第3話

 そうして繰り出した強烈な蹴りが、相手の横面にヒットする。もげたのではないかと思うほどの勢いで首が回り、彼は地面にバタリと倒れた。完全に泡を吹いて気絶したようだ。

 その様子を間近に見ていた奪洲斗露異の残党達が震え上がる。そんな彼らに辰馬が近づき、背後に栄太とその部下、そしていつの間にか駆け付けた元也や誠とその部下達が並んだ。

「す、すいませんでした!」

 既に前哨戦で誠に倒された奴らや根性なしだけが残っていたのか、それとも反抗する気力を削ぐほどの有無を言わせぬ迫力に負けたのか、彼らは一斉に土下座して頭を下げた。 しかし辰馬は軽く首を振り怒鳴った。

「そんなこと、すな。せやけど奪洲斗露異は解散せえ。ええな。もしせんのなら、今度は気絶くらいじゃ済まさへんぞ。頭の先からつま先まで、骨という骨を砕いたる。分かったな!」

「は、はい!」

 彼らが揃ってブルブルと怯えながらそう答えた為、辰馬は頷いた。

「よし、ええ返事や。それでええ。あと、例の事件の犯人は名乗れ。どいつや」

 しかし彼らは全員首を振った。

「い、いえ、俺らじゃないです。こ、ここにはいません」

「なんやと! じゃあどこにおんのや。隠れとんのか。それともどっかで転がっとんのか」

 後ろを振り向き、叩きのめされ地面に横たわったまま、または息も絶え絶えの状態で半分体を起こしている奪洲斗露異達を、辰馬は目で追った。

「おい、ワレ。ここにおらんって即答したってことは、あの事件が誰の仕業か、お前らは知っとるって事やろ。誰や。正直に言え!」

 前に進み出た栄太が、土下座した男の胸倉を掴んで揺さぶり詰め寄った。だがそいつは、ただ首を大きく振るばかりだった。どうやら目当ての奴は途中で抜け、逃げたと思われる。

 聞くところによると、事件で襲われた女性は相手の家とこっそり示談をした為、誰に襲われたのかを口にしなかったという。その為に辰馬達は事情を知っているだろう奪洲斗露異のメンバーを片端から見つけては殴り倒し、その人物の名を吐かせようとしていたのだ。

 ただ幹部の一人だとまでは自白させたものの、具体的な名前までは掴み切れなかったと聞いている。

 先程倒した総長でないことは分かっていた。また、犯人とされる親の職業から何となく察しはついていたが、こいつだと確定させる証言が欲しかったのだろう。

「いや、その、」

と青冷めた顔で固まる相手に、栄太が怒鳴りつけた。

「ワレ、これ以上黙っとったら、マジでいてまうぞ! ほんまのことを言えや!」「じ、実は、」

 そう口を割りそうになったところで、遠くのほうからバイクの特殊なクラクション音が聞こえた。それを耳にした魔N侍のメンバーが騒ぎ出す。

 さらに何度か同じ音が続いたところで敷地に一台のバイクが侵入し、入り口付近に止まった奴が大声で叫んだ。

「やばい! マッポや! 北側から来よる! はよ、逃げなあかん!」

 警察が来たとの言葉に場にいた全員が騒ぎ出す。準の近くにいた見物人の誰かが口にした。

「魔N侍の偵察隊ていさつたいや。どっかで見張っとったんやろ。さっきのは、それを知らせる合図やな」

 どうやらその予想が当たっていたらしい。辰馬は素早く動き、メンバーに指示を出した。

「散会や! 誠! 予定通り、特攻隊で北側のマッポを食い止めろ! 栄太! お前ら親衛隊は南側や! 他の奴らは元也の後ろに続いて脇道を走れ! 俺が殿しんがりや!」

 魔N侍の面子めんつは皆、こうなると想定していたようだ。

「おう!」と一斉に応じ、後方にいた奴らは素早く動きバイクにまたがり、誠や栄太、元也らのバイクを運んで彼らに駆け寄る。

「俺についてこい!」

「親衛隊はこっちや!」

「残りは俺の後に続け!」

 真っ先に跡地を飛び出た誠が北側の峠へと走り出し、特攻隊の面々がそれに続く。次に栄太のバイクが逆の南側の道路へと飛び出し、親衛隊がそれを追った。その他が元也に続き、四輪は通れないだろう狭い脇道へと入って行く。その一番後ろに辰馬のバイクがいた。

