第2話 湊の別荘

 気をつけろと言われても……。

 湊は俺の数少ない友人だし、何でも話せるのは彼ぐらいだし……。


 もうすぐ夏休みか。


「お前、休みどうするの?」

 湊に聞かれた。


「休みもバイトだよ。貧乏学生だから」


 すると、湊が首を傾げた。


「貧乏? 金に困ってんの?」


「じゃなきゃ、こんなにバイトしないよ。俺、県外から来てるし。アパートの部屋代とか」 


「じゃあさ、俺んち山奥に別荘あるんだ。掃除も兼ねて行かなきゃならなくて。掃除代出すから、一緒に来てよ」


「え? 俺たち会ってまだ二週間だよ? そんな人、簡単に招いていいの?」


「しばらく放置してあるらしくて、絶対掃除大変だから。来てくれるなら誰でもいいよ」


「そんな……まあ、それならいいけど」


◆◆


 とりあえず湊の話は保留にした。

 湊は、二週間くらい前に新しく入ったバイトだった。

 年齢が近いのもあって、やたら俺に話しかけてくる。


 ── 俺も交友関係広い方でもないし、いいけど。


 それに別荘のことを保留にした理由は、あの日電話で言われたことが気になったからだ。


『仲の良い人に気をつけて』

 ── そんなこと言われても……。


◆◆


「あれからどうよ?」

 湊とバイト終わりに居酒屋に行って聞かれた。


「間違い電話はかかってこなくなったよ。死んだ女性についても、あれから警察も何も言ってこないし。もう解決したんじゃね?」


「そうなんだ。なんでお前にかけた電話の履歴だけで、警察が来たんだろうな」


「通話履歴が、間違って俺にかけたときのしかなく、しかもSIMが不正入手されたのだったとか。よく犯罪に使われるヤツ」


「え? じゃあ本物のヤバいヤツが絡んでるってこと? お前、何かの犯罪に巻き込まれなきゃいいけど」


「は? 冗談── 。怖がらせるのやめろよ」


「冗談で済めばいいけど。なおさら別荘来た方がよくね?」


「え? いや……そうかな。確かに、離れた方がいいかも」


◆◆


 そして湊の別荘に行くことにした。


 そこは山の中でも特に高い場所にあった。

 湊の車で連れてってもらった。


「すげー、見晴らしいいじゃん」

「でしょ? 気分転換になる?」


 少し離れたところに車を停めて、歩きながら湊と話した。


「ホント、いろいろあったから」

「今回は災難だったな。たまたま間違い電話に出たことから始まったんだっけ?」


「そうそう。相手の女がかなり焦ってて、『どこにいるか教えて』って」

「ふーん。それから?」


「それから俺の誕生日聞かれて、何だか素直に答えちゃって── 」


 別荘に着くと、すでに庭がきれいに掃除されていた。

 ── あれ? 掃除に来たんじゃ?


 家の入り口に着いて、湊に聞かれる。


「ちなみに、誕生日いつ?」

「え? 四月十日 」

「だよねー」


 俺がそう答えると、湊が門の入り口にあるキーボックスにナンバーを入力した。


「え?」

 ── いま、俺の誕生日で鍵が開いた……?


「早く行こうぜ」


 動揺しているうちに、門の中に押し込まれた。

 家の中に案内されると、やはり掃除がしてあった。


「掃除しに来たんじゃないの?」

「姉貴と梢が先に来てたかな?」


「湊、姉ちゃんいるんだ」

「いや?」

 ── え?


「湊の姉ちゃんが、最近ここに来たの?」

「俺の姉貴じゃないよ。この別荘、両親が亡くなって娘が管理していたらしいんだ。その娘」


「両親? 娘?」

「まあ、座りなよ」


 湊の言ってることがわからなかった。

 とりあえず、ソファに座った。


「かわいそうな人で。父親がもともと高齢な上に病気持ちでさ。若い嫁がいたんだけど、離婚したあとに事故死して── 」

「事故死?」


「父親は土地と株で儲けた投資家でさ。嫁は金目当て。死因も、友だちとBBQやったときに酔った状態で川に落ちたとか」

「川?」


「さっき歩いたときにあっただろ? その川だよ」

 ── え?

 思わず、背筋がゾクゾクした。


「え? ……この別荘に遊びに来たときに事故が起きた? でも離婚……」


「そう。離婚したから、もう自分のものでもないのに。それもあって、この別荘は親戚もあまり利用してない」


「いろいろあるな。湊、やたら詳しいね。それで、娘が今は管理者なの?」


「いや、いなくなった。最近死んだから」

 ── え?


