第26話
「今は未知留ちゃんが利用している路線に、山手線と中央線、総武線を加えた一部の範囲だけでやっているのよね。そこを使う守られる側の登録は、積極的に受け入れているんでしょ。その人達のアプリで登録された個人情報は、須和君の会社でしか把握できないんだよね」
彼女に確認され、則夫は頷いた。
「うん。でもそれ自体、本当は問題なんだ。今は女性と男性で分けるのも差別だと言われるし、女性が男性を痴漢するケースだってある。ただ現時点では、そう分けざるを得ないけど」
「今はあくまで無料登録のテスト期間だし、それは仕方ないと思うよ。だけど守る側の登録が限定されているなら、相当バランスが悪いでしょ。最近はどんな感じなの」
未知留が夏休みに入ったのを機に、辰馬達の仲間内ではCMTの活動を一旦停止している。動いているのは、亨先輩と則夫、健吾の会社の社員達だけだ。
大人だと学生のような夏休みはない。お盆の時期でさえ通常通り通勤をしている人もおり、男性社員だって同様である。つまりアプリで守る側と守られる側の双方で使用しているのは、社会人達だけなのだ。
ちなみにCMTと区別し、彼らを
「単純な登録者数だけで言えば、比率は男性一に対して女性が二十といった具合かな」
「圧倒的に男、というか守る側が少ないね。しかもそれが路線ごとで同じ時間の電車となれば、マッチング自体奇跡だよ」
「そうなんだ。ただ未知留の学校の生徒達のように、女性登録者同士で集まってはいるみたい。スマートグラスを使っての連動をしていないから、車内の状況はよく分からないけど」
「なるほど。相手が女性でも、同じアプリ登録者で痴漢に遭いたくないと思う同士がいれば、心強いかもしれないね。それが例え全然知らない他社の人だとしても、親近感が沸くのかも」
由美の言葉に、未知留も賛同した。
「うちの学校の生徒も、全く知らなかった同級生とか先輩後輩同士で繋がるようになったから、絶対そうだよ。痴漢を憎む同士で集まると、連帯感が生まれるんだと思う」
「今のところ守る側の人数が少なくても、アプリの導入効果がそれなりにあるとは言えるみたい。だけど守られる側で集まるだけでは不十分だから、もっと改良が必要なんだよね」
「俺らはどう動けばええ。改良で何かデータを取りたいんなら、指示してくれてええんやぞ」
「有難う。でも夏休みに入って未知留達の早朝の通学が途絶えた今、CMTがどう動くか悩ましいところだよね。女性登録者で現在最も動いているのは亨先輩の会社の人達だけど、路線と時間帯がまちまちだから、どこへ配置すればいいかをイマイチ決めきれないし」
「痴漢が多い路線や時間帯に集まって乗る、というのはどうや」
それは難しい。警察でも時間帯や路線はだいたい把握していると聞くが、実行するとなれば何時何分の電車で、何両目にするかでも悩む。
今までは未知留という目標があり、そこに乗って来る同じ学校の生徒達をついでに守るやり方で良かった。
しかしそれがない状態で漠然とこの便のこの車両に乗ろうと決めても、効果が見込めないのではと則夫は主張した。
「そうか。登録者がどの時間帯のどこに乗っているかは、アプリの情報を統括している則夫の会社で把握できるけど、前もって予測するのは確かに難しいよな。現場では半径十五メートル以内でないと、同じアプリ登録者の位置情報が画面に出ないんだったか」
「そう。これから範囲をもっと広げるか、色々考えて取り組んでいるけど、現時点ではね」
「それだと、CMTの面子をどうやって集めるかも悩ましいな。この電車のこの車両と決めたって、そこに登録者がいなければ守りようがない。登録者が現れるまでホームにずっと待機しているというのも、余りに非効率だしな」
「目標というか目的自体がはっきりしないと、モチベーションの維持も困難だろう」
「そうやな。痴漢が現れるまで待つのもおかしな話やし、たまたま登録者がおって亨さんの会社の社員やから守らなあかんと思った場合でも、未知留ちゃんの時と比べたらテンションはあがらんかもしれん。いや、差別するつもりはないんやけどな」
「分かっているよ、辰馬君。会社の男達も、同じ社内の女性だからって思いは強いはずだ」
「そうですよね。目的は痴漢を捕まえることじゃなく、痴漢から守ることですから。それに亨先輩、登録希望の男性社員達に言ったそうじゃないですか。痴漢を捕まえてヒーローになりたいと考える奴は登録するな。例え同じ会社の社員じゃない、全く関係の無い他人でも、困っている人がいたらできるだけ助けたい、と純粋に思える奴だけが登録しろって」
「ああ。でもそうだろう。私人逮捕に憧れてだとか、女の前で良い格好をしたいだとか、不純な考えを持つ男は碌な人間じゃない。そもそも辰馬君が始めた活動だ。その初心から外れてはいけないし、そうでなければ決して続かないと思うよ」
「そうそう。さすが亨先輩。良いことを言います。タッチャンの意思に反した行動は、CMTやMMTじゃないでしょう。そんなものはそれこそ偽善活動です」
そうした考えもあり、MMTでは登録者であろうがなかろうが、電車内など場所にも拘らず、目の前に困った人がいたら手を差し伸べるとの指針を打ち出していた。
もちろん基金参加者で形成され辰馬の意思をしっかり理解するCMTの面々には、言わずもがなのことだ。
「まあ、そう言ってくれるんは有難いけど、じゃあ未知留ちゃんらの新学期が始まるまで、俺達の出番はないっちゅうことか」
「今日は、そこも話し合いたいから集まって貰ったんだ。電車から離れた別な形でアプリを使ったCMTの活動がないか、みんなの意見を聞きたいと思っているんだけど、どうかな」
それぞれの顔を見渡しながら則夫が発言すると、亨先輩が質問した。
「CMTの活動ということは、対象は痴漢ということでいいのかな」
これに辰馬が首を振った。
「いや基本は女性や子供、老人や障害者といった社会的弱者を守りたいっちゅう話を、三月の会で話しとったのが始まりや。未知留ちゃんが痴漢に困っとると言うたから、まずそこからやろうかってなっただけで、痴漢やなくても別にええんやけど」
「社会的弱者ね。子供で言ったら、学校での苛めだとか親による虐待とかがあるな。老人だと詐欺や孤立、買い物難民や老老介護っていうのもある。障害者なら、公共交通機関の乗り降りだとか飲食店への出入りにおける差別とか、かな」
「いま栄太さんが言った話をパッと聞いただけでは、活動とアプリの活用に繋がるイメージがちょっと沸かないかな。公共交通機関の乗り降りの手伝いくらいは出来るだろうけど」
「僕も当麻さんが持った感想に近い。それにいきなり別の展開を考えるより、もっと痴漢にターゲットを絞っていい気がする。電車が一番多いけど、他にも人が集まって混雑するところが危ないだろ。ショッピングモールとかの階段、エスカレーターでの盗撮とかさ」
「なるほど。人が集まって混雑する場所か。他にどんなところがあるかな」
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