第002話 『モンスター・スタンピード』②
3人が空中に浮かんでいるのは彼女の能力によるものであり、この状態――彼女を中心に左右の2人と手をつないでいる状態であれば、十分な時間それを維持できるということらしい。
とはいえ戦闘中も手を繋ぎっぱなしというわけにもいくまいし、実際は戦闘開始から30分以内に決着をつけねばならないということでもある。
彼女の能力――使っている魔法は『
自身を含めたすべてのものを空中に浮かせ、ゆっくりとであれば移動させることもできる
確かに希少魔法ではあれど神話級と言われる
だが障害物のない空中からであればクレアの『戦況掌握』をより広範囲かつ効率的に活用できるという
彼女の名はシャルロット・リュティス・クリスタニア。
ただいかにもお姫様といった金髪碧眼を持つ姉姫とは髪も瞳も違う色をしており、双方とも王家にも珍しい艶やかな桜色をしている。
本人としては同じ年齢の頃の姉姫と比べて一向に大人っぽくなってくれない容姿と合わせて、秘かなコンプレックスとなっているようだ。
それでも自分の能力が王都防衛に役立っているという紛れもない事実は、彼女のずっと満たされなかった承認欲求を十分に満たしてくれていた。王立学院入学時はとげとげしかった空気もこの3年あまりで随分と落ち着き、立場に見合った責務をどうにか果たせているという充足感が彼女を心身ともに急速に成長させていた。
「了解。クレアは10秒前からカウントダウンを頼む。シャルロット王女殿下はクレアがカウントダウン開始したのと同時に、俺とクレアを非接触状態に移行お願いします」
2人からの報告を受けて指示を返したのは、3人の左側に位置している仮面の男。
クレアとシャルロットの様子から正体不明の存在ではないのは明らかなのに、あえて仮面をつけているのは民衆向けにはその正体を隠しているからだ。事実、王都の民衆たちは護国の英雄『
話題にならないはずがない。
第三王女がその正体を晒しているのに、王子たちが正体を隠すとは考えにくい。
それこそシャルロットが正体を晒しているのと同じ理由――王家の名声を上げるために、ここぞとばかりに顔と名を晒すはずだからだ。
つまり王子たちの誰かではない。
その圧倒的な実力は勇者たちに比肩、あるいは凌駕するほどだが、
しかもその仮面は大国であるアルメリア中央王国で戴冠式にのみ使用される戴冠よりも豪奢に見える聖銀仕立てであり、純白をベースに黄金と深紅で豪奢に装飾された外連味たっぷりの
それこそ神話や伝説で語られる、神の御使いが自分たちの国を守ってくれていると錯覚しても無理はない。王国が魔王を討ち果たす勇者と対を成す、護国の英雄として祀り上げようとしている、その狙い通りに。
その彼の名はクナド。
今や神の御使いだとまで
しかしその名は悪意とまではいかずとも、それだけ仲が良かったにもかかわらず、実力面では勇者の仲間足り得なかったことへの
事実、非常時以外では冒険者として暮らしているクナドの
そんな程度の実力しか持っていないはずのクナドが、万を超えるモンスター・スタンピードに対してできることなど本来はなにもなくて当然だ。実際、万を超える魔物を一掃できるほどの力を持っているのであれば勇者の仲間として選ばれぬわけはないし、最低でも冒険者として片手で足りる数しか現存していないA級になっていていなければおかしい。
だがクナドの指示は落ち着いており、まるで動揺の気配を感じることはできない。
「承知しました!」
「わ、わかりましたわ……」
クレアとシャルロットもクナドの指示を全く疑問視、不安視することなく従うのが当然といった様子を見せている。
いや逆にいかに
つまりクナドはその能力を正しく知る者たちからは、万の魔物を薙ぎ払えるに足ると確信されているということになる。
ちなみにクレアがやたらと元気なのは想い
『浮遊』を低コスト運用するためにはその対象に直接接触している必要があるため、手袋などで誤魔化すことができないのが問題点ではあるが、秘かに嬉しい点でもあることはクレアしか知らない秘密だ。
少なくともクレアとシャルロットにとっては今のクナドこそが真の姿であり、C級冒険者としてのクナドは世を忍ぶ仮の姿に過ぎない、という認識なのだろう。
「でもすごいなシャルロット王女殿下。前回からまた継続時間が伸びているじゃないか」
確かにすでに
「私もびっくりしました!」
「あ、ありがとうございます。ですが貴方たちと違って
普通にそれに応じているあたり、クレアとシャルロットも自分たち、というよりもクナドがしくじるはずがないという強い信頼があるからこそだろう。
普通ならどう考えても雑談をしている時間帯などではなく、雑念を払って来る
なお突然褒められたシャルロットは、顔を真っ赤にして謙遜している。
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