第30話

「い、いや、まだそれほど広まっていないから、心配することはないのかもしれない。でも六月の件で、辰馬達の行動が拡散されて名前も知れ渡っただろ。それで過去の件をほじくり返している書き込みを、いくつか目にしたから」

「過去の件って、まさか健吾の前歴か。今回の活動でお前の名前は出とらんかったやろ」

「活動自体では出ていないけど、三十年近くの眠りから覚めた辰馬は、ある意味有名人だ。そこから辿れば、当時未成年だった俺の名前も出て来る。それだけなら別に構わないが、他にもある。辰馬が元暴走族総長で、元警察官の栄太もそこに属していたって書き込みを見た」

「ああ、それは確かに面倒だな」

 亨先輩が呟き、皆も頷いた。SNSにはメリットもあるがデメリットも多く、その恐ろしさを良く知っているからだ。CMTが善意の活動だと拡散された点はいいが、実は乱暴者の集まりで、そんな奴らは信用できないと攻撃されれば、評判は一気に逆転してしまう。

 また支援者の中には、健吾以外の前科者も実際いる。いくら今は更生していると言っても、信じないものは信じない。恐らくやっかみも入ってくるだろう。

 それに痴漢で捕まった奴らの仲間が、意趣返しの為に辰馬達の過去を調べ、そうした情報を広めようとするかもしれない。そうして、自分達の邪魔をする活動を止めようと考えている可能性もありえた。

「今のところ、誹謗中傷に至るまでの動きはない。ただ実はこういう人達だとの事実だけを、好意的なコメントに対して書き込んでいたのを、いくつか見つけたんだ」

 健吾はそう言ってスマホを取り出し、そうした書き込みのスクリーンショット画面を皆に見せてくれた。それを覗き込んで目にした栄太が、チッと舌打ちした。

「なんや、こいつら。うっとうしいな」

 思わず関西弁が出た彼に続き、実は前から気付いていた則夫も頷いた。

「これらのアカウントが、あの時痴漢した奴らの仲間かどうかは不明だけど、要注意だね」

「俺もそう思って、これらのアカウントとフォローしている奴らをマークしている。どいつもこいつも二桁か、多くてせいぜい百数十程度しかいない。つまり普段から話題の人物の過去をほじくり返し拡散している、特定厨とくていちゅうの可能性は低そうだ。あとで則夫にも送る。そっちでもマークしておいたほうが良い。今後アプリの導入に絡んでくるかもしれないからな」

「助かります。確かに詐欺アプリだとデマを流されたら、会社にとっても痛手ですから」

 するとそこで辰馬が突然頭を下げた。

「すまん。俺が余計なことを始めたからやな。暴走族の総長やったのも、人を殴って暴力で従わせたことがあるのも事実や。過去は消せんし、俺は何を言われてもしゃあない。せやけど健吾や栄太、則夫らにまで迷惑をかけるようなら、やめなあかんかもしれん。申し訳ない」

「やめてよ。それは違う。タッチャンがいたからこそ、今の自分があるんだ。今更事情も良く知らない輩に、何を言われようが無視すればいい」

 則夫が即座に言い返すと、準も同じく賛同した。

「則夫の言う通りだ。昔の暴力だって、苛めや弱者に対する暴力をなくすためにしたことじゃないか。誇れることはあっても、恥じることなんて何もない」

 二人の訴えに、由美や亨先輩も頷いた。だが彼は首を振った。

「そう言うてくれるんは有難い。せやけど則夫や健吾、亨さんの会社の社員は、俺のことなんて全く知らん。そんな人にまで迷惑をかけたらアカンし、申し訳ない。それに昔殴られた恨みを持ち続けて許せん奴もおるやろ。俺はそれだけのことをしたし、それは絶対に消せん」

 これには反論できず、その場が沈黙に包まれた。だがその空気を破ったのは未知留だった。

「そういう人はいるだろうけど、ほとんどが還暦過ぎの人達だよね。しかも羽立にいた一部の人でしょ。だけど私らみたいな若い世代や、違う土地で住んでいたほとんどの人には関係ない話だよ。そんな人達がそれこそよく分からないのに無責任な発言をしたら、間違っていると正せばいいと思う。だってそうじゃなかったら、今でもSNS上でやりとりされている根拠のないデマとか誹謗中傷とかに、屈することになるじゃない。実際おかしいって反論してくれる人達もいるでしょ。おかしな人はいなくならないかもしれないけど、正しい認識をしてくれる人達もいるんだから、負けちゃ駄目なんじゃないかな。少なくとも私や六月に助けられた子とかうちの学校の生徒は、タッチャンの味方だからね」

