第22話
辰馬が真っ先に大声を出した。ピークは過ぎたとはいえ、まだ周囲には人が多い。
最初は不意打ちだった為、大体の方向と場所しか分からなかったが、今度は位置を特定できた。
栄太は力を振り絞って人混みを押しのけ、なんとかその場所に近づこうとしながらマイクに向かって言った。
「いた! 辰馬と俺の間だ! 捕まえろ!」
しかし既に被害者のそばに居た、三十代位の男性が犯人らしき男の右手首を掴んでいた。さらにその反対側にいた同じ位の年の男も加勢し、逃げないよう左腕を抱きかかえている。
「こいつです!」
「大人しくしろ!」
と彼らは叫んでいた。どうやら抵抗されているようだ。
「ち、違う、俺じゃない!」
と男が否認していたところ、別の男性達が言った。
「おい、本当にその人なのか。間違っていたら冤罪だぞ」
「そうだ。確かにその人に触られたのか、お嬢ちゃん」
被害者の女生徒は俯いたままだ。しかしその体は小刻みに揺れていた。恐怖で震えているのだろう。
ほぼ辰馬と同時に彼女の近くへと進んだ栄太は、腕を掴まれた男と両脇に一人ずつ、そのそばに二人の男がいるのを確認する。他の乗客は関りたくないのか、あとずさって様子を眺めているか、目を逸らしていた。
念のため、ざっと見渡した後、マイクに向かって囁いた。
「則夫、見ているか。他に怪しい奴はいるか」
もし今捕まっている奴が冤罪なら、本当の犯人が近くにいるはずだ。
しかし栄太が見る限り、挙動不審な人物は見当たらない。それでもスマートグラスを通した録画されている映像を客観的に観察できる則夫の目で確認すれば、気付くこともあるかもしれないと考え尋ねたのだ。
「うん、見ているけど、まだちょっとわからない。だけど今の二人、おかしくないかな」
「なるほど、お前も気づいたか」
「俺もそうやないかと思う」
栄太同様、辰馬も理解したようだ。
「えっ、どういう意味?」
遅れて近づいてきた未知留がそう言うと、他のCMTが口々に言いだした。
「ごめん、まだ近づけていないから、良く分からないな」
「俺も。何がおかしいんだよ」
彼らの声を遮り、栄太は胸元から取り出した身分証を出し、周囲に聞こえる声で言った。
「警察OBで交番相談員の者です。次の駅で、被害女性と被疑者と思われる男性、その腕を掴んでいる二人と、先ほど冤罪ではないかとおっしゃった二人も降りて下さい。ホームで話を伺います。他に目撃していた方がいらっしゃったら、一緒に降りて頂けると助かります」
周囲がざわめく中、四十代半ば位の男が叫んだ。
「いや、なんで俺達もなんだよ!」
「冤罪だぞ」と言った人物だ。その横の、「お嬢ちゃん」と口にした五十代位の男も頷いていた。
「今俺達、って言ったね。二人はお知り合いかな」
栄太の指摘に、言った本人は慌てて首を振った。もう一人の男は黙って顔をしかめている。
「い、いや、そうじゃない」
「赤の他人には俺達なんて言わんやろ。それにあんたら、痴漢されとるのを見とったんか」
今度は辰馬が野太い声を出し、上から覗き込むように凄んだ。その迫力に恐れをなしたのか、男は顔を青くしてまた首を振った。
「そうか。見てへんかったんやな。あんたはどうや」
もう一人の男もまた、その問いに黙って首を振る。
「そうか。見てもないのに、冤罪とか本当に触られたのか、なんて何で言うたんや。まるで犯人を
これには捕まっていた男が騒ぎ出した。
「こ、こんな奴ら、知らないよ。あ、あんたらこそ仲間みたいじゃないか」
その頃には、ようやく他のCMTも近くまで到着し、一緒にいた女生徒達と一緒に彼らを取り囲んだ。彼はその異様な雰囲気を察し、そう言ったのだろう。
「ああ、そうや。それがどうした。警察OBの交番相談員とその仲間達や。ここにおる連れの娘とその友達らを、痴漢から守ろうと集まった有志じゃ。なんか文句あんのんか」
更なる辰馬の
「おじさん達、有難う。あなた一年生ね。怖かったでしょう。もう大丈夫だから」
どうやら制服につけている青いスカーフの色から、下級生だと分かったからだろう。
ちなみに未知留達二年生は赤、三年生は白だ。彼女の周辺には、未知留以外の生徒達も集まり、同じ一年生の顔見知りらしき子が寄り添っていた。
その為かようやく震えも止まり、下を向いていた顔をゆっくりと上げたその表情は、涙で頬が濡れていたものの、少し安堵しているかのように見える。
「おう、われら、もしかして、痴漢仲間とちゃうやろな」
「そうや、そうや。おかしいやろ」
他のCMTもようやく状況が飲みこめたらしく、そう口にした。徒党組んで連携し、痴漢行為をする卑劣な奴らがいるとは聞いていたが、まさしくこいつらがそうなのだろう。
この二カ月余りの間、実際電車に乗り警戒するだけでなく、痴漢がどう行われているか、どんな問題点があるかなど、栄太は改めて調べてみた。その内容は辰馬を含めCMT達にも知らせておいたことが、今回役に立ったようだ。
「あっ、そう言えばこの人達、こいつの近くにずっといましたよ」
「そうそう。この女の子を挟むように立っていたんじゃなかったかな」
男の両脇にいた二人がそう告げると、近くの席に座っていた女性客も声を上げた。
「私も見ました。いえ、痴漢している所は見えませんでしたけど、その三人がこそこそと話をした後、制服を着た女の子達に近づいていくのを見ました」
