NTRエロゲの竿役に転生したけど、中身が俺だからすぐ没落した

茶電子素

最終話

気づいたら俺は、高校を舞台にしたNTRエロゲの世界にいた。

しかも、よりにもよってクラス内カーストトップの超イケメン。


物語上、重要な立ち位置を持つ“キーマン”的ポジション……

ヒロインたちを主人公から寝取る可能性を秘めた存在、いわゆる竿役だ。


少女漫画の表紙から抜け出したみたいな顔立ちに、

背の高さ、運動神経の良さ。

どれを取っても主人公にとって強力なライバルといえるだろう。

というか単純にスペックだけなら主人公を軽く凌駕している。


しかし、中身はあくまで俺だ。

痛い系アニオタで、アイドルオタクで、

休日は推しの配信を見ながらカップ麺をすする人間。

そんな俺が、

外見だけ理想的なキャラになったところで長く維持できるはずもない。


それでも最初の数週間は、夢のようだった。

女子から黄色い声を浴び、男子からも一目置かれ、

体育祭では応援団の先頭に立たされるほどの扱い。


主人公にもヒロインにも意識され、

まさにゲーム世界の“重要人物”そのもの。

クラスの中心に立ち、注目の的になっていた。


──だが、問題はそこからだった。


筋トレ? 面倒。

ファッション? アニメTシャツで十分。

会話? 推しアイドルの話ばかり。


努力を完全に放棄した結果、

俺の中身と外見のギャップは日に日に露わになっていった。


周囲は徐々に距離を置き、主人公もヒロインも、

俺を物語の中心から外すかのように自然と視線を逸らすようになった。


あれほど騒がれていた俺は、

気づけばただの痛いオタクとして扱われるようになり、

ゲーム的に用意されていたはずの立場すら維持できなくなっていた。


そして半年後。

俺は太った。腹が出て、制服のボタンがきつい。

かつての輝きは完全に失われ、教室の隅で存在感を消す日々。


あの少女漫画的イケメンはどこへ行ったのか、

自業自得ではあるが、

鏡を見るたびにため息しか出ない。


こうして“竿役として転生したはずの俺”は、カースト最底辺へと転落した。

しかしそこで待っていたのは、

同じく女子に縁のない男たちとの、妙に居心地のいい友情だった。




「おい、佐久間!購買で焼きそばパン買えたか?」


昼休みのざわつく教室で、ひときわ元気な声が飛んできた。

振り向くと、ぽっちゃり笑顔の田辺が手を振っている。


やつは俺と同じで女子からは華麗にスルーされるタイプだが、

男子同士では妙にしっくりくる空気を持っている。


「いや、売り切れてた。代わりにコロッケパン買えたけど、お前いるか?」


「マジか!神かよ、お前!」


こういう、小さくてどうでもいいやり取りが心地いい。

机を囲むのは田辺以外に三人。

眼鏡で真面目そうな小林、

声のボリューム調整機能がぶっ壊れている山下、

そして無口だがゲームの腕はプロ級の森田。


俺を含めて五人。

誰もモテないし、誰も輝いていない。

俺たちの誰もが“メインストーリー”からは外れっぱなしだ。


だけど、この空間にはなぜか笑いが絶えない。


放課後の教室。

人気のない空気の中、

俺たちは机をガガッと寄せてカードゲームのフィールドを展開する。

女子どころか他の男子ですら「関わっちゃだめなやつら」みたいに避けていく。

だが俺たちにとっては至福。まさにここが聖地。


「山下、またそのコンボかよ!そろそろ変化球出せって!」


「うるせぇ!勝てば正義なんだよ!!」


「いや昨日それで負けてたじゃん。学習してくれよ」


アホみたいな会話が続き、笑い声が弾ける。

窓の外では夕日が校庭を赤く染め、運動部の掛け声が遠くに響いている。

きっと主人公の佐藤は、そのど真ん中で輝いている。

ヒロインたちの視線を一身に浴びながら、

青春の王道を突き進んでいるに違いない。


だが俺たちは、そのきらめきから外れた場所にいる。

