第30話 巨塔への挑戦権とハイエンド・コンテンツ

 禁書庫での発見から一夜明けた朝。

 俺は学生寮の自室(という名の秘密基地)で、パーティーメンバーに今後の方針を伝達していた。


「――というわけで、俺たちの当面の目標は『Sランク魔核』の収集だ」


 テーブルには、昨日図書館で書き写したメモと、王都周辺の地図が広げられている。


「Sランク……。Bランクの『炎竜』ですら、あれほどの強さでした。それ以上の化け物を狩るのですか?」


 レイラが紅茶を淹れながら、少しだけ表情を曇らせる。

 当然の反応だ。BランクとSランクの間には、埋めがたい絶壁がある。

 ゲーム的な数値で言えば、推奨レベル70~90の領域だ。現在の俺たち(Lv32)では、まともに戦えば全滅する。


「ああ。今のままじゃ無理だ。だからこそ、効率的なレベリングと装備更新が必要になる」


 俺は地図の中心、王都のすぐ側に描かれた巨大な塔のアイコンを指差した。


「『大迷宮・バベル (Great Labyrinth Babel)』。

 全100階層からなる、人類圏最大にして最古のダンジョン。

 ここの**最上層(トップ・レイヤー)**には、Sランク魔核を持つ『迷宮の主(ダンジョン・マスター)』が存在する」


 バベル。

 世界に数カ所存在する「大迷宮」の一つであり、天を衝く巨塔。

 上に行けば行くほど魔力濃度が高まり、出現するモンスターも強力になる。

 多くの冒険者がその頂(いただき)を目指し、そして散っていく場所。

 本来なら、学生風情が近づいていい場所ではない。


「でっかい塔だな! あそこに美味い肉はあるのか?」

「あるぞ、フェル。高く登れば登るほど、肉も魔核も極上になる」

「じゃあ行く! すぐ登る!」


 フェルが尻尾をブンブン振る。

 シアは「Sランク……」と呟きながら震えているが、俺が視線を向けると、頬を赤らめてコクリと頷いた。


「ア、アルスさんが行くなら……私、どこまでもお供します。魔力なら、いつでも……」


 精神的なケア(という名の支配)は行き届いている。


「よし。方針は決定だ。

 だが、バベルは国家管理下のダンジョンだ。入場には厳しい制限がある」


 俺は昨日手に入れたばかりの、金色のカードを取り出した。


「そこで役立つのが、この**『Aランク学生証』**だ」


 ***


 その日のホームルーム。

 担任のギデオンが、いつものように黒板を殴りつけるような勢いでチョークを走らせていた。


「連絡事項だ!

 先日の試験でAランクに昇格したパーティーには、特例として**『大迷宮バベル』の低層エリア(1~20階層)**への入場パスが発行される!」


 教室がざわめく。

 バベルへの挑戦権。それは冒険者として一人前と認められた証であり、栄光への入り口だ。


「低層以上は突破した階層によって検討する。ただし! 調子に乗るなよ。あそこは観光地じゃねえ。死んでも学校は責任を取らん。

 挑むなら遺書を書いてから行け!」


 ギデオンの脅しに、生徒たちの半数は顔を青くし、残りの半数――Sクラスの有望株たちは目を輝かせた。

 もちろん、カイルとエリスも後者だ。


「へっ、望むところだぜ! バベルの頂上、俺が一番乗りしてやる!」

「野蛮ですわね。ですが、魔法の研究素材を集めるには良い機会ですわ」


 二人がバチバチと視線を交わしている。

 俺はそれを横目に見ながら、冷静に計算していた。


(低層エリアの敵レベルは10~30。今の俺たちなら余裕で狩れる。

 問題は、中層(21~50階層)へのゲートキーパーだ)


