第42話
「あ、ああ。街中とか駅の構内で、わざと女性にぶつかる奴だろ。ぶつかりおじさんとか体当たり男、タックル男とも呼ばれている件は逮捕者も出たから、当然知っている」
「ああ、話題になったのはここ数年だけど、結構昔からいるよね。私も実際に経験したけど、以前はついうっかりぶつかった、みたいな感じが多かったと思う。ただ最近騒がれている件は、明らかに意図的だって分かる悪質なケースが多いよね。怪我をした人もいるし、文句を言うと逆切れしたり、ブスとかデブとか暴言を吐いて立ち去ったりするんでしょ」
「当麻さんも被害経験があるんですね。私はないけど、友達の話は聞いたことがあります。怪我はなかったけど、持っていたスマホを落として壊れたみたいで、すごく怒っていました」
陽菜乃の言葉に、彼女は頷いていた。
「それは酷いね。私も怪我までしなかったけど、すごい衝撃だったのは覚えているな。それと離れていく時、舌打ちされたんだよね。こっちがしたい位だったのにさ。二十年くらい前だったから歩きスマホじゃなかったし、普通に歩いていただけなのよ。後ろからいきなりだったからすごく怖かった。未知留ちゃんは友達も含めて、そういう話を聞いたことはないの」
「私はないです。でもスマホを操作しながら歩いていたら、怒鳴られたって子は居ますけど」
「確かに歩きスマホは危ない。それこそぶつかられそうになって、イラっとすることはあったな。怒鳴りはしないけど、すれ違いざまに危ないぞって声をかけた経験はある」
「俺も健吾と同じだ。刑事の時に勤務中で、しっかり注意したケースが何度かある。しかし道路交通法で禁止されているとはいえ罰則規定が曖昧だから、そこで終わりなんだよな」
「自転車に乗ってのながらスマホは、青切符で罰金を取る方針になりましたよね。友達はながらじゃなく、ただ手に持って並んで話している友達の少し後ろを歩いていたら、斜め前から向かってきたおじさんが、急に方向転換して来たそうです。驚いて避けようとしたけど間に合わなくて、スマホを持っていた手が相手とぶつかったから落ちたって聞きました」
「それからどうしたって?」
「前にいた友達が気付いて、何するんですか、警察呼びますよ! って怒ったら何も言わず、人混みに紛れてさっさとどっかに逃げちゃったそうです。本人は突然のことでびっくりしちゃって、しかも落としたショックもあったからか、何も言えなかったみたいです」
「急に方向転換してきたのなら、明らかに意図的なぶつかりだな」
「ちょっと話しただけで、これだけ被害例がでてくるんや。実際は相当な頻度で起っとるってことやろ。ネットでちょっと調べたんやが、これも痴漢と同じく駅構内が多いらしい。それで若也に聞いたんや。そしたら何十件もあるっていうやないか。そんなら俺らが盾になったらどうや、と思うてな。厳密に言えばCMTやのうて、MMTの活動になるけど」
「見守り隊か。でも待ってくれ。それだとアプリに登録している守られたい人に限らず、ここだと俺達が決めた場所を歩く不特定多数の人を、ぶつかり男から守るってことだよな。助けて欲しい側の要望を受けて助けるマッチングアプリの原則から、少し外れると思うが」
亨先輩が疑問を呈すと、則夫が代わりに答えた。
「いえ、調べるとそうでもありません。若也君がいるのは乗り換えが多い大きな駅なので、守られる側の登録者で現在利用している人が結構いました。そこで運営側としてその方達に直接アンケートメールを送り、ぶつかり男の被害に遭った経験の有無や似たような怖い目に遭った事例について質問したところ、結構な反応があったんですよ」
「ほう、いつの間にそんなことを。ただ興味深い話だ。既に被害に遭った、または遭いそうになった経験を持つ人が多かったんだな。それで今度は痴漢からだけでなく、ぶつかり男からも守ろうという訳か」
「そうです。タッチャンが考えたのは、駅構内を通るアプリ登録者の居場所を把握し、守る側が警戒に当たる方法です。不特定多数の人を守るのではなく、捕まえるのが目的でもありません。あくまで登録者が安全に、安心して駅構内を歩けるようにする。電車内で痴漢に遭いたくないのと同じく、そういう男の被害に遭いたくない人に寄り添う行動です」
「ぶつかり男が狙うのは、基本的に女性などが多い。痴漢のターゲットとほぼ一致する。そういう意味では電車内と駅構内と場所が違うだけで、やることや目的は同じという訳か」
栄太がそう呟くと、則夫が補足した。
「厳密には少し違います。電車では守られる側が、守る側の居場所をアプリで確認して近寄り防御を求める、または守られる側同士で集まり防御します。でも今度は守る側が守られる側の位置を把握して近づき、周囲を歩くぶつかり男から守る動きになります」
「それは少し難しいミッションになりそうだな」
