第32話

 フェスではスマホはもちろん、カメラ・ビデオカメラ等の持ち込みも特に制限はないが、出演アーティストの撮影は肖像権の侵害に当たる為、基本的には禁止されている。

 また演奏された楽曲の問題もあり、録音機器の持ち込みも駄目だ。

 しかし今や撮影も録音もスマホ一つで出来る。その質は年々向上し、動画やSNSで報酬を得る仕組みが定着した影響もあり、無断でアップする悪質な行為が頻繁に起きている。

 例え映しても、個人で楽しむだけなら基本的に問題はない。著作物の私的利用の為の複製は、一部を除き違法ではないからだ。

 とはいえSNS投稿などで不特定多数が閲覧できるとなれば、私的利用の範囲を超える為に犯罪として成立する可能性があった。

 公衆送信権の侵害となり、参加アーティストや運営側から訴えられれば、逮捕されたり賠償請求されたりすることも有り得る。実際過去にそうしたトラブルが起きていた。

 さらに問題なのは、ただ映している時点だと犯罪ではなく、拡散されるなどしてからでなければ発覚しない点だ。よって今回、撮影していた側がそうした主張をしているのだろう。

 それでもスタッフが注意したほどだから、度を越した行為が見られたのかもしれない。

 この辺りになると、運営側が私人逮捕するにはハードルが高い。そこで現職の警察官に助けを求めたと思われる。ただ栄太を含めた彼らも今は非番であり、一般人が行う現行犯逮捕と結局変わらないのだが。

「よし。俺とこっちの二人で行こう。辰馬達はここでいてくれ」

 栄太が若手警官達にそう声をかけたが、彼は拒否した。

「いや、ここは他の六人がおれば十分やろ。俺も行く」

 言いだしたら聞かない性分であり、言い合いする時間もなかったからだろう。

「分かった。とにかく急ごう。竜。ここは頼んだ」

 渋々了承した栄太の指示で、もう一つのスマートグラスを若手警官から受け取った彼は頷いていた。

「分かった。こっちは任せて」

「辰馬さん、栄太さん、気を付けてね」

 陽菜乃がそう声をかけ、他のメンバーにも見送られた四人は駆け足で移動し始めた。

「当麻さんは、竜君がつけたBカメラを見てて。僕はAカメラでトラブル現場の確認をする」

「う、うん」と則夫の言葉に頷いた由美だが、内心は辰馬が心配なのだろう。表情は冴えなかった。

 とはいえBカメラを無視する訳にもいかない。万が一、辰馬達の不在時に陽菜乃達周辺でトラブルが起きそうになれば、映像を監視するこちら側で察知し指示するなどして、回避しなければならないからだ。

「だから俺達は、アーティストを撮影していたんじゃないって言っているだろう。それに何を撮影しようが、俺達の自由だ。まだ拡散してもない時点で、削除要請なんて聞けるかよ」

 栄太達が現場に近づいたからか、僅かにそうした怒鳴り声がマイクを通し耳に入った。

「ですから、何でも撮って良い訳じゃありません。会場の注意事項にも記載していますよね。禁止事項違反に抵触する恐れがある際は、スタッフが映像や音声などの確認をする場合もあると。チケットにだってそう書かれているはずです。ご確認ください」

「だから違反はしてないだろう。それに抵触する恐れが、なんて曖昧な判断を誰がするんだ。お前か。単なる警備スタッフに過ぎない一人の判断で、高い金を払って来た客のプライバシーを侵害するって言うのかよ」

「ちょっと、あなた。撮影は止めて下さいと言っているじゃないですか」

 スタッフ二名と揉め、それをスマホで撮影する男性がAカメラの映像に写し出された。

「あんた達が俺達に対して不法行為を働かないか、これで確認するんだよ。もし問題行動を起こせば即拡散だ。そうなったらどうなると思う。顔バレしたお前の一生は終わっちまうぞ」

 そこで栄太が割って入った。

「はいはい、そこまで。ここにいる二人は現職の警官だ。今の発言は脅迫の疑いがある。周りも迷惑しているようだし、事情を聞きたいからちょっと事務所まで来て貰おうか」

 警官という言葉を聞いたからか、三人の男達の動きが止まり、一瞬表情も固まった。どうやら注意された面々は、ユーチューバーのように見える。

 しかし彼らの一人が驚きの表情を見せ、やがてニヤッと笑った。

「あんた、見たことがあるおっさんだな。後ろにいるでかいのは、有名人じゃないか」

「おお、本当だ。俺もこのおっさん達、動画で見たぞ。でかいほうの坊主って、頭をかち割られた奴だろう。三十年の眠りから覚めた奇跡のおっさんだ」

「やっぱりいたぞ。噂は本当だったな。今日来たのは正解だったよ。この映像はバズるぞ」

 スタッフを映していたスマホが、辰馬達のほうに向きを変えた。

「おい、噂って何だ、お前達。聞き捨てならないな」

 栄太が凄んだ声で言い放ったが、彼らは怯えもせずに言った。

「知らないのか。痴漢を逮捕したと自慢げにして調子に乗ったあんた達が、今度はフェスの会場で痴漢を捕まえる活動をするって話だよ。あんたが今付けている眼鏡、それスマートグラスだよな。耳のイヤホンとか胸につけたマイクがあるってことはそうだろ」

 彼らの言い分が耳に入り、思わず目を丸くした則夫は由美と目が合った。彼女も聞いていたらしく驚きながら呟いた。

「どうしてそんな情報が、外部に漏れているの」

 その声が聞こえたのか、辰馬が口を開いた。

「お前らさっき、やっぱりって言うたな。俺らを狙うて来たんやったら、痴漢の仲間か」

 栄太とは比較にならない迫力だったからだろう。さすがに今度は彼らも怯んだ。

 しかしそれは一瞬で、一番年上らしき三十代半ば辺りに見える男が言い返してきた。どうやらリーダーらしい。先程もスタッフに詰め寄っていたのが彼だ。

「おお、怖い。さすが元暴走族総長だけある。でもな。あんた達に捕まったチンケな痴漢と俺達を一緒にしないでくれ。あんな馬鹿を捕まえて、ちょっとばかし有名になったからっていい気になるなよ。今度はこっちがあんたらを捕まえてバズってやる」

「お前達の目的は、動画再生数を増やして金を稼ぐことか。それなら尚更なおさら、事務所に来て貰おう。問題のある映像が写っているかどうか、確認させろ」

 栄太がそう言って二人の若手警官と共に迫ると、彼らは後ずさりしながら抵抗を示した。

「止めろ。暴力反対! 警察だって言いやがったが、それなら証拠を出せ!」

「そうだ、そうだ! 俺達を捕まえる法的根拠は何だ! これは不当逮捕だ!」

 二人の姿と栄太達の様子を捉えようと、もう一人はスマホを掲げて撮影を続けている。会場スタッフ達は思わぬ展開に戸惑いを見せ、CMT内で使っているマイクとは別のトランシーバーで、運営本部かどこかと連絡を取っていた。

 そこで傍観していた別の観客達の中から、いくつかの声があがった。

「あれって、コンチャイズムのコンチャンじゃないか」

「確か近藤こんどうとか言ったな。何でこんなところに、私人逮捕系ユーチューバーがいるんだよ」

「あっちの四人は、前にバズってた、痴漢から守り隊とかいう人達だろ」

「元暴走族総長とか言ってなかったか。あのでかい人かな」

「ああ、そう言えば、そんな書き込みを見た気がする。関西人じゃなかったっけ」

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