第44話

 開始から一時間ほど経過し、トラブルもなく十数名の登録者達の無事を見送った頃、イヤホンから連絡が入った。栄太達がいる場所から最も遠い、反対側通路端にいた仲間からだ。

「どうしてこんな朝早くに。私人逮捕系か。もしかしてコンチャイズムじゃないだろうな」

 栄太がそう尋ねると、報告者が捉えた映像を見ている本部の社員から連絡があった。

「いえ、コンチャイズムではありませんね。ただどこかで見たことがあります。辰馬さんや当社の行動を動画で非難していた人達だと思いますが、今調べます」

 フェス騒動以降、コンチャイズム以外にも栄太達の過去を暴き、公然と批難を繰り返す動画配信者が現れていた。度を過ぎた誹謗中傷する配信者に対しては、則夫の会社の顧問弁護士から警告を出しているものの、次々と湧いてくる為になかなからちが明かないと聞く。

 すると、別のメンバーからも報告が入った。

「あっ、こっちにもいますね。ホームにいた私人逮捕系の奴らが、降りて来たんでしょうか」

「おいおい、何だ。映像で確認はできないのか」

「今、スマートグラスをかけた人員が、相手に向かっています」

 嫌な予感しかしない。単なる私人逮捕系なら現れても不思議ではないが、栄太達の行動を非難する奴らなら話が違ってくる。彼らの目的が、活動を妨害する為だとすれば厄介だ。

 ここでBTTの活動をしている事は、アプリ登録者であれば周知の事実ではある。つまり彼らが知っていたなら、通じている仲間が登録者の中にいると考えていい。

 フェスの際に明らかとなった事情から、当然予想はしていた。だがそれにしても早い。

 こちらの通路にもいるのかと思い、スマートグラスをかけた栄太は周囲をうかがった。だがそれらしき姿は見えない。

 八時を過ぎ通勤等で通路を行き交う混雑はピークに達しつつある。

「よりによって、このタイミングかよ」

 そうしている間に、本部で監視している則夫の声が耳に入った。

「現れた二組はコンチャイズムじゃない。だけど、どちらも俺達の活動に批判的なコメントを動画で配信している奴らだと分かった。今日の面子で顔ばれしているのは、タッチャンと栄太さんだけのはずだから、二人は一旦今いる場所から離れたほうがいいと思う」

 しかし彼の提案に対し、辰馬が首を振った。

「イヤじゃ。これからまだ人が増える時間やし、あいつらが来たから言うて、なんで俺らが逃げるような真似をせんとあかんのや。どう動いてくるかも監視せな、アカンのとちゃうか」

 正論ではあるが懸念もある。則夫もそう考えたのだろう。一瞬黙った後、改めて指示した。

「分かった。でも登録者の前後を歩く役割はやめよう。あいつらが絡んできたら、アプリ登録者達にも迷惑が及ぶ。だから二人はB地点の監視役二人と変わって下さい。その他のメンバーはそのまま、終了予定時刻までこの体制で行きましょう」

 守るべき人達への被害を考慮すれば、辰馬も納得せざるを得なかったのだろう。不承不承ながら指定された位置に移動した。栄太もその後を追う。

 その途中で追加の情報が入った。

「二組の集団は男性三名ずつ。現在それぞれC地点近くを徘徊。B地点へ進行中。誰かを探している様子なので、それぞれ注意して下さい」

 目的は辰馬や栄太のような、顔バレしている面子かもしれない。やはりこの通路での活動情報を入手したのだろう。そこで見知った人物を見つければ、何か仕掛けてくるはずだ。

 辰馬を見つけ、過去の暴力行為などを糾弾きゅうだんして挑発し、あわよくば手を出させようとの企みかもしれない。もしそんな場面を動画で撮影できれば、それこそ私人逮捕の餌食えじきだ。