でも外れているからこそ、自由だった。

誰にも見られず、誰にも期待されず、好きなことを好きなだけ全力で楽しめる。


そんなある日──主人公・佐藤が俺たちの机に近づいてきた。


背筋をスッと伸ばし、爽やかスマイル。

空気がキラキラ光るような存在感。まさに今も物語の中心にいる男。

元のゲーム世界の“正規ルート”を歩む主人公であり、

そしてかつての俺なら立っていたはずの場所に、今も堂々と君臨している。


「お前ら、何してんの?」


俺はカードを手にしたまま、ほんの一瞬だけ昔の自分を思い出した。

――あの頃は、確実に彼と肩を並べていた。

だがもう違う。今の俺には、俺の居場所がある。


「カードゲーム。めっちゃ面白いけど、やってみる?」


佐藤は困ったように笑って、首を横に振った。


「いや、遠慮しとくわ」


当然と言えば当然か。

気付けば周囲のヒロインたちが彼を追いかけていく。

その背中を見送りながら、俺たちは再びカードを切る音に集中した。




――特に女子とのイベントも無く迎えた文化祭当日。

俺たちの出し物は「ゲーム研究会」なる展示。

誰も期待していないし、準備中も「何それ?」と苦笑された。


来場者なんかほぼゼロ。

しかし俺たちは本気だった。

机にずらっと並べたゲーム機、手作りで作った攻略本、

カードゲーム体験コーナーまで用意した。

準備にかけた時間は校内で最も長かったと、自信を持って言える。


「客来ねえな」


「まあいいよ。俺たちが楽しめたら、それで十分ってことにしとこうぜ」


田辺が言って笑い、俺も釣られるように笑った。

この瞬間、俺は不思議と胸が温かくなった。

竿役としての輝きは失ったけれど、

これは俺のために用意された“別ルート”の青春なんだ、と。


昼も過ぎて、いよいよ人が来ねえななんて思ったころ

ふいに入口に影が差す。

振り返ると、ヒロインの川村だった。

主人公の近くにいることが多い人気者。

そんな彼女が、薄暗いオタク展示に足を踏み入れた。


「久しぶりに話すね。元気?」


驚き半分、懐かしさ半分。


かつて竿役だった俺に、

そしてそうじゃなくなった今の俺にも普通に笑いかけてくれた彼女。


その自然さに、少しだけ胸が締めつけられた。


「まあ、なんとか。暇なら遊んでいかない?」


川村はカードを手に取り、ルールを聞きながらぎこちない笑顔を見せた。

俺たち全員が、緊張で声を裏返しながらも説明する。

そして数分後、彼女はほんの小さな笑顔を残して去っていった。


その瞬間、五人でこっそりガッツポーズ。

たった一人でもいい。

ヒロインが俺たちの世界に触れてくれた。それだけで十分すぎるほどの奇跡だ!




帰り道の夜風。

俺の頭に浮かんだのは、

あのまま努力を続けていたらどうなっていたかという“もしも”だ。


主人公の隣に立ち続けて、

ヒロインたちと笑い合っていたかもしれない。

でも──もうそれさえ、どうでも良いような気がする。


俺には最高の、いや最高と言えるかどうかはわからないが、気の合う仲間がいる。

ゲームで真剣勝負し、他愛もない話で笑い合い、パンを分け合う。

モテないし、輝いてないし、

ゲームのルートからは外れまくっているけれど青春は確かにここにもある。


──翌日。

教室の隅には、いつもの五人。

相変わらず誰も振り返らない場所だが、笑い声はしっかり響く。

そして、俺は胸を張って言える。


――竿役になりきれなかった俺。だが俺の青春は、ここにある!と。

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NTRエロゲの竿役に転生したけど、中身が俺だからすぐ没落した 茶電子素 @unitarte

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