第45話

「な、何だ、お前!」

「ほう。個人名を晒されるのがそんなに嫌なのか。もう一度言ってやろうか。俺達以外にも撮影や録音している人が、何人かいるようだからな。知りたい人もいるだろう」

 この様子は栄太の他、少し離れた場所にいるBTTのメンバーがスマートグラスで撮影していたが、先程から立ち止まりスマホを向けている人も実際いた。

 それを利用し再度繰り返すと、先程まで冷静な口調で、アレッ、と繰り返していた男の態度と口調が豹変ひょうへんした。

「おい、辞めろ。勝手に個人情報を流すのは違法だぞ」

「ん? お前ら、俺らの名前を勝手に動画で晒して広めとったんとちゃうんか。違法やと認識してやっとったんなら、それはそれで問題やろ」

「あ、あんたは、とっくの昔に新聞などで広まっているだろう。一般人の俺達とは違う」

「おい、おい、そんなに焦るなよ。ただ俺は人の名前を呟いただけじゃないか。別に君達がそうだと言った訳じゃないし、口にしただけで広めてはいない。今のところは、ね」

「広めるつもりじゃねぇか! それは脅しだろ!」

 チンピラ野郎が怒鳴ったが、栄太は笑いながら首を振った。

「いやいや、そんなつもりは毛頭もうとうない。俺はこれでも元警察官で、今でも交番相談員という公務員だ。法を犯す真似はできないよ。ただ君達と同じように、俺達を勝手に撮影している人が今後どうするかまでは、今の段階だと取り締まれないからね」

 こういう輩に多い、攻撃にはめっぽう強気だが攻められると途端に弱くなるタイプらしい。自分達のこれまでの振る舞いを棚に上げ、周囲でスマホを使い撮影している人達に向け、チンピラ野郎が怒鳴り散らし始めた。

「おい! お前ら、何、勝手に撮ってんだ!」

「そこのあなた、映像を今すぐ消しなさい。さもないと、あなたの顔を晒しますよ」 

 アレ男も、口調は穏やかだが焦った調子で脅しにかかった。

 その為、一部の人達はスマホと顔を隠しながら足早に去り、または人混みに紛れてどこかへと行ってしまった。

 一見、遠巻きに撮影をしていた人は居なくなったように見えたからか、彼らは再び栄太達のところへ戻り、再び絡んで来た。

「よくもやってくれたな! じじい、絶対タダでは済まさんぞ」

「私達も容赦はしません。必ず悪事を明らかにし、ネットで吊るし上げてやりますよ」

 栄太は引き続き無視をし、辺りを見渡す。よく観察してみると、遠くからこっそり撮り続けている若者が、まだ何人かいた。全くの第三者か、またはこいつらの仲間かは分からない。

 だが、もっと遠くから待ち望んでいた人物が目に入った為、彼らに対して尋ねた。

「結局君らは、俺達に何の用があってわざわざ朝早くから、こんなところに来ているんだ」

「お前らこそ、こんなところで何してんだよ! ぶつかり男から女性を守る口実で近づいて、アプリ登録者で薄着の女性を盗撮してんだろうが!」

「アレッ、それは聞き捨てなりませんね。どこにぶつかり男なんかいるのかな。勝手に話を作り上げ、また若い女性と仲良くするつもりでしょう。厭らしいおじさん達ですね」

 攻撃の糸口を掴み直したつもりなのか、チンピラ野郎とアレ男が口々にそう言い始めた。

「ぶつかり男から女性を守る? 何を証拠に、そんなことを言っているのかな」

「おい、相談員のじじい、惚けんな。こっちはしっかり情報を仕入れているんだぞ」

「俺らが、アプリ登録者の女性を盗撮しているという証拠も、かな」

「それは、そっちが今撮っている映像を確認すれば分かるだろ!」

「アレッ、それとも後ろめたくて、見せられないとでもいうのかな」

「話が堂々巡りだな。ああ、そっちの君達は後から来たから知らないかもしれないが、さっきも言ったんだよ。お互い、これまで撮った映像を見せ合おうじゃないかってね。ただ少なくともあんた達が駅構内で大声を出したり、周囲にいる人達を脅したりして迷惑防止条例違反に抵触する行為が、どちらにも録画されていると思うけどいいのかなって。警察に確認して貰うけど構わないよね。もうすぐ駅員さんと一緒に来るけど」