「辰馬。絡まれても、絶対に手を出しては駄目だぞ」

 栄太がそう忠告したら、彼に鼻で笑われた。

「何を言うとる。お前のほうが昔から、俺より切れるんは早かったやろ。そっちこそ、元警察OBで現役の交番相談員が暴力を振るうたら、えらい目に遭うぞ。気ぃつけろや」

 そう言っている間に、恐れていた事態が起こった。

「ああ、いたいた! あれが今評判の、かつて関西の田舎で暴走族をしていた元総長です! 噂通り、無駄に背がデカい坊主やな。六十過ぎであんな爺さん、なかなか見ないよね」

「お、横にいるのは、同じ暴走族で親衛隊長だったという、元刑事じゃないか。それにしても、平気で人を殴っていた人が警察官になれるなんておかしいよな。今も警察関係の仕事をしているらしいけど、犯罪者が犯罪者を捕まえるなんて間違っていると思いませんか!」

 通勤途中の乗り換えの為に黙々と速足で歩く大勢の人達が行き交う中、一人がスマホで撮影をし、二人が大声を張り上げ会話しながら、こちらへとゆっくり向かって来た。

 周囲の人達が何事かと一瞥いちべつはするものの、急いでいるし係わりたくないからか、彼らを邪魔だと避けつつ、無言で追い越して行く。反対側に向かう人達はチラ見しながら通り過ぎて行った。

 すると別の集団が、周囲の冷たい視線をものともせず、同じくこちらへと近づいて来た。

「アレッ、何か騒がしいと思ったら、どうも別の撮影隊が発見したようですね。そう、今日我々が朝の通勤で混む駅にやって来たのは、最近ちまたで騒がれている偽善集団の大ボス、三十年の眠りから覚めたという元暴走族の総長に突撃インタビューをする為だったのです!」

「しかし六十過ぎのおっさんが、朝早くの駅で何をしているのかね。おかしな真似をするくらいなら、わざわざ目を覚まさないでそのまま永眠してくれたら良かったのに、いい迷惑です! ゴジラじゃあるまいし、街を破壊されても困るんですけど!」

「アレッ、君、今や世界に名を馳せたゴジラと一緒にしたら失礼でしょ。謝りなさい」

「失礼しました! ゴジラさん、ごめんなさい!」

 ふざけたやり取りが耳に届く。

「タッチャン、栄太さん、そのまま待機。B地点の他の二人は少し離れ、スマートグラスで撮影し続けて下さい。もう少し経てば応援が来ますから、それまでの我慢です」

 状況を把握したのだろう。則夫の指示が入った。それを聞いて辰馬が口を開いた。

「分かっとる。他の面子はこっちを気にせんと、引き続き登録者のマークについてくれ。この騒ぎに乗じて、おかしな真似をする奴らが現れんとは限らん。注意してくれや」

「了解。B地点近くの集団を避けようとして、これまでうまくすれ違っていた人の流れが乱れています。C地点からA地点までの通路が要注意。一部既に衝突が発生している模様」

