第2話叱られ保育士の日常
――「それ」はあの2年間で培われたものだった。
四年制大学卒業後、五年の会社勤めを経て入り直した保育学校。
周囲の学生は、ほとんどが私より一回り近く若い女性だった。
同級生はもちろん、一つ上の学年の先輩も私より年下だ。
彼女たちは、私を「年上」として敬うことはなかった。
むしろ、社会経験があるはずなのに何もできない「年上のおっさん」だからこそ、
無遠慮なからかいや容赦ない叱責、時には軽蔑の視線を浴びせることも多かった。
そんな屈辱的な二年間を過ごすうちに、私はその立場の逆転した関係に、
抗いようのない甘美な快感を見出すようになっていたのだ。
年下の女性に虐げられることに性的な喜びを感じる――
この特殊な秘密は、誰にも言えない恥ずべき現実だった。
しかし昨日、私はその秘密を、園で最も優しい教育係、桐原さくら先生に、
決定的な形で知られてしまった。
※※※
翌朝、保育園の空気は昨日と変わらないはずなのに、
私にはすべてが違って見えた。
廊下で交わすさくら先生との挨拶一つ取っても、
彼女の穏やかな微笑みの裏に、私のすべてを掌握した冷たい悦びが透けて見え、心臓の鼓動が早くなる。
他の先輩からの叱責も、今はもう心臓を鷲掴みにしない。
むしろ、早くあの秘密の支配を体験したいという倒錯的な焦燥感が募っていた。
※※※
昼食を終え、園児たちが昼寝に入った後の静寂。
その時、いつもの叱責が飛んできた。
書類を整理していた主任の氷室先生からだ。
「良介先生、この記入漏れはなぜ? もう何度も言っているでしょう。新卒とはいえ、しっかりしてください」
私はすぐに頭を下げた。
いつもなら、ここで隣の席のさくら先生が、
「良介さん、次は一緒に確認しましょうね」
と優しく庇ってくれるはずだった。
しかし、さくら先生は動かない。
ただ書類に目を落としたまま、私にしか聞こえないほどの小さな声で言った。
「良介さん、ちょっと。確認したい書類があるから、誰もいない資料室へ来てくれる? 早くね」
その声は昨日知ってしまった支配の色を含んでおり、有無を言わせぬ強制力があった。
私はまるで、彼女の手のひらで操られる糸の人形のように、資料室へと向かった。
資料室のドアが閉まり、遮断された空間に静かな緊張感が満ちる。
さくら先生は、先ほどの書類の束を机に置き、優しいトーンで言った。
「良介さん、さっきの書類の記入漏れ、あれはちょっとひどすぎるわね。
ねえ、私の教育係としての指導、ちゃんと聞く気はあるのかしら?」
その声は優しかったが、逃げ場のない檻のようだった。
「私、良介さんが困っている顔、見ているの、結構好きよ。ふふ。ね? だから隠さなくていいのよ」
彼女の言葉は、まるで麻薬のように私の羞恥心を刺激した。
私は、この優しい顔の下に隠された冷たいSの片鱗を目の当たりにし、体が熱くなるのを感じた。
「でも、この秘密の関係のルールは一つ。
あなたが私だけに、この嗜好のすべてを正直に捧げれば、私はあなたを許してあげる」
私は息を詰めた。
これが、彼女との新しい関係のルールだった。
私を許すかどうかの全権が彼女にあるという、絶対的な権威。
「何度も同じミスをするあなたは、本当に手のかかる子ね。
私がしっかり、教育してあげないと」
彼女は一歩近づき、私の胸にそっと手を置いた。
「さあ、良介さん。私の前で、一番惨めな顔を見せて?
これでいいの。良介さんは、私の『一番のお気に入り』なのだから」
資料室での秘密の指導は、それから数日間、毎日のように繰り返された。
主任や他の先輩に叱責を受けるたび、さくら先生のフォローは入らず、
代わりに「後で資料室よ」という冷たい命令だけが私に与えられた。
他の先輩たちの叱責も、もはや色あせた背景に過ぎない。
私が今、本当に欲しいのは、さくら先生の冷たい悦びだけだ。
そして、一週間が過ぎた日の夕方。
園児の引き渡しを終えた職員室で、私が簡単な清掃リストのチェックをミスした瞬間、それは起こった。
「良介先生!」
響いたのは、いつもの氷室先生の声ではなかった。
冷たく、苛立ちを含んだ、さくら先生の声だった。
「どうしてこんな簡単なリストの確認ができないんですか?
指導係の私がついているのに、あまりにだらしがないでしょう!」
私の体は、公の場での突然の叱責に凍り付いた。
だが、その衝撃以上に、心臓の奥が歓喜で震えていることに気付いた。
周囲の職員が、一斉にこちらを見た。
誰もが驚愕している。特に、一番年下のゆうな先生は目を見開いていた。
「え……さくら先生が、あんなに怒ってる……」
「とうとう見捨てられたのね、良介先生」
別の職員の囁きが、私の耳に届いた。
優しかったさくら先生が、ついに年上の新人を切り捨てた――周囲はそう解釈したのだ。
周囲の同情と軽蔑の視線。
そして、それを無視して冷酷な指導を続けるさくら先生。
その公の場での屈辱と、さくら先生の瞳の奥に見える勝利の光こそが、
私の倒錯的な渇望を満たし、彼女への依存心を決定的に高めた。
「一番のお気に入り」
その言葉は、私の孤独と倒錯を満たし、彼女への依存心を急速に高めていた。
私は、彼女の優しさという名の鎖に、もう抗えない。
私の倒錯的な日常は、公私にわたる支配者によって、本格的に動き始めていた。
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