第41話

「辰馬君の言う通りだ。一朝一夕で片付かない困難に立ち向かうには、諦めず不断の努力を継続することこそが重要だからね。理想論と言って馬鹿にするだけでは前に進まない」

「そうですよ。タッチャンは同年代だけじゃなく大人にも逆らって、出来る限り苛めを無くそうと乱暴者のレッテルを貼られても挫けず、僕らのような弱者を助けてくれたんです」

「分かっているさ。則夫君と同じく私もそうだからね。ここにいる準君や当麻さんも、だ」

「栄太はそんな辰馬を助けたが、俺は暴力を振るう苛める側にいた。思い出すと恥ずかしい。しかし今はこちら側だ。もちろんそれでかつての罪が無くなるとは考えていない。だが活動を支援することで、少しでも償いになればとは思っている。それはこれからも変わらない」

「まあ要するに、困った時は原点に帰ればええ。自分が何をしたいか、それがブレとらんかったら、やるべきことは自ずと見えて来る。邪魔をする奴らは今までもおった。とはいえ奪洲斗露異の面々をボコったやり方もアカンかった。結果、健吾に殴られてしもうたからな」

 辰馬のブラックジョークに、皆は苦笑いを浮かべるしかなかった。それを受け彼は続けた。

「ま、まあ、打開策は色々ある中、成功もあれば失敗するのもしゃあない。せやけどその都度修正すればええ。もちろん致命的な失敗はアカン。俺が暴力で解決しようとしたさかい、暴力が返って来たのと同じや。その教訓を生かせば、徹底した正攻法やないと続かんちゅうことやろ。性悪説に基づいた上で、それでも負けん、上げ足を取られん対策が必要なんや」

「理想像だけでは駄目だ。けれど、その理想から外れたら大きなしっぺ返しに遭う。そうならないよう、向けられる悪意に対抗できるだけの対策は取る。そういうことでいいのかな」

「そうやと俺は思う。そやけど亨さん。それだけやとまだ足りん。誹謗中傷や対抗勢力に負けんよう、自分の中に絶対ぶれへん一本の筋がないと。そこで間違うたらあかんのは、自分達の中にある正義だけが、絶対やないっちゅうことや。常に見直さんとあかん」

「難しい事を言いだしたね。ぶれない一本の考えを持ちつつ、それが本当に正しいのかと問い続けるということは、ある意味矛盾するんじゃないのかな」

「そうかもしれへん。せやけど、おかしな宗教や陰謀論に嵌まる奴らはどうや。あいつら絶対的な信心を持っとる分、ある意味強い。というてそうなったら同じ穴のムジナや。自分の考えが正しいと思うても、他の意見をはなから疑うて聞かんのはアカン。俺はそう思うとる」

「意味は分かる。つまり今回で言うと、痴漢などの悪意から守る、救い求める社会的弱者への一助となる行動は正しい。それがぶれてはいけない一本の芯、と考えていいのかな」

「ええと思います。ただ目的を果たす場合、色んなやり方がある。俺らが守られたい人らの壁になって、悪意を近づけんようにするのも一つや。せやけど六月の時に痴漢を捕まえ、フェスでユーチューバー達を一時逮捕させたのは、ホンマに正しかったんやろか」

「いや、正しいだろう。俺はその二回とも現場でいたが、あれが最適な方法だったと思うぞ」

「私も、あの痴漢を捕まえてくれたことが間違っているとは思えないけど」

「私も、あのフェスで辰馬さん達が追い払ってくれた方法が、失敗だったと思わない」

 栄太の反論に、未知留と陽菜乃も賛同した。しかし辰馬は首を振った。

「俺は間違っとるとか、失敗やったとは言ってへん。せやけど栄太が言うたように、最適な方法やったとは思うてへん。その証拠にあの後起こったことが、色んな人に迷惑をかけてしもうとる。未知留ちゃんや陽菜乃ちゃんの顔写真が拡散されたのもそうや。健吾や則夫、亨さんの会社にクレームが入り、業務に支障をきたしたのも事実やろ。せやからもっと他に方法は無かったんか、ホンマに正しかったんかと見直すことが必要やって俺は思うんや」