「皆、聞こえたか。この混み具合だと痴漢行為が起こる可能性もあり。注意して下さい」

「了解。こちらC地点監視チーム。問題のある場所へ、少し移動します」

 やり取りが飛び交う中、栄太達の目の前に三人の若い男達が現れた。

 先程から大声を出しながら近づいて来た奴が、第一声をあげた。

「こんにちは! あなたがヤクザ辰馬かな?」

「おい、違うだろう。朝の八時過ぎだから、おはようだって」

「いやいや、ツッコむ場所が違うよ。ヤクザじゃなくてイナグザっていうらしいから」

「おっ、そうなのか。でも関西のド田舎の地元では、ヤクザのタッチャンって呼ばれていたんだろ。もう四十年以上も前らしいけど」

「俺ら、まだ生まれてもねぇじゃん!」

「四十年前って戦前か? 昭和なのは確かだな」

 ごちゃごちゃと煩い三人のやり取りを、辰馬は無表情で見下ろしていた。

 できるだけ通勤中の人達の邪魔にならないよう、通路の端の壁まで移動し背を向けていた為、彼らに取り囲まれる状態で立っていた。

 その横で栄太も黙っていたが、不機嫌な顔をしていたからか、攻撃の矛先がこちらへと向かって来た。

「あれ、怖い顔で睨まれたよ。俺ら、逮捕されるような真似はしてないのに。でもこの人、元刑事だけど今は違うから逮捕権は無いんだよ。俺達と同じ一般人と変わらないから」

「それじゃ、俺達がこいつを私人逮捕してもいい訳か」

「面白れぇ。元刑事を私人逮捕、衝撃の瞬間! なんて映像が取れたらバズっちゃうじゃん」

 言い返す言葉はいくらでもあったが、挑発に乗っては相手の術中じゅつちゅうに嵌まる。それに撮影しているのはこっちも同じで、向こうが犯罪行為と判断される動きや発言をすれば、先んじて取り押さえればいい。後で揉めたとしても、証拠さえあれば間違いなく勝てる。

 また無関心を装っているとはいえ、周囲にはこれだけたくさんの人がいるのだ。目撃者やその証言を取ろうと思えば、いくらだって出て来るだろう。

 彼らが一方的に騒ぎ、何もしていない六十過ぎの男性二人に対し、明らかな挑発行為をして絡んでいたと、多くの人が口にするはずだ。

 しかしその為には、こちらが罠に嵌まって先に手を出してはいけない。

 そう思う栄太と共に辰馬も黙って反応しない為、彼らは苛立ったのだろう。

「おい、じじい。何か返事をしろよ。耳、聞こえてないのか」

「あっ、何か耳に付けてるな。もしかして補聴器か?」

「お~い! ヤクザのタッチャン、聞こえてますか~!」

 声のボリュームをさらに上げたからか、通行人の多くがこちらに視線を向けた。中には、「うるせぇな」とぼやく人もいた。

 その声が聞こえたのだろう。

「何だ! 文句あんのか!」

「こっち、見てんじゃねぇよ!」

 彼らは周囲を見渡し睨みつけ、怒声を上げた。

 そんな様子を見かねた辰馬が口を開いた。

「もうちょっと、静かにせえや。みんなに迷惑やろうが」

 ようやく反応したと喜んだ彼らは、不機嫌な表情を一変させ、笑みを浮かべ挑発を始めた。

「何だ、じじい。聞こえてんじゃねえか。さっきから何を無視してんだよ」

 しかし再び口を閉ざし無表情で見下ろしつつ、微妙に視線を逸らす彼に焦れたようだ。

「おい、また無視してんじゃねぇよ。何か言えって、じじい!」

 再び大声で怒鳴った相手に、辰馬は鼻で笑いながら言った。

若造わかぞう、だから言うとるやろ。周りに迷惑やから、静かに喋れや。ニホンゴ、分からんか」

「何やと! このクソじじい!」

「だから何度も言わせんな。もっと静かに喋れや、小僧こぞう

「ほう! じじい、俺らに喧嘩を売ったな」

「だから日本語を、もうちっとは勉強せえや。喧嘩を売っとるんはお前らやろ」

「なんやと!」

「そっちが暴力で解決したいのなら、相手になってやってもいいぞ。しかし言っておくが、このじじいは滅茶苦茶強いから、後で後悔しても知らないよ。お前らが束になっても絶対に敵わない。ただ、六十過ぎのじじいに三人がかりで殴り掛かったら、即逮捕するけどね」

 栄太が横から口を出すと、彼らもまずいと気づいたのか、調子を変えて来た。

「ほう。じじいのくせに、元総長だった昔が忘れられないようだな。いくら強かったと言ったって、四十年以上前の話しだろ。俺ら三人相手に、本気で勝てると思ってんのかよ」

「何や、お前ら。わざわざそんなことを言いに、雁首がんくび揃えて朝早うから来たんか。俺らがここにおるって誰から聞いたか知らんが、腕力勝負をしたいんやったら最初からそう言えや」