 娘の言葉にその通りだと頷いた則夫だったが、先に栄太が口を開いた。

「よう言うた。さすが物心つく前から則夫に言い聞かされて育った娘や。別嬪べっぴんさんなだけやなく、心も綺麗なままや。そうやで。元刑事でも、俺は魔N侍で親衛隊長しとったから、のべ二百人以上は殴っとる。それで相談員を辞めろと言うんなら上等や。それでもCMTの活動は辞めん。最初は辰馬についてきただけやが、今は生きがいなんや。それを奪わんといてくれ。頼むわ」

「元々はアホな俺が辰馬をぶっ叩いたせいや。前科者の俺が作った会社で、それが嫌な社員がおったら、辞めて貰えばええ。罪を償う為に作ったんやから、一人になっても続けるだけや。俺は辰馬がやる事は応援するし逆らわん。でもな。会社におる奴らに迷惑がかかるから止めるっちゅうのは、違うんとちゃうか。自分の信念を貫いてきたのが辰馬やろ。そやから気を失うて三十年近く経っても諦めんかった奴らが、こんだけおるんとちゃうか。辰馬らしくないことは、言わんとってくれ」

 未知留に続いて、感情がこもった二人の関西弁を聞いたからだろう。辰馬は目を潤ませて言った。

「そうか。そうやな。悪かった。ちょっと弱気になってもうたかもしれん。年なんやろか。あかんな。折角みんなに貰うた命やけど、俺らしくない生き方をしとったら逆に失礼やった。申し訳ない。撤回する。CMTは何としても続けたろ。その為に、みんな力を貸してくれ」

「おう! もちろん、任しとけ!」

「当たり前だよ!」

「やった!」

 それぞれが笑顔で答え、場の空気が一気に変わった。

「本当に辰馬さんは、人に恵まれているね」

 由美が思わずといった様子で熱くなった目頭を押さえ呟いたからか、彼は彼女の肩に手を置いて言った。

「ほんまや。傍におってくれる由美も含めて、俺は幸せもんやな。感謝してもしきれん。せやからこそ、皆を含め少しでも世の中の人に恩返しをせな。今日は改めてそう思わされたわ」

 本当にそうだと則夫は思ったが、それも全て辰馬の人間力から来るものだろう。痴漢逮捕の件で亨先輩の会社の若者と知り合ったり、駅で若也と出会ったりした偶然さえも、彼が積んで来た徳が呼び寄せたものに違いない。そうでなければあり得ない奇跡なのだから。

 こうして一悶着ありながらも、今後は辰馬達の過去に言及する書き込みを注視しつつ、引き続きCMTの活動を続けるとの方針が決まった。

 そして試験的な試みとして、陽菜乃が行くフェスに同行し痴漢対策を取り、運営側とコンタクトを取り連携を打診することとなったのである。

 その結果、フェス側から十枚のチケットを確保して貰い、先方のスタッフ二十数名にも同じアプリが導入された。やはり世間に認知された実績が評価されたようだ。

 ちなみにチケット代金は、もちろん全額こちらから支払った。また参加メンバーは六十代が辰馬と栄太だけで、後は若手で揃えることができた。

 まず栄太が交番勤務で繋がりのある若手に声をかけたところ、興味を持った警官二名が休みを利用しての参加を表明してくれた。

 残りは準が声をかけた竜と、同じ病院に勤務する男性看護師一名が警護兼医療担当として、若也とその同僚の駅員一名も今後の参考にと参加し、亨先輩の会社の男性社員二名がさらに加わった。この十名でフェスでのCMT活動が行われることとなったのだ。

 もちろん当日、則夫はバックアップとして栄太と若手警官が付ける二つのスマートグラスで映像を確認し、アプリと連動させたマイクとイヤホンを使った音声のやり取りにおける保守担当と決まった。

 さらに現場への同行を諦めた由美が、則夫の会社で手伝うこととなった。映像の監視を倍に増やし、十人のCMTに加えフェス側の警備担当者達ともやり取りできるようにした為、監視人員の増強が必要となったからだ。

 アプリの作動テストでもあるから会社の社員でも良かったが、そちらの仕事ばかりにまだ比重が置けない社内事情もあり、幹部である彼女に頼ったのである。

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