第2話

3級ダンジョンでの事故から三日。九条蓮は、いまだにあの規格外な力の感覚を忘れられずにいた。


探索者管理局の自習室。蓮は、今回の事故の公式報告書である『新八王子坑道・異常事象報告書』を睨みつけていた。



『本件は、ダンジョン内の魔力バランスの不均衝が一時的に増幅したことによる偶発的事象であち、特筆すべき外部要因は確認されず。引き続き、原因不明の事象として処理する。』



「原因不明、だと?」


蓮は報告書を強く握りしめた。あれは、誰かの意思が介入した、確実な力だった。あの力の一瞬の感覚は、彼の努力をあざ笑うかのような力だった。そんな力を彼が忘れるはずがない。


「あれはなんなんだったんだ...?」


蓮が悩んでいる隣で、有希は静かにアイテムのメンテナンスをしていた。彼女の瞳には、蓮の知らない、兄への複雑な感情が揺れていた。


「蓮くん、集中しないと。次は2級昇格の課題ダンジョンだよ」


蓮はハッとして報告書を閉じた。


(こんなことに悩んでる暇はない。俺はもっと強くならないと。)


その決意を胸に、蓮は探索者養成所のトレーニング施設へ向かった。彼が目指すは、そこで隠居同然の生活を送る、師匠だ。



――――――――――――――――――――――――――――――



山本総司やまもとそうじは、かつて「大陸の覇者」と呼ばれた元S級探索者だ。

現在は養成所で基礎指のみを行っている。


「師匠!お疲れ様です!」


蓮の呼びかけに、山本は分厚い胸板を揺らし、武骨な笑みを浮かべた。その横には、有希が既に座っている。


「おう、蓮か。またその『原因不明』の件か?お前の顔にそう書いてあるぞ」


「はい。師匠、あの時の現象は、本当に偶発的なものだったのでしょうか?俺は、誰かが意図的に法則を超えた力を使ったと確信しています」


蓮は、師匠だけには嘘偽りなく真実を伝えようとした。


山本は、持っていた鉄アレイを床に静かに置いた。


「この世界にはな、蓮。お前の努力の積み重ねや、俺が教えた魔力操作では、手の届かない力がある」


その言葉に、蓮は息をのんだ。


「それは、一部の超人だけが持つ、世界の法則そのものに干渉する力だ。それは魔物にも、ダンジョンにも、人間の意思にすら影響を及ぼす。――人間程度には制御することも、逆らうこともできない力だ」


「そんなものが...」蓮は奥歯を嚙み締めた。


山本は、視線を蓮の横に座る有希に向けた。有希は目を伏せ、何も語らない。山本は、有希がその力をもつ存在の肉親であることを知っている。そして、その規格外の力が、有希を含む家族の運命を捻じ曲げてしまった過去も。


「蓮。お前は仲間を守れる強さを求めて探索者になった。それを成し遂げる道は、その存在の背中を追うことではない」


山本は、蓮の肩を強くたたいた。


「お前がすべきことは、誰にも頼れない状況で、目の前の仲間を守り切れる、確実な力を築き上げることだ。その規格外の力がどんなものだろうと、お前は自分の信念を貫き通せ。それがお前の求める強さじゃないのか?」


蓮は師匠の言葉に強く頷いた。師匠は、規格外の存在を否定しなかった。だが、蓮が進むべき道を示してくれた。


(そうだ。俺が欲しいのは、偶然発現するような曖昧な力からじゃない。俺の大切なものを、守り切れる、自分の力だ。)


蓮は、師匠の助言を受け入れ、規格外の存在の段丘を一時中断する決意を固めた。



――――――――――――――――――――――――――――――



その日の深夜、探索者養成所に一つの影が降り立った。


「やぁ、総司さん。まさかこんな夜中に、お茶なんか飲んでるなんて。だいぶ老けたかい?」


「零。夜中に来るなと何度言えばわかる」山本はため息をついた。


彼は零の力を知る数少ない人間であり、彼に魔力の基礎を教えたこともある。


「まぁ、細かいことを気にするなよ」


零は、近くの椅子に、音もなく座っていた。


「それで、蓮の様子を聞きに来たんだろう」山本は核心をついて言う。


「うん。あの子は有希の初のボーイフレンドだからね!それに、ボクの力にもうすうす気づき始めたでしょ。そろそろ、ボクとの顔見せが必要かなー」


「はぁ、お前がそんな風に遊ぶのは、お前が自分の能力――『概念改変』が生まれた理由に、まだ向き合えていないからだ。零」


零の表情が、一瞬で凍りついた。彼の瞳の奥に、過去の悲劇の影が揺らぐ。


「...その話はするなよ。あれはボクの遊びとは関係ないよ」


「関係あるさ。お前が世界を退屈に感じる理由と、世界を書き換えたいという理由は、すべてそこにある。お前はただ、あの過去をなかったことにしたいと願っているだけだ」


山本の言葉に、零は深く息を吐きだした。


「さすが、、ボクに魔力操作なんて意味のないものを教えた男だ。よくわかっていることで」


零は、山本に真剣なまなざしを向けた。


「山本。ボクの『全知の領域』で、世界そのものの法則を完全に『過去の特定の日時』に巻き戻すことは可能だろうか?ボクの存在さえも、その日の状態に戻す、究極の『概念改変』だ」


山本は、その言葉を聞き、静かに首を振った。


「もしそれができたとき、お前という存在は消滅する。お前は、規格外の力を持った、孤独な一人の人間として、世界から存在を抹消される。それは、本当にお前の望むものなのか?」


零は、その質問には答えなかった。


「そっか...まあ、今はいいや。ボクは、明日、蓮くんと有希が向かう2級ダンジョンに、誰も気づかないような、派手な置き土産を残してくる。ボクの退屈しのぎに付き合ってもらうよ」


零はそう言い残すと、どこからともなく消えていた。


山本は一人、静かに呟いた。


「零...お前のその願いが、この世界を本当に壊すことになるぞ」



――――――――――――――――――――――――――――――


急な展開に読みづらかった方は申し訳ありません。

参考までにこの世界観をしばらくあとがき?で説明しようと思っています。


まず、等級から、

といっても、覚醒者にも種類があります。


例えば、

能力に覚醒している犯罪者を取り締まる、ダンジョン庁の特殊部隊。

ダンジョンに潜り、資源を集める探索者。

自身の能力を利用して、魔力など、未知の現象について研究する、ダンジョン研究者。

  などなど...


零は探索者です。

その探索者の基準で考えると、


国家クラス  単独で大国の軍事戦力に匹敵するレベル。


特級クラス  単独で小国の軍事戦力に匹敵するレベル。


1級と特級の差はものすごくあります。というか、クラスが上がるごとに差は広がっていきます。


1級クラス  個人で首都(東京)に甚大な被害を出すことのできるレベル


2級クラス  個人で県(地方)の防衛機構に匹敵するレベル


~~~~~~~~


10級クラス  一般成人男性が10人束になってようやく勝てるレベル。



10級クラスでも、覚醒者と非覚醒者の差は大きいです。


そして、一つの級にも1+いちプラス級、1-いちマイナス級という風に分かれています。


ぜひ、参考にしてみてください。

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