 栄太がそう言った視線の先には、若也と彼の同僚二人に制服を着た警官三人がこちらに駆け付ける姿があった。

 それを目にした彼らは慌てた。特にチンピラ男達はまずい映像などが残っているとの自覚があったのだろう。咄嗟に逃げようとした。

 だがそれを防ぐように立ちはだかったのは、別行動をしていたはずのBTT達だった。既に予定の八時半を過ぎていたにも拘らず全員がそのまま残り、こっそりと栄太達の周囲に集まる野次馬に紛れ、待機していたのだ。

「おい、お前ら、邪魔だ! どけよ!」

 チンピラ野郎が一人を押しのけようと手を出した為、やられた奴が大げさに倒れ込んだ。

「痛い! 殴られた!」

 それを近くで見ていたBTTの仲間達が、大きな声を出してチンピラ野郎を取り囲む。

「おい! 今、暴力を振るったな! お巡りさん! 今、この人、殴りましたよ!」

「い、いや、違う!」

「逃げるな! 傷害の現行犯だ! 私人逮捕する!」

 チンピラ野郎達がやりたかったことを逆手に取って迫った為、彼らはそれ以上手出しができず、そのまま呆然と立ち尽くしていた。

「あんた達、俺達を罠に仕掛けたね」

 対称的に冷静だったアレ男が、悔しそうに吐き捨てた。そこで辰馬が惚けた顔で言った。

「ん? なんや? 罠に嵌めたって。お前らが突然現れて、俺らに絡んで来ただけやないか。盗撮やとか、証拠も無いのに騒いどっただけやろが。若い子らが六人で寄ってたかって、六十過ぎのじいさんを苛めとるのを見た誰かが、可哀そうやと思うて通報してくれたんやろ。悪い事は出来へんもんやな。屋根のある駅の構内でも、お天道様てんとうさまには見えとるんやろ」

「チクショウ。ただのじいさんじゃなかったようだな」

「そりゃそうや。俺は三十年近くも目を覚まさんかった、化石のような男やからな。せやけどただ寝とっただけやないぞ。俺の体は、生かそうとしてくれた皆のもんや。せやから、若造の浅知恵や悪企みくらいでは、そう簡単に倒せるもんやない。舐めんな、小僧!」

 辰馬の睨みに圧倒されたのか、奴らの表情は固まっていた。

「おい、君達は何をしている。大声で騒いでいると通報があった。駅の事務所まで来なさい」

「君、こっちの人を殴ったのか。事情を聞くから、双方ともついてくるように」

「なんだよ! 駅員も警察も、このじじい達のグルかよ!」

 反抗するチンピラ野郎とその仲間達だったが、周囲から声が飛んだ。

「こいつら、そこの人を押しのけようとして殴りました! 動画の証拠もあります!」

「そっちの若い子達は、数に任せて二人のおじさんに因縁をつけて、しつこくずっと絡んでいました! ずっと見ていたので、証言します! 迷惑行為で逮捕して下さい!」

「お前らみたいな、好き勝手に動画を撮って配信で金儲けを企む奴らは、牢屋へ入れ!」

「そうだ! そうだ!」

 これには辰馬や栄太だけでなく、近くにいたBTT達も目を丸くした。

「おい、則夫。これは何だ。お前の仕込みか。女性もいるようだが、それだけじゃないぞ」

 思わずマイクに向かって呟いたが、彼は否定した。

「いや、違うよ。多分、本当に彼らの悪意に腹を立てた人達が、声を上げてくれたんだと思う。基金参加者やアプリ登録者じゃなくても、ネットでは僕達の行動に賛同する声が挙がっていたから、もしかすると、そういう人達かもしれない」

