美女の野獣

猫姫花

美女の野獣

 青空の中で入道雲がもくもくと浮いていて、

 田舎風景な周りにはもくもくと木々が茂っている。


「おじいちゃん、何をしているの~?」


 もくもくとした煙を感じて庭先に回ってみると、

 黙々もくもく七輪しちりんで魚を焼いている祖父。


「ん~・・・魚」

「うん、魚、私の分もある??」

「あるぞ」

「やっりー。大漁だったの?」

「四匹だ・・・五匹目は小さいから逃がした」

「優しいなぁ。あ、手を洗ってくるね。ついでに顔も。着替えもしよう」

「いちいち、言うな。心配だ」

「なんで?」

「いい」



 ―――・・・夜。


 今宵は満月で、庭先に山から降りてきたオオカミが来た。

 少し距離を置いて腰をおろしたオオカミが、溜息を吐いた。



「くれ」


「うん、それでいいよ」



 手首に巻かれた包帯を取っている間に、オオカミが言った。


「今まではあえて聞かなかったが・・・」

「ん?私じゃイヤなの?血の提供?」


「いや、なぜ血を提供してくれるのか聞くのははじめてに思う」

「やっぱり、だいぶ喋れるんだね。君が私の王子様だったらいいのに・・・」


「なぜ?」

「酷い人間の男より、優しい獣のほうが好きかもしれない」


「きわどいな・・・」

「分からないってこと?」

「いや、分からなくもない」

「うんうん」


「俺がヒトガタをとれたら、嬉しいか?」

「そうだなぁ・・・オオカミであることに安心してる自分に気づいてる」


「ん~・・・実は変化へんげできるのだが・・・」


「そうなの?見せて?」

「どこまでのことだ?」

「え、服が必要だったりする?」

「意味が分からない・・・その許容量きょようりょうみたいなやつ」

「少女漫画だよ」

「よく、分からない・・・血の混ざってるやつを、把握はあくしてる」

「どうなの?」

「いや、私がヒトガタをとれる時間もある話に戻そう」

「うんうん。時間に限りがあるの?」

「そうだ、満月の夜だ」

「なるほど、今日は満月・・・ってことは、君って狼男おおかみおとこなの?」

「そうだな、性別は男だ」


「ほんで?」

「なんだ?」


「ふたりの距離がひとつになるようなことを、うながしてないか?」

「血の記憶にある歌のフレーズを思い出したが、そこからか?」

「なんだっけ?」

「うん、まぁ、いい。百聞ひゃくぶん一見いっけんかずだろう」


 空気圧が変わった気がしてまたたくと、そこには服を着てない男がいた。


「俺はお前を望んでいる」

「私はたしかに美形だけど、暗い過去があって田舎に来たの」


「血の記憶で見た。俺はお前を望んでいる。それに応えろ」

「それでいいよ」


「・・・本当か?」

「うん」


「運命の女とちぎれば、元の人間に戻れる・・・」

「そうなの?」

「知ってたんじゃないのか?」

「漫画でそんな感じのがあった気がすることを、知ってる、って言ったけど・・・」


「人間はイヤか?」

「そうでもないのかも」


「ほう・・・」


 狼男がおもむろに近づいてきて、庭先の椅子に座っている私の手をにぎる。

 そしてかしずき、手のこうにキスをした。


「これから貴方に仕えたい」

「仕えたい派なの?」

「そうだ」

「旦那として、ってこと?」

「ん~・・・まぁ、それでもいい」


「じゃあ、美女の野獣じゃん」


 狼男が、少し笑う。


「今すぐからがいい」


 なんだか過去のやつらに復讐しているような気がして、笑いが出てきた。

 多分、読み取られている。

 それでも受け入れてくれるんだったら、彼がいいなと思った。


「美女の野獣」


 彼はまるで合言葉みたいに反芻はんすうしてくれた。


「美女の野獣」






―おわり―

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