 殿とは、いくさなどで退却する際、味方を逃す為に最後尾で敵の追撃を防ぐ役割を指す。逃げつつ戦う、または相手を防ぐ難しい役回りを、総長自ら行うなど通常はあり得ない。

 しかし誰一人逮捕者を出さないように、または被害を最小限に食い止めるという仲間を想う辰馬らしい行動だと、準は思った。そう感心していたところで、誰かが言った。

「やばい! 俺らもこんなところでいるのを見つかったら、捕まるぞ!」

 そうだ。確かにこの建物は、現在立ち入り禁止になっている。来月受験を控えた身で補導されては、大学進学どころではなくなってしまう。

 その為、慌てて逃げようとした。だが階段は狭く、同じように考える奴らでごった返し、なかなか前に進まない。

 それでも準は何とか脱出し、置いてあった自転車にまたがり走り出した。 パトカーのものらしきサイレンが遠くで響き、焦燥感しょうそうかんをさらにあおる。

 魔N侍の集団は既に誰も居なくなり、奪洲斗露異のメンバーは散り散りに走り出していた。倒れていた奴らも何とか立ち上がり、助け合いながら何とかバイクに乗り逃げようとしている。 

 準達も狭い脇道に入り、転倒しないようブレーキをかけつつ急な坂道を下った。

 しばらくして振り向き見上げると、跡地周辺の道路辺りに赤い警告灯を回す、数台の車が見えた。

「やばい! あれ、白バイとちゃうか? 追って来るぞ!」

 同じく自転車で逃げる見物人達が、後ろでそう叫んだ。

「マジかよ! 勘弁してくれ!」

 心の中で叫んだ準は、絶対捕まる訳にはいかないと必死にペダルを漕ぎつつ、頭を捻る。いや警察の狙いは俺達じゃなく、バイクに乗る暴走集団達のはずだと思い直す。 

 そこで準は少し道が曲がった場所でコースを外れ自転車を降り、うっそうと茂る木々の裏へと隠れた。

 周囲に灯りは全くない。あるのは道を走る自転車やバイクが照らすライトの光だけである。よって暗闇の中に溶け込めば、見つからずにやり過ごせると考えたからだ。

 その読みは的中した。赤ランプを回し走る白バイが全て通り過ぎ、その後を走る他の自転車組が通る様子を確認してから、準は道に戻り坂を下りた。

 これで追われる心配はない。ホッと一息つき転倒しないよう注意しながら走り、やっと山から脱出し街中まで戻ったのだ。

 もう大丈夫だろう。そう思い振り向くと、峠を降りる数台の車の明かりが見えた。けれどバイクの音は聞こえない。

 あの様子なら、魔N侍の先頭集団も無事切り抜けたと思われる。 前方の街中では、遠くでパトカーのサイレンとバイクがふかす音が聞こえる。まだ追走されている集団はいるようだ。辰馬だろうか。まさか逮捕されないよな、と危惧した。

 しかし人の心配をしている場合でないと気付く。時計を見ると十二時を回っていたので、補導対象の高校生としては、今ここで警察に目は付けられたくない。

 とにかく家に着くまで油断せず行こうと思いつつ、大通りを避け住宅街の道路へ入り、静かにかつ急いで進んだ。 さあもうすぐ家だ、というところまで来た。

 ここまでくれば安心だ。ようやく力が抜けて緊張がほぐれ、先程までのことを頭に浮かべた。

 それにしても今日はすごかったな。辰馬は想像以上に強かった。これで羽立高校や周辺の平穏は保たれる。奪洲斗露異が解散すれば、別の集団が結成されるまでの間だけでも静かになるだろう。

 準がそう思っていた時、突然脇道の暗がりから

「ワレ、何をしとんじゃ!」

と怒声が聞こえ、思わずブレーキを踏んだ。

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