 喧嘩を仕掛けていると思われれば、思惑と逆になると焦ったのか、一人が首を振った。

「じじい相手に、そんな弱い者苛めなんか、俺らがする訳ないだろ。最近お前ら、痴漢を撃退するとか善人の振りして、女子高生や若い女性のいやらしい映像を撮っているらしいな。そんな悪人を退治する為に、俺達は来たんだよ。おい、元刑事のじじい。おまえがかけているのは眼鏡じゃなく、スマートグラスだろ。それで勝手に撮影しているんだよな」

「俺らの許可なく、スマホで勝手に撮影しとるお前らが、どの口でそれを言うとるんや」

「お前らの痴漢行為と一緒にするな。俺達の撮影は、犯罪行為の証拠を押さえる為だ」

「だったらお互い、これまで撮った映像を見せ合うか。少なくともここ数分間だけでも、君達が駅構内で大声を出すという迷惑防止条例違反に抵触する行為が、どちらにも録画されていると思うが。それを警察に確認して貰ったらどうなるだろう。俺は警察官と同じ逮捕権はないが、君達と同様に私人逮捕権はある。何なら、今すぐ現行犯で逮捕してやろうか」

「やれるもんならやってみろ! じじい!」

 彼がそう叫んだ時、もう一つのグループが現れた。

「アレッ、どうやら我々は一触即発いっしょくそくはつの場面に遭遇したようですね! かつて暴走族という集団暴力で人を束ねていた元総長だ。問題解決には、やはり腕力を使うようです!」

 どうしても手を出させたいのだろう。似た挑発行為に、辰馬も栄太も呆れて口を噤んだ。

「アレッ、どうしましたか? 暴走族の元総長とか、一人で何十人も倒したというのは遠い昔で、単なるハッタリだったかな? 三人相手におじさん二人では、さすがに敵いませんか」

 次に現れたグループはチンピラ色が強かった奴らと違い、大声を出すタイプではないようだ。

 しかしこういう見た目も大人しい相手のほうが、ある意味たちが悪い。口論をしても相手の主張はまともに聞かず、本質から逸らして苛立たせ会話にならず諦めさせ、それで論破したと勘違いし勝利宣言をするタイプだ。

 こういう手合いは、話すだけ無駄だと分かっている為、二人共無視を貫いた。

「アレッ、どうやら図星だったようですね。無視ですか。こんなおじさん達に舐められたままで良いんですか。駄目ですよね。全国に恥を晒しちゃいますよ。もっと続けて下さい」

 彼らにとってはどちらが先に手を出そうが、揉めている映像が撮れればいいのだろう。その為、先発のチンピラ達をけしかけた。だが彼らだってそんな挑発に乗るほど馬鹿ではない。

「いや、そういうお前らが相手にすればいいだろ。見物人気取りで逃げてんじゃねぇよ」

「アレッ、喧嘩を売る相手を間違っていますよ。退治しなければいけないのは、このおじさん達ですよね。痴漢から守ると言いながら、女子高生を中心に女性から支持を受けて囲まれる様子をスマートグラスで盗撮し、その映像で厭らしい事をしているらしいじゃないですか。六十を過ぎたいい年のおじさんに、こんな真似をさせていたら駄目ですよ」

「だったら、お前らがそう言えばいいだろ」

「いえいえ、お先に始めたのはそちらじゃないですか。割り込みなんてできません」 

 双方が言い合いを始めた際、本部にいる則夫からの声が耳に届いた。

「調べて分かったけど、その二組とも以前コンチャイズムとコラボしている。最初のチンピラの名前と、後で来た奴の名前が特定できたよ。特定厨の書き込みの一部を見つけたから」

 それを聞いた栄太はこれは使えると思い、ぼそっとその名を呟く。すると彼らは目を丸くしてこちらを向いた。

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