第34話

「監視は、あの場におったのとは別の会場スタッフに任せたらええ。但しスタッフと分からんよう、観客に紛れ込まさんとあかん。その内の一人にスマートグラスを渡したれ。監視しとる則夫と運営側が連携して、馬脚ばきゃくあらわすのを待つんや。あれだけのアホなら、絶対何かしよる。その決定的な証拠を掴んでひっ捕まえるんや。あと、運営側は外の警察とも繋がっとるはずやろ。栄太らはそっちとの橋渡しをせえ。お前らの要請やったら来てくれるやろ」

「なるほど、分かった。やってみる」

 頷いた彼はかけていたスマートグラスを辰馬に渡し、予備を持っている若手警官と共に三人で運営本部へと向かった。その後ろ姿を見送っていた彼に、則夫が呼びかけた。

「僕も運営側と話をしておくから、そっちは任せて。タッチャンは陽菜乃達のところに戻って、しばらく待機してくれていればいいよ」

「おお。頼むわ。このスマートグラスは、栄太が戻るまでは俺がつけとったほうがええんか」

「いや、その間は他の人に渡してくれていいよ。」と則夫は返事をした。

 頷いた辰馬は陽菜乃達の所へと戻り、一呼吸の間を置いた。由美も彼ら周辺の監視を行い、その間則夫は栄太や運営本部などとのやり取りに追われた。

 最終的にコンチャイズム達の監視は、運営側の警備スタッフらによる五名体制で行うこととなり、その一人にスマートグラスをつけさせた。そこからの映像を運営側も見られるよう、設定のし直しを済ませた。

 ただ機器を使用しての監視機能を高めたとはいえ、一部の客に対し人員を割いたことで、その他の警備が手薄になった点は否めない。

 そこで栄太が連れて来た若手警官二名は運営側の手伝いに配置を変えた。陽菜乃達の護衛は、残り八名でも十分可能と判断したからだ。

 朝十時から始まったコンサートは、閉幕する二十時半に近づくにつれ周囲が闇に包まれた。照明が点灯し始め、どんどん盛り上がりを見せる。真っ暗ではないが、部分的に光の届かない場所が点在していた為、スマートグラスに映る画面は時折見難くなっていく。

 休憩を挟んでいたとはいえ、既に九時間近く画面を見続けたからか、目が疲れた。現場の辰馬や栄太はもっと大変だと理解していたが、それでも言わずにいられなかった。

「かなり暗くて、人の動きとか顔とか余り分かんなくなってきたけど、そっちはどう」

 陽菜乃達周辺を映す映像の確認を任せていた由美に、コンチャイズム達の監視映像を主に見ていた則夫が声をかけると、彼女も目頭を揉みながらぼやいた。

「かなり見辛くなってきたかな。だけどそっちはもっと大変でしょ」

「そうだね。ライトを充てている訳じゃなし、相手に気付かれないよう注意している分、視点があちこち移動して揺れるから酔ってくるし、こっちも目が疲れてしょうがないよ」

「あいつら、動きは全くないの」

「いや。誰かに電話したり、怪しげな動きはしている。あとタッチャンの脅しが効いたのか、場所を移動した。暗くなったから、コンチャイズムだと気付く人は少ないかも知れない」

「撮影は続けているの」

「やっているね。スマホで周囲を撮りながら、何か喋っている。恐らくステージを映しつつ、盛り上がっている観客を見ながら、実況みたいなことをしているんじゃないかな」

「でもそれって撮るだけだったらいいけど、動画をアップしたら間違いなく問題でしょ。音だって入っているだろうし、アーティストも写っているはずだから」

「そうだね。でもフェスに来られなかった人達にとっては、動画で少しでも見られたら嬉しいと思うんだろう。そういう意味では、ある程度の再生数は見込めるんじゃないかな」

「違法だと分かっていて、それでもお金稼ぎの為にアップするのかな」

「実際主催者側やアーティスト側が映像を確認し、訴えて削除要請するまではタイムラグがあるだろ。その間に稼ぐだけ稼ぎ、まずいと思った時点で削除するつもりじゃないかな。そうすれば訴えて賠償請求してくることはない、とでも考えているんだと思う」

「運営側やアーティストの所属事務所も、手間がかかる行為をどこまで本気でやるか、だもんね。余程悪質なら徹底的にやるかもしれないけど、削除すればそれで取り敢えず良しとする可能性が高いってことか。それに今はフェスの公式サイトでの配信もしているようだし」

「そうじゃないかな。そういう絶妙な線で小銭を稼ぐつもりなのかもしれない。ただ、あいつらがそれだけで済ませるかといえば、そうは思えないけどね」

「どういう意味? 何か他に別の動きをするというの」

「その可能性は高いと思う。タッチャンが言っていたよね。あれだけのアホなら、絶対何かしよる、って。僕もそう思う。彼らの目的はバズることだから」

「ああ、そうか。フェスの様子を流した程度なら、大してバズりはしないよね」

「基本的に違法行為だからね。もし再生回数が延び過ぎたら、相当批判を浴びるだろうしリスクも大きい。それよりもっと安全で、しかもバズる確率が高いターゲットを見つけたら、絶対そっちを優先するはず。例えばタッチャン達とかね」

「えっ? あいつらが狙ってくるってこと?」

「うん。タッチャン達を知っていたし、噂を聞いたとも言っていたでしょ。ただ今のところ、動く気配がない点は気になる。もしかすると、監視が気付かれたのかもしれない」

「下手に仕掛けたら罠に嵌まると警戒しているのかな。でもそれならどうするつもりだろ」

「分からない。でも多分大丈夫だと思う。暗くなって視界が悪くなったのは厄介だけど、タッチャン達も十分理解した上で警戒しているし、運営側のスタッフもいるからね」

 楽観した意見に思えたのか、由美は腑に落ちない表情をしていた。

 ただ遠く離れた地にいる則夫達はそう信じ、見守るしかない。出来るのはせいぜい映像をじっくり見て、現場の彼らが見落とした動きを察知することぐらいだ。

 その為映像を追うだけでなく、録画したものを少し遡り再生し確認する作業も行っていた。これは由美とのダブルチェックを心がけた。

 そうしてフェス終了まであと三十分となり、ラストを飾るアーティストが登場した。

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