はじめまして、バラマキです。
「新城さん!八卓さんに唐揚げと生二杯お願いします!」
「了解です!あと、三卓さんのポテトサラダと八本串お願いします!」
祖母のお見舞いから二日後の午後七時三十分。俺は居酒屋のバイトをしていた。
今日は火曜日。会社や学校終わりの社会人や学生の多く集まってくる時間帯。言うまでもなく忙しい。
大衆酒場『色鶏鳥』。武沢駅から徒歩七分。焼き鳥を中心に扱い、庶民に手の届きやすいリーズナブルな価格をモットーに掲げる居酒屋チェーン店だ。ここに世話になって早二年。仕込みからキッチン、ホール大抵の業務はできるため、『新城がいればなんとかなる』と、アルバイト全員から畏敬の念をこめて新城さんと呼ばれている。勿論、大半の同僚が年上のため正直に言うと、もやもやするというか気持ち悪い。
「新城!。ちょっとホールが大変そうだから、様子見てきてくれる?」
「分かりました店長。後お願いします。」
洗面台で手を軽く洗い、キッチンからホールへ出る。ざっと周りを見渡すと客が帰った後の散らかったテーブルが何卓か見られたので、それを片付けるための箱を取りにホールを横切る。
すると、喧騒の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声の方向に行くと、裏谷月がテーブル席に座ってポテトサラダを食べていた。
裏谷月に見えないように柱の影に隠れて聞き耳を立てる。よく見ると彼の向かいに誰か座っている。祖母の見舞いの際、病院の自販機の前で見た老人だった。
「なぁ…牧ちゃん。本当にいいのかい。…子ちゃん、多分この件解決したらポックリ逝っちまうと思うぜ。」
「前からそれで良いと言っているだろう。それに今更会ったって何にもならないよ。」
「…そうかよ。じゃああのガキはあの年で天涯孤独の一人暮らしかい。」
「…仕方ないだろう。そんなヤツ、世界中にごまんといる。彼は見たところしっかりしてるし、なんとかやってけるさ。」
柱の影から少し顔を出すと、裏谷月の向かいに座る老人と目があった。その老人は目を細めてニンマリと口を三日月の形にした。
「ったくシンジョウ君も可哀想だねぇ。祖母が快方へ向かってると思ったら、実はそれ奇病の――――」
頭の中の梵鐘が鳴り響くような、唸りのある痛みが頭の両側面から響いた。
直後、視界がぼやけ、足の力が抜けて、地面に倒れ伏した。
―――――――
―私は許されざる罪人です。
真白の空間の先に一つ、所々を食い破られた少女の影法師があった。
芋虫にかじられた葉っぱのような右腕で、ポッカリと空いた下腹部を撫でる。
―愛しい愛しい私の子を犠牲に、私は理想の三年間を過ごしました。家族に恵まれ、良き友を持ち、身の丈に合わない才能を持ち、王子様とも出会えました。
―名前を口に出すのも畏れ多い私の王子様。誰と一人として助けてくれなかった私に手を差し伸べてくれたあのお方。叶うなら一生を共に生きてみたかった。
―だけど、時計の針は十二時を刺し、魔法は解けてしまったのです。残ったのは、身も心も朽ち果てかけた一人の醜い女だけ。死したあとも悪鬼にその魂を喰われ、凌辱されて、悪鬼の糧となる。死んでも尚、人様に迷惑をかけるゴミのような人間です。
目の前に近づいてきた影法師は右手と欠損してここにはない左手で俺の両手を包みこんだ。
『男の子が欲しかったのに…』『一に友情、二に努力、三に―ブチッ』『は…とはかわいいわねぇ、それに比べて…』『貴方にお金かける価値なんてないんでから』『(ドアを思い切り閉める音)』『臭えんだよ学校来んなよ』『お母さんもお父さんも貴方のこと嫌いなのよ』『もう出ていってくれる?』『生意気な顔してんじゃねえよ』『何?聞こえない』『ゴミ人間~』『姉さん…』『触ってくんなよ気色悪い』『死ねよクズ』『あぁ…あの子ね』『何物欲しそうな顔してんの?』「どうして私は生きてるんだろう」『(煙草でお腹を焼かれる音)』『はぁ…』『(机を叩いて威圧する音)』『…ゴミ人間』『何ぼーっとしてんの?皿洗いと洗濯は?』『…とは机離したほうがいいよ』『てかさ、ヤラしてくんない?(笑)』『(ロッカーを叩いて威圧する音)』「お願いだから中には出さないで…」『これ以上身勝手なこと言うなら勘当だからな』『行かないってどういう事?世間体は?』『あいつの動画あるけどさ、いる?』『…いい加減堕ろしなさいよっ!!!』
「初めてできた私のモノ。絶対誰にも奪わせない。絶対に理想の、理想の……になってやる。」
激しい頭痛とともに彼女の歩んできた人生を脳みそに流し込まれる。彼女の悲惨な人生が早送りでありながら、一つ一つのシーンがバチバチと脳みそに焼き付いた。
そんな情報の波に飲み込まれ我を失いそうになった時、それは一瞬にして消え去った。
「そんなこと今更伝えたって何になるのかねえ?」
掠れていて意地の悪そうな声が聞こえた。目の前にいたのは、三メートルほどの歪な形をした影。その影の第一印象は真っ白の半紙に落ちた墨汁。
見渡すと、少女の影はどこにもない。影を見上げると、ぶらりぶらりと口から何かが垂れ下がっていた。
影の少女の足だった。
影はニンマリと笑い、そこを中心に視界は真っ黒になる。これがこの夢の終焉だった。
―――――――
シャッ…シャッ…シャッ
意識を取り戻して初めて聞く音は、誰かがりんごの皮を剥ぐ音だった。重いまぶたを少し持ち上げると、窓から見える月明かりを背に、ボンヤリと少女のシルエットが見えた。彼女がりんごを剥いていたのだ。
「白鳥先輩…?」
「残念。見舞いに来ていたのは女の子じゃなくて、七十歳のお爺ちゃんだ。」
優しげな声を発して、俺を見下ろしていたのは裏谷月と一緒にいた老人だった。
一炊の夢~忘れられた美少女~ 隣のアイスクリーム @tonarinoicecream
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