 複数の男性による後押しがあったからか、女性の声が続いた。

「そうそう! 辰馬さんを守れ! 犯罪者とユーチューバーはどこかへ行け!」

「犯罪者を許すな! 盗撮は辞めて!」

 アプリ登録者らしき人達が口々に言いだし、声が大きくなった為に慌てて栄太は止めた。

「おいおい、もう少し静かに。他の方に迷惑だから」

 しかし、周囲では同じ声援が続いた。しかも男性達の声だ。

「犯罪者を許すな、盗撮は止めろ」

「犯罪者を許すな、盗撮は止めろ」

 徐々にリズムを合わせた同じフレーズが、構内のあちこちから飛び交い始める。それは次の電車が到着し、乗り換えの為に多くの客が通路に押し寄せてからも続いた。

 新たな客は、何が起こっているのか戸惑っていたようだが、説明する人がいたのだろうか、しばらくすると彼らも同じように囁くようになった。

 一人一人の声は小さくても、集まれば大きな叫びとなる。その為、居たたまれなくなったのか、手を出していないアレ男は逃げようとした。

 しかし駅員達の制止に遭う。そこでチンピラ男は開き直ったらしく、構内に響く声で怒鳴った。

「何だ、こいつらは! どいつも、こいつも! 煩い! 煩いんじゃ!」

 余りの剣幕に驚いたのか、一瞬静まった。

 だが、すぐにコールは繰り返された。しかも先程より、声が心なしか大きくなっていた。それがさらに彼の神経を逆撫でしたのだろう。

「やかましい! 何だ、お前ら! これはじじい達の仕込みか! 何かの宗教か! 暴走族の元総長か何だか知らないが、生きた化石が善人ぶった真似をしてるのに、いいのかよ!」

 だが次の瞬間、新たな声が挙がった。

「帰れ! 帰れ!」

「逮捕! 逮捕!」

 シュプレヒコールが構内中に響き渡る。有難いけれど他の客の迷惑であり、チンピラ男達に揚げ足を取られかねない騒ぎになってしまった。

「か・え・れ! か・え・れ!」

「タ・イ・ホ! タ・イ・ホ!」

 栄太が止めようと思った時、さらなる批難の声が上がった。

「通勤で駅を使わない奴が、わざわざこんなところに来るな!」

「嫌がらせで金を稼ぐような真似をしてんじゃねぇよ! 真面目に働け!」

 毎朝決まった時間、満員電車に揺られ会社に通わなければならない人達からすれば、ユーチューバーのような自由業を煙たく感じる者は少なくないのかもしれない。

 ピークは過ぎたが、まだ九時前の構内は通勤などの利用者で混雑している。そんな中で起きた騒ぎに、BTT達は困惑していた。

 ただここまで多くの人達が味方に付いたのなら、しばらく静観してみようと栄太は考え直す。

 コールがなかなか終わらないどころか、どんどんと大きくなって耳を塞ぎたくなるほどだ。まさしく四面楚歌しめんそかの状態に陥ったチンピラ男達の表情はこわばり、絶句していた。

 しかしそこで辰馬が一喝した。

「静かにせえ!」

 低音ではあったが、構内の空気全体がビリビリと震えるような咆哮ほうこうにより、コールはぴたりと止んだ。

 BTTの面々すら驚いたのだろう。目を丸くし硬直していた。

 ようやく静まった構内に、今度は彼の抑えた声が広がった。

「ここは公共の場や。大勢で喚く場所やない。せやけど、騒ぎの発端は俺らや。申し訳ない。これ以上俺らがここにおったら、これから仕事に向かう人らの迷惑になる」

 頭を下げつつ言った彼の言葉を受け、駅員である若也がハッと気づき、叫ぶように言った。

「これ以上、同じ場所に立ち止まっていると危険ですし、他の利用者の方達の迷惑になります。すみやかに事務所まで移動して下さい!」

 同伴していた警官達も頷き、彼らの腕を掴んで移動を促した。

 それまで反発していたチンピラ野郎やアレ男達も、想定外の批難の声に怯えたらしい。大人しく従い歩きだした。

「そちらのお二人も、一緒に来てください。それに殴られたと主張していたあなたと、傍で見ていた人達からもお話を伺いたいので、ご同行ください」

 警官の言葉に栄太と辰馬だけでなくBTT達は頷き、則夫の指示もあってその場にいた全員が彼らの後をついて行くこととなった。

 こうして騒動は一段落した。しかしそれ以上に厄介なことが起きたのだ。

 発端は、その日の内に第三者がアップしたと思われる動画により栄太達の行動が再び拡散され、賛否両論のバトルが繰り広げられたことである。

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