 一気に背中が凍った。


「最近って……」

「でも、その娘は双子で。弟がいるんだよ」


「弟?」

「ああ、お前」


◆◆


 ピンポーン。

 そのとき、鳴るはずのないインターフォンが鳴った。


 ゾクッ。

 背筋が凍りついて、手が震える。


「やっぱり来たか。大丈夫だよ、入れてあげて」

 湊が、キッチンの方に歩きながら言う。


「誰か呼んだの?」

「呼んでない。梢ちゃん」


 湊の姿が見えなくなった。

 仕方ないから玄関を開けると、若い女が立っていた。


「会いたかった── 」

 梢がいきなり抱きついてきた。


「ちょっ、人違い!」


 慌てて離れる。

 すると遠くから湊の声がした。


「自分の依頼に失敗したのに、それはないよ。それ、俺のだから」


 すると梢は、チッと舌打ちをして家の中に入った。


「……依頼に失敗?」


 恐る恐る聞くと、湊が笑って言った。


「梢の依頼主は、お前の姉さん。警察に見せられた写真に映ってた人」


「は!? 写真!?」 


「警察が来て、写真見せられたんだろ? 二卵性だけど似てるよな」


◆◆


 湊がテーブルに缶ビールを並べながら言った。

「お前の母親は離婚したあと死亡した。そのあと父親の元に引き取られたけど、病気が悪化して親戚に引き取られることになった」

 ── え?


「父方の親戚は、どういう事情か知らないけど『引き取るのは女だけだ』と言った。だからお前は、母方の親戚に引き取られた」


「え? 俺の親、鹿児島── 」

「それ、親戚。苗字が同じなのは、母親が旧姓に戻したから」


「し、親戚……だったの?」


「きちんと養育費が振り込まれてたはずだから、お前が貧乏なわけないんだけどな」


「は?」


「お前の父親は、亡くなる前に遺書を残した。娘と息子に、当分に財産を分けること。遺産相続は、二人立ち会いの場で行うこと」


「親戚が父方と母方だから、互いに連絡を取っていなかった。そして依頼されて、お姉さんと一緒にここまであなたを探しに来た。でも途中で殺された」


「こ、殺された……?」


「父親が死んだ時点で、姉に財産が入るってマークされてたんだろ? でも犯人の思い通りにいかず、間違って殺してしまった。そんなとこじゃね?」


「犯人はまだ捕まってない。お姉さんのSIMが不正だったのは、私が貸してあげたから」


「は? なんで?」

「あなたの電話番号を買うときに、そのSIMが入ったスマホも買ったの。興味本位だけど。安かったし」


「は? 俺の電話番号と不正SIMが入ったスマホを買った? ── 誰から?」


「湊。彼、情報屋」

 ── え?


 驚いて、湊を見る。

 湊は何もないような顔して、ビールを飲んでた。


「怖いなんて、失礼だな」


「お姉さんの番号と間違えてあなたに電話した。それ以外使ってない」

「姉の番号?」


「あのとき焦ってたのよ。遅い時間なのに、お姉さん、待ち合わせ場所に来なくて。しかも、電車の発車時刻に間に合わない」


「電車で移動してたの?」


「そう。湊から買ったスマホのアドレスに登録してなくて。その前まで、あなたの番号を書いた紙を見ていたから。覚えてた番号が間違ってた」


「俺に誕生日を聞いたのは?」

「それはロッカーの鍵。ホテルに泊まってたから、貴重品をロッカーに入れてたの」


「ロッカー?」

「怪しい人がいたっていうから逃げて。途中でお姉さん、足を捻って。

 だから、私が貴重品を取りに行ったの。だけど番号聞くの忘れて。

 お姉さんに電話したけど出ない。焦って。

 思い出したの。あなた、同じ誕生日じゃない」


「いや、そんなことで電話されても……」

「翌日にはあなたを訪ねるつもりだったわ。誕生日がお姉さんと同じなら、本人確認になるし。でも今は、急いで戻らなきゃって」


「……そう、なの?」

「病院の帰りに、湊から買ったスマホとお姉さんのを交換した。お姉さんのスマホは大切に保管してある」


「姉は、いつ殺されたの?」

「その翌日。たまたま別行動してて。どこを探してもいないし。買ったスマホの電話番号を、うっかり忘れちゃって」


「は? ダメじゃん!」

「……それについては、申し訳ない。そしたら、近くで女の人が殺されたって聞いて……まさかだった」


「あの『仲のいい人に気をつけて』って言うのは?」

「身の心配をしたのよ。彼、裏の人だから。でも湊って偽名だから、違う名前使ってるかもしれない」


「湊……俺を、どうするの?」


 すると、湊が笑って言った。

「そりゃあ遺産相続させるさ。まあ、仲良くしようぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る