「なるほど。自分達が掲げる正義に対し、盲目的にならないよう心掛けるというのはそういうことか。賛否は色々あるだろうけど、新たな問題を生み出してしまったのは確かだからね」

「亨さんは理解が早うて助かるわ。そうやねん。ずっと言うとるが、目的は痴漢や犯罪者を捕まえることとちゃう。あくまで悪意から弱者を守る盾になることや。逮捕や身柄拘束は止むを得んかったかもしれんが、敵視した輩やその仲間から反発を食らったのも事実やろ。極端かも知れんが戦争と同じや。敵を排除しようとしたら、当然相手は反発する。どっちが正しいなんて、戦争にはあらへん。勝ったもんが正義や。それが戦争の恐ろしさとちゃうか」

 主語が余りに大きくなったからか、一同は少し唖然としていた。

 しかし亨先輩は頷いた。

「そうだね。悪意を完全に無くすことは、余りに理想論すぎる。逮捕や排除をしても次々と現れるのが現実で、苛めや痴漢と同じく犯罪や戦争がなくならないように、敵を倒すまたは排除しようとすれば、争いは続く。だからそうならないよう、無くならない悪意からできるだけ身を守ろう、その為の盾になり弱者に寄り添おうってことだな」

「それは難しいですね。でも簡単に片付かない問題だからこそ、不断の努力が必要になると思うし、長く継続させる為の重要な要素かもしれない」

 由美がそう言うと、則夫が頷いた。

「分かった。ぶれない正義がそこにあるのなら、それに従うだけだ。申し訳ないし駄目なのかもしれないけど、僕はタッチャンの考えに盲目的だから」

「どちらかというと、私もそうね」

 二人が顔を見合わせ笑う姿に、準は大きく溜息をついて言わざるを得なかった。

「そう。タッチャンはこういう人だった。いや、解決方法が主に腕力だった昔よりずっと洗練されているね。だけど俺だってタッチャン信者だ。親子三代に渡ってだから筋金入りだぞ」

「そんな事を言ったら、基金参加者は皆そうだ。俺が何度も言うのもおこがましいけど、暴力には暴力が帰って来るし、排除には排除の力が働くだろう。といって融和という方法はとれないだろうし、専守防衛というのも限界がある。ただ元々辰馬が始めた無茶な行動なんだから、難しくて当然だ。要はそれに同意するか、しないかだろ。俺は当然同意する」

「そうだな。健吾が言うように、同意するかしないかと考えたら同意だ。でも則夫のように、盲目的ではないぞ。こうして幹部会で話し合い、納得した結果だ」

 健吾に続き栄太がそう言うと、未知留達も深く頷いた。

「私もお父さんと近いから、賛成します。タッチャン信者二世だから」

「私や未知留は幹部じゃないけど、賛成です」

「嬉しいことを言ってくれるな。父親として誇らしいよ」

「ほんまや。そうと決まったら、次の活動について話そうやないか。なあ、則夫」

「ん? それフェスの次ってことかな。それとも九月からの新学期に向けた、新たな体勢での活動ってことかな」

 準が尋ねると、則夫が頭を掻きながら言った。

「実はタッチャン、次にやりたいことがあるんだって。ただその前に、これからのことを整理しない内には決められないから、話はその後でと言っていたんだけどね」

「やりたいことって何だよ。俺は何も聞いてないぞ。いつの間に、そんな話をしてたんだ」

 元親衛隊長で、今も最側近だと自負する栄太としては不満だったようだ。しかし辰馬は気にする様子もなく、彼に尋ねた。

「最近、ぶつかり男ちゅうアホがおるって知っとるか、栄太」

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