 バベルは20階層ごとに強力なボスが存在し、それを倒さなければ上の階層へは行けない。

 20階層のボスは推定Lv40。ファイア・ドレイク級だ。

 今の戦力なら突破可能だが、目立ちすぎるのも考えものだ。


 放課後。

 俺はすぐにレイラたちと合流し、王都の中央広場へと向かった。

 そこには、天を衝くような巨大な巨塔がそびえ立っていた。


 『大迷宮バベル』。

 直径数キロメートルにも及ぶ基部。雲を突き抜ける頂。

 その威容は、見る者を圧倒する「神代の建造物」だ。


「……これが、バベル」

「でっけぇ……! 首が痛くなるぞ」


 入り口付近は、多くの冒険者や商人、そして俺たちのような学生でごった返している。

 ここはダンジョンであると同時に、巨大な経済圏でもある。


「行くぞ。まずは10階層までノンストップで駆け上がる」


 俺はゲートの衛兵に学生証を提示し、中へと足を踏み入れた。


 ***


 バベルの内部は、階層ごとに異なる環境(バイオーム)が形成されている。

 1~5階層は「石造りの迷宮」。

 出現するのはスライムやゴブリンといった初級モンスターだ。


「『魔矢(マナボルト)』!」


 俺は階段を駆け上がりながら、適当に魔法をばら撒く。

 『魔力感知(100%)』と『魔力操作(100%)』による自動照準(オートエイム)。

 視界に映る敵は、認識した瞬間に弾け飛ぶ。


「弱い! 手応えねぇぞ!」


 フェルがつまらなそうに爪を振るう。

 彼女の一撃で、ホブゴブリンの盾ごと腕が吹き飛ぶ。

 Lv30を超えた俺たちにとって、低層はただの通路だ。


「油断しないでください、フェル。バベルの恐ろしさは『数』と『罠』です」


 レイラが冷静に氷の壁を展開し、天井から降ってきたスライムを防ぐ。

 そう、このダンジョンの特徴は、圧倒的な広さと物量だ。


 俺たちは地図をマッピング(脳内記録)しながら、最短ルートで上り階段を目指した。

 目的は経験値ではない。

 「20階層のボス部屋」への到達と、そこに至るまでの**「素材回収」**だ。


 6階層……10階層……。

 登るにつれ、敵のレベルが上がっていく。

 『キラーアント(Lv15)』、『アーマー・ビートル(Lv18)』。

 硬い敵が増えてくるが、『宵闇』の物理貫通とフェルの怪力の前には紙同然だ。


(……順調すぎるな)


 俺は走りながら、違和感を覚えていた。

 簡単すぎる。

 『大迷宮』の名を冠するにしては、ギミックが単純だ。

 まるで、誰かに「整備」されているような――。


 その時。

 15階層の広間に出た瞬間、俺の『魔力感知』が強烈な反応を捉えた。

 敵ではない。

 **「同業者」**だ。


 広間の中央で、一人の生徒が魔物の群れに囲まれていた。

 いや、囲まれているのではない。

 一方的に蹂躙している。


 金色の髪。高貴なドレスアーマー。

 Sクラスのエリスだ。

 彼女は取り巻きも連れず、たった一人で魔法を放ち続けていた。


「『フレイム・バースト』! ……くっ、数が多いですわね!」


 彼女の魔法は強力だが、MP消費が激しい。

 息が上がっている。

 どうやら、ソロでの攻略にこだわって無理をしているようだ。


(……賢者候補がここでリタイアするのは損失だ)


 俺は瞬時に判断した。

 恩を売るチャンスだ。


「フェル、右翼を崩せ。レイラはエリスの援護を。シアは待機」

「了解!」


 俺たちは戦場に介入した。

 影が走り、銀の爪が閃く。

 エリスを包囲していた魔物の群れが、一瞬で瓦解する。


「えっ……貴方たちは!?」


 エリスが驚いて振り返る。

 俺は『隠密歩行』で彼女の隣に滑り込み、背中合わせに立った。


「奇遇だな、お嬢様。一人でピクニックか?」

「なっ、アルス!? 余計なお世話ですわ! 私一人で十分……」

「強がりは後だ。来るぞ!」


 俺は『シャドウウィーブ』を展開し、迫りくる増援を串刺しにする。

 同時に、エリスの杖先に手を添え、杖の魔法制御を『魔力操作』で強制的に整えた。


「なっ、何を!?」

「照準補正と魔力充填だ。撃て!」


 俺のサポートを受けたエリスが、反射的に魔法を放つ。

 放たれた火球は、今までよりも鋭く、そして正確に敵の中核に着弾し、爆発した。


 ドガァァァン!!


 残りの魔物が一掃される。

 静寂が戻った広間で、エリスは自分の杖と、燃え盛る炎を呆然と見つめていた。


「今の、私が……? まるで自分の魔力じゃないみたいにスムーズで……」

「君の魔力だよ。少し通り道を整理しただけだ」


 俺は手を離す。

 エリスは顔を真っ赤にして、俺を睨みつけた。


「……余計な真似を。借りができてしまいましたわ」

「なら、情報で返してくれ。この先の階層について、何か知っているか?」


 俺の問いに、エリスはふん、と鼻を鳴らしながらも、少しだけ声を潜めて答えた。


「……20階層のボス部屋。そこには、今の私たちでは到底敵わない『門番』がいるという噂です。」

「ありがとう。有益な情報だ」

「……死になさいな、バカ」


 エリスはそっぽを向いて去っていったが、その足取りは来た時よりも軽かった。

 どうやら、俺の「攻略」は、ダンジョンだけでなく人間関係においても順調に進んでいるようだ。


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