第40話

「辰馬君の言い分が正しいと私も思うね。確かに社内では、そんな人達に守られて大丈夫かと不安視する声も聞く。しかし何度も言うように、MMTなどの活動は守る側はもちろん、守られる側も全て個人の自由意思に基づくものだ。それに私の肌感覚だと、社内では圧倒的に辰馬君達を支持する声が多い。まあ、どちらにしても気にしなくていいんだよ」

「すみません。そうでした。分かりました。保守的で事なかれ主義の警察上部やそれを忖度する奴らなんて、最初から期待する方が間違いなんだよな。警察の枠なんて気にせず、俺や辰馬の活動を支持してくれる仲間にだけ声をかけ、その範囲で動くようにすればいいんだ」

 先輩や栄太の言葉に深く頷いた則夫が続けた。

「そうですね。じゃあ今後は積極的にアプリの導入を薦める方向で行きましょう」

 しかしそこで、健吾が口を挟んだ。

「方向的にはそうするしかないと思うけど、懸念事項はあるよな。開発から一旦手を引くと決めた俺が言うのも何だが、そっちの問題はどうするつもりだ」

「何だ、懸念事項っていうのは。せっかくの話の腰を折りやがって」

「栄太さん、違います。登録者数を増やすと起こる問題は、実際にあるんです。これまでも少し話をしてきましたが、今後は懸念事項があると覚悟して進めたほうがいいですね」

「だから、何が問題なんだよ。登録するのは強制じゃなく、自由意志なんだろ」

「そこです。これまでは確実な身元確認の為に、登録者を絞りました。CMTは基金参加者とその関係者、MMTは一定の路線を使用する社員達に限定しましたよね。しかしその制限をなくし増やすとなれば、僕達が把握していない人達も参加することになります」

「それは仕方がない。最終目標は辰馬と同じ善意を持つ人達を増やし、集団共助体制を構築する事だろう。いつまでも知っている仲間だけで、やっている訳にはいかないからな」

「では栄太さん。もし増やした登録者の中に、コンチャイズムの仲間がいたらどうしますか」

 彼は意表を突かれた、または意味に気付いたのか、

「あっ、」と口を開けたたま動きを止めた。

「以前から、登録者の中に痴漢が紛れていた場合は信用問題に関わる為、範囲を限定するという話が出ていたけれど、その課題をクリアしない限りは登録者数を増やせないってことだね。うちの会社で登録する社員を絞った理由もそこだから」

「いえ、全く増やせない訳ではありません。あれからどうクリアしていくかは検討して来ましたから。ただまだ対策として不十分な点があります。ですから、内部にも敵が紛れている可能性を視野に入れた上で、先程いった三段構えの体制を築く必要があるというだけです」

「そうか。登録者の中に犯罪者がいるかもしれないアプリを導入させるのはまずいかもな」

「しかし栄太さん。そもそもこれはマッチングアプリの応用版です。通常の出会い系でも、登録者全員が善人との前提ではありません。中には顔写真を加工し、プロフィールに嘘を書き込む人もいます。だから登録者のモラルに頼り、また利用者が用心してコンタクトを取るか否かを選択するしかありません。但し問題が起きた場合、例えば犯罪に利用すればすぐ身分が特定できるよう、登録の際の本人確認を厳格にして対応するケースがほとんどです」

「つまりCMTやMMTなどの登録も、そうするってことか」

「はい。但し守る側だけでなく、守られる側も同じです。守られたいという人達の中にも、痴漢側と通じた仲間を登録させる手もありますからね」

「やだ、やだ。全く何もかも、疑ってかからなきゃあかん世の中やな。性善説なんちゅうもんは、全く通用せん時代になったもんや。せやけど文句たれとってもしゃあない。守らなあかんもんはある。出来んことを数えとっても無駄や。出来ることを考えなあかん」

 辰馬による嘆きに加えた開き直りの言葉に、準達は頷かざるを得なかった。

「利用者にもその点を周知徹底した上で、登録者情報をしっかり管理していくしかないね。しかし夏休みに入ってCMTの活動が少なくなったから、データが余り取れていないだろう。アプリの開発課題の克服には、少し時間が足りなかったんじゃないのかな」

「いえ。十分とまでは言えませんが、MMTは活動していましたし、この間のフェスの件もあって、それなりのデータは取れましたよ」

 亨先輩の言葉に首を振った則夫の説明によれば、フェスで大勢の会場スタッフとアプリを共有したからだという。その際の各人の動きなどが、かなり参考になったらしい。

 さらに裏切り者が中にいたモデルケースとしても、最適な場になったとまで言いだした。

「ああ。そう言われればいたな、そんな奴が。すっかり忘れていたよ」

「どういう意味だ。栄太君のその口振りだと、裏切り者の登録者がいたってことになるが」

 亨先輩の問いかけに健吾が反応した。

「それは俺も聞いていないな。則夫、説明してくれよ」

 準も続いて尋ねた。

「会場スタッフか。まさか十名の中なんてことはないよな。少なくとも竜は関係ないはずだ」

「えっ、そうなの、お父さん。私達を守ってくれたあの中に、裏切り者がいたってこと?」

「陽菜乃までなんだ。みんな、ちょっと落ち着いて。今、説明するから」

 そこから則夫が語ったのは、余りにも信じられない話だった。しかし証拠が見つかったのなら事実なのだろう。未知留を含め言葉が出ない五人に対し、既に事情を知っていたらしい則夫と辰馬、栄太や由美は複雑な表情を浮かべていた。

「なるほど。混雑している広い会場の中、離れた場所にいた辰馬君達の位置を、コンチャイズムの連中が一度も近づくことなく、どうやって把握したのかを疑った訳か」

「はい。最初は観客の中にいる動画視聴者や別の仲間から、情報を集めたと思っていました」

「違ったんだな。しかしよく気付いたよ。それで、その裏切り者は今後どうするつもりだ」

「結果的には何も被害を受けなかったので、表面上はお咎めなしにするつもりです。ただ登録者としてはブラックリストに載せ、今後同じ動きをするか、しばらく泳がせて監視します」

「それだけか。まあ、しょうがない。それにしても、今後登録者を増やすとなれば厄介だな。前もって名前や顔を見知った人物でさえ、注意しなければいけないって事になる」

「そうなります。しかし登録者情報を間違いなく掴んでいれば、直接犯罪に加担する可能性は抑えられるでしょう。問題はフェスの時のような、間接的に関わり協力者として潜り込まれた場合です。そのリスクを踏まえた上で、先程から話していた三段構えを取らなければならないとなれば、三つの集団それぞれの仲間も、今後は監視する必要があります」

「つまり実質六段構えになる訳か」

「相互監視は最低限です。場合によってはさらなる体制を組む必要があるかもしれません」

「それだと、いくらいても足りない。しかも増やすほど敵が紛れる確率が高まってしまう」

「それだけでなく繰り返せば、相手も監視される可能性を考えて対策を取るでしょう。登録者同士、疑心暗鬼に陥りますし、それに対する新たな手を打たなければならなくなります」

「ここでもイタチごっこか」

 準は嘆いたが、辰馬は鼻で笑った。

「痴漢から守る運動だけとちゃう。昔から俺がやっとった苛めの撲滅も同じや。五十年以上経った今でも苛めはあかんと言われながら、日本中、いや世界中で起こっとる。その上この国では自殺者が減るどころか高止まりや。こんな世の中に失望はしとる。せやけど絶望はせん。したらアカン。諦めたら終わりや。苛めや痴漢しとるアホらの思う壺には、絶対させへん」

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