「はい。中には守られる側が、守る側の存在を察知する場合もあるでしょうが、大半は歩いているだけなので気づかないでしょう。しかも守られる側は固まっておらず、個々でバラバラです。それを正面や周囲のどこから来るか分からないぶつかり男から守る訳なので、人数も必要ですし、動きやフォーメーションは複雑にならざるを得ません」
「これは大変な挑戦を考えたな。先程幹部会での意見は一致したが、なかなかの難題だぞ」
「そう、そうなんです。亨先輩が言う通り難易度は高い。だからまずは起こった諸問題に対し、どう対処するか基本方針を固めない内には動けない、とタッチャンには言ったんですよ」
「せやけど、基本方針は再確認したやないか。困っとる人を理不尽な行為から守る。ただし逮捕前提やない。一線を越えたらやむを得んけど、それはあくまで結果や。目的やない」
「CMTやMMTのような行為をする人が、周囲にいると相手に思わせる。そういう環境をつくり、迷惑行為をし難くさせるのが目的って事でいいのかな」
「ちょっと待ってくれ。二人の言いたいことは分かる。だけどCMTの活動は守られる側が固まる、またはその傍で守る側がガードに入ることで痴漢行為を抑制できた。それでも六月の時は、そこから少し離れた場所で痴漢行為が起きたから捕まえたじゃないか。しかし今回のケースだと、守られる側の人に寄り添わない限り、ぶつかり男の急な攻撃を防げるとは思えない。そうなると、結局問題が起こってからMMTが動くことにはならないか」
栄太の異議はもっともだ。電車の中だと、守られる側は同じ仲間がそばに居る、またはCMTが守ってくれているとアプリで確認が可能だ。よってそれだけで安心が生まれる為に意義があり、何も起きなければ満足度はさらに高まるが、CMTの活動は表面化しない。
けれど今回の場合、何も起きなければ表面化しない点は同じでも、被害抑止の効果が薄くて守られる側の安心感や満足度も異なる上、問題が起きた際に初めて覆面で動くMMTの活動が表面化するのだ。 外部だけでなく登録者でさえ、その時初めてMMTの活動や存在を知る場合もあるだろう。そうなると、捕まえる為に動いていたのではないかと誤解されるかもしれない。
「MMTの活動が表沙汰になれば、反勢力側の目に留まる。そうなればSNS等を通じてまた攻撃が始まり、本来の目的は違うとの言い分が通じない恐れがある。そう言いたいのかな」
「そうです。ここにいる俺達は理解できたが、他の登録者にまで真の意図を浸透させるのは難しい。その分、攻撃を受けた際にぶれるリスクが高くなるが、それでいいのかな」
「ほう。栄太にしては、えらい先読みをしとんな。せやけど言うとることは間違っとらん。そういうリスクは確かにあるやろ。それも含めて、まだまだクリアせなあかん課題ばっかりや。それでもできん理由を上げてばっかりやと、何もでけへん」
「その点は僕らも想定していたし、他にも気を付けないといけない問題点はいくつかある。アプリもさらなる改良が必要になるしね。ただそれでもタッチャンはやりたいんだってさ」
則夫が諦めたように言うと、健吾が笑った。
「則夫が既に考えているのなら、そう心配することはないだろう。特に今回からは登録者数を増やす方針は決まったんだ。会社としての支援はできないが、個人的に登録して協力したいという社員がいれば、当然止めはしないし積極的に勧めてみるよ」
「そうだな。うちの社員達にもそう告知しておく。ただ行為自体は否定しないが、他に幹部会で話し合っておくべき点があれば、どんどん挙げていこう。栄太君もそれでいいかな」
「そ、それはもちろん。別に俺はやりたくないと言ったつもりじゃなく、引っかかる点があったら潰しておいた方が良いと思っただけで。則夫がもう考えているのなら、それでいい」
「俺も賛成するけど、主治医としては検査結果が全て出て、問題なく退院して良いと判断できるまで、タッチャン自身の参加に許可は出せないからね」
「準、そんな意地悪を言うなや」
「意地悪じゃない。理想を掲げて邁進するのはいいが、それも全て健康な体あってのことだ。それは痛いほど分かっているだろ。それに、もじ無理をさせて何かあれば、俺は基金参加者から袋叩きに遭い、一生恨まれる。それだけは勘弁してくれ」
「分かった。分かりましたよ、準先生。検査結果が出るまでおとなしう、しとります」
おどけた調子で肩をすくめた辰馬の様子に、病室内で笑いが起こった。だが内心では皆、不安に思っていたはずだ。しばらく安静に休んでいて欲しい、というのが本音だろう。
それでも言いだした彼を止めることはできない。そうして引き続き問題点を洗い出した上、辰馬が選んだぶつかり男から守りたい作戦は実行されることとなったのである。
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