「そうですか。他に証言してくれる方は居ませんか。いましたら、申し訳ありませんが、我々と一緒に次の駅で降りて下さい。駅員に引き渡して警察を呼べば、色々事情を聞かれるかもしれません。時間も取られると思います。しかしここに怖い思いをした女の子がいるんです。それに他の生徒達もいます。今ここで見て見ぬふりをするのではなく、痴漢は犯罪だとしっかり大人が言ってあげる。それが我々の責任だと思いませんか。もちろん冤罪はいけません。だからそうではないという人が他にいらっしゃれば、その方々の話も一緒に伺いますから」
栄太がそう言っている間に電車は駅に到着した。そこで則夫からの指示が耳に入る。
「降りるのは栄太さんともう一人だけで、タッチャンとその他の人は引き続き電車に残ってくれないか。あと一駅だけど、他の生徒達を最後まで守って欲しい」
「分かった。おい、いくぞ。さあ、先程言った人達は降りましょうか」
栄太が近くにいた
さらに栄太は被害者とその付き添いの女生徒に目配せし、また捕まえてくれた若者らや犯人とその仲間らしき二人、さらに声を上げてくれた三十代位の女性に視線を送った。 他のCMTが取り囲むようにしたおかげで、それらの面々は無事ホームへと降り立つことができた。
しかしそこに未知留と友達一人が加わり、私達も一緒に行く、と言い出した。
「おいおい、学校はどうするんだ」
慌てる則夫に、彼女は言った。
「あと一駅じゃない。それにこれは、私を痴漢から守るためにしてくれていたんでしょ。それをきっかけに集まってきた子が被害に遭ったんだから、知らない振りなんて出来ない」
「未知留ちゃんが降りるんやったら、俺もおらなあかん。あと一駅や。他の奴らは残っとれ」
辰馬までがそう言って降り、残された面子が慌てる間もなくドアは閉まり、電車が動き出した。
呆気にとられている彼らをガラス窓越しに見送った後、栄太はホームを見渡した。
複数の路線が乗り入れるこの駅は規模が大きい。未知留を最寄り駅で降ろし解散した後、辰馬はここまで引き返し乗り換え、大学まで通っている。人も多いからかホームも広かった。
少し離れた場所にいた駅員が目についたので、栄太は手を上げて大声で呼んだ。「すいません! 痴漢の疑いがある人物を捕まえました! こちらに来て貰えませんか!」
周囲の客が一斉にこちらを向く。駅員も気づき、小走りで駆け寄って来た。捕まっていた男が一瞬逃げようとして身じろぎする。
だが両脇の二人がそれを阻んだ。その仲間と思われる二人の男は辰馬と田端に正面を向いた状態で肩を掴まれ、身動きできない状態でいる。
ホームに立つ総勢十三名の集団が、かなり目立っていたからだろう。駅員が三人も駆けつけて来た。
その内の一人が
「痴漢ですか」
と尋ねて来た。
「はい。私、交番相談員の担咲と申します。車内でこの女生徒が痴漢に遭ったそうで、近くにいた男性二人がこの人を取り押さえました。警察を呼んでください」「わ、分かりました」
返事をした彼が無線機を使って連絡をし始めると、別の駅員が戸惑った口調で言った。
「あ、あの、他はどういった方々ですか」
女性が五名、男性が八名いる中で拘束されている男が三名という複雑な状況だったからだろう。その為、素早く手で示しながら説明した。
「この被害女性に付き添っている三人は、同じ学校の生徒です。こっちの二人は私の連れ、彼らに肩を掴まれている二人は、痴漢の疑いがあるこの男の仲間と思われます。それを証言してくれる為に電車を降りてくれたのが、こちらの女性です。彼らも取り調べて下さい」
「な、なるほど。わ、分かりました」
理解したようで、既に駅事務所へ連絡しただろう駅員は、追加で今の状況を伝えていた。
「ち、違うって。誤解だよ。俺らは関係ない!」
「そ、そうだ。急にこの爺さん達とその仲間に囲まれて、無理やり降ろされたんだよ。こいつらこそ捕まえてくれ!」
そう言ってまだ抵抗する彼らを、栄太が一喝した。
「無駄に騒ぐな! 交番相談員の俺を含め、これだけの人の証言があるんだ。それに車内でのやり取りした映像は、この眼鏡でしっかり撮影しているし、音声も録音済みだ。後で警察に確認して貰えば分かる。もう諦めろ!」
「さ、撮影ですか」
と驚く駅員と共に、犯人を含めた三人以外もぎょっとしていた。この場ではCMTの三人と未知留だけが知る事実だったからだろう。
「お、おい、車内で勝手に撮影なんてしていいのかよ!」
「そうだ! 盗撮じゃないか!」
席に座って証言してくれた女性にそう声をかけると、彼女は頷いた。
「はい。この三人は痴漢をする前から、こそこそ話し合っていました。それなのに一人が捕まったら、他人の振りをして冤罪じゃないかって助けようとしたんです」
「その辺りのやり取りの映像と音声が、ここに全て残っています。もちろん撮影を開始してからの全てを提出するので、違法なものだと判断されたら私を逮捕すればいい。こいつらと違って、やましい事は何もないから構いませんよ」
「そうです。今言った栄太さんや他の二人は、痴漢で困っている私達を助けようと毎朝、付き添ってくれているんです。私と父が、それを証言します」
未知留が声を上げると、被害者生徒に寄り添っていた彼女も賛同した。
「そうです。この路線を使う私達女生徒の多くは、このおじさん達に守られてきたんです」
「ま、毎朝、ですか。一体、どういう、」
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