沈む太陽、浮かぶ月

霧島 高

沈む太陽、浮かぶ月

「店主、『月』はおいてあるか?」

 街の裏通りにある何の変哲もない、安物の雑貨を売る店に私はやってきた。

 もちろんただの店なわけがない。

「旦那、あるにはありますが模造品ですぜ」

「それでいい、いくらだ?」

「50で」

「いいだろう」

 端金はしたがねを渡せば紙片が渡される。

 私はさっと目を通すとそれをそのまま店主に返す。

「ではな」

「またご贔屓に」

 そのまま表通りに戻る。

 今日もまた女盗賊・『月』を追いかけている。

 そして目についた商店でいくつか必要なものを揃えれば、日は傾き始めていた。

 私はその様子に目を細める。

 太陽は沈み、月が浮かぶ――。



「み~つけた」

 アタシの視線の先には、真夜中に小さな商店の裏口を伺っている男たち。

 まさしくならず者たちだ。数は3人。物陰から伺えば話し声が聞こえる。

「へへ、こんなことで金になるんならいくらでもやってやるぜ」

「そうだな、全部『月』のせいにできるんだからな!」

 『月』のせい、ねえ。

 まあ彼らはまさか本物の『月』に見られているなんて思ってもいないだろう。

 今日は満月だ。彼らの姿ははっきりと見える。

「さ、いこうぜ――う」

 ひとーり。

「ああ――」

 ふたーり。

「え――」

 さんにん。

 あっけない。こんなにも月が綺麗なのにアタシに気付きやしない。

 まあ気付かせるわけなんてないけれど。

 アタシはならず者たちを縛り上げて放置する。

 それにしたって複数人でおしかけておいて『月』のせいにするなんて、失礼にも程があると思わない?

 『月』は単独行動の女盗賊なの。そんなんじゃあ押し入ったところでバレバレよ?

「さて、本当の仕事といきますか。黒幕さん、待っててね!」

 アタシは屋根の上を静かに駆ける。月に見守られればアタシにできないことはない。しかもこんな綺麗な満月なんだし。

 そして仕事を終えたアタシは、明るくなり始めた夜空を見上げ目を細める。

 月は沈み、太陽が浮かぶ――。



 この街にもう用はない。

 『月』はもうこの街にはいない。

 大通りを歩き外門を目指す。

「おっと」

 その時、足元に一人の女の子がぶつかりかけた。

 寸前で受け止め、転びそうになったところを支える。

「あっ」

「す、すみません!」

 女の子は驚きに声を上げ、その母親は蒼白な顔をしてこちらをみる。

 私は帯剣している。

「気にすることはない。ただしっかり前を見るようにな」

「うん、ありがと――騎士の!」

「……ふふ」

 私はその親子と別れ先を進む。

 すこし心地が良かった。女性とみられたのは久方ぶりだ。

 さて、次の『月』の影を探そう――。


 

 その日ある街で、とある商人の悪事が表沙汰となった。

 ごろつきを雇い商売敵の店を襲わせようとしたという。

 けれど実際には、その悪徳商人の家から高価な宝飾品が盗まれていた。

 『月』が描かれた紙片を残して。


 (完)

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沈む太陽、浮かぶ月 霧島 高 @koukirishima

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