。血生臭い話はあまり好きじゃないんです」


「暇つぶしに村を潰すことを提案した人間の発言とは思えないね」


「さて、この物語で魔女の果たす役割ですが……」


「また露骨な……」


「魔女は舞踏会に行きたがる可哀想な少女のためにドレスやガラスの靴、カボチャの馬車といった用意を魔法で整えてあげるのです」


「代償は寿命の半分といったところか……」


「そういうのはないです」


 良い魔女の話と言ったのだけど、自分の話を聞いていなかったのだろうか。

 大体それじゃあ死神だ。


「ところでカボチャの馬車ってべちゃべちゃしてそうだね。魔女なりの嫌がらせかな?」


「なぜ調理済みを……」


「……チップスならギリギリセーフかい?」


「アウトです。カピカピしてそうですし。というか大人しく調理前のものを使ってください」


「そもそも食べ物で遊ぶのはボク良くないと思うよ」


「魔女さん本当に悪い魔女ですか?」


 根が真面目で優しい中二病を患ってしまった子にしか見えなくなってきた。


「あと、ガラスの靴とか重くないかな? スニーカーとかの方が動きやすいよ」


「舞踏会に機動力は求められてないです」


「踊るんだよね? ブレイクダンス」


「なぜ」


 同じ物語について話しているのか不安になってきた。


「なんだか話していたら疲れてきたからボクは一眠りするよ」


「自由かな?」


 魔女さんが特別なのか。

 それとも他の人もこのくらい自由な人が多いのか。

 他の人を見たことが無いから判断はつかない。

 特に問題もない。


「また、起きたら話の続きを聞かせてほしいな」


「……はい。喜んで」


 彼女の望みを聞くのが今の自分の役割なのだから。

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