憧れの人

 武沢駅の近くのギチギチに自転車の置かれた駐輪場になんとか自転車を停め、再び隼人に電話して場所を確認した。隼人のいる場所はさっきと変わっていなかった。


 「ごめん!待たせた。」


 駐輪場から走って、隼人の待つ北口のベンチまで来た。二十分近く走りっぱなしだったので、息が切れ切れだった。額の汗を袖で拭い、隼人の隣りに座った。


 「待っていましたよ、新城さん。…疲れているようなのでどこかに入って話しますか?」


 隼人は昨日の制服と違い、ライトブルーのデニムに白いスウェットを着た、爽やかな印象の服装をしていた。四月といえど、日が届かないところで長時間待っていたからか、少し寒そうに腕を組んでいた。そんな中でも、俺に気を使ってくれたので、より申し訳なさを感じる。


 「そうしてもらえると助かる。それと、遅刻してごめん。お詫びと言っては何だけど、入った先で奢らせてくれ。一番高いのを頼んだって構わない。」


 「良いんですか?じゃあお言葉に甘えて一番高いやつ頼まないといけないですね。」


 笑いながらそう言って、じゃあ南口にあるスタベにしましょう―と、提案された。そういえば、今まで一度もスタベに行ったことがない。評判が良いのは知っているが、ドリンクのサイズの名称が独特なのを友達から聞いたことがあったので、少し不安だった。


 そのことを隼人に伝えると、快く教えてもらった。フランス語と英語を組み合わせた独特の名称。英語は得意なのですぐに覚えることができた。


―――――――――


 「先輩のスマホ?」


 「はい。姉さんが自殺してから、部屋に置きっぱなしだったんですが、昨日充電して持ってきました。」


 隼人がバッグから取り出したのは透明のケースに入った白色のスマートフォンだった。

 背面には男性の写ったステッカーや先輩の友人と撮ったであろうプリクラの写真が挟まっていた。確かに今の俺達にはこれ以上とない情報源ではあるが、他人の―それも異性の個人情報が詰まったスマホを勝手にいじるのは倫理的にいかがなものなのか?恐らく、パスワードや顔認証でロックされているはずなので、それを無断で突破するのは法律で違法なはずだが。


 「考えることはわかりますけど。でも、大丈夫です。これ見てください。」


 隼人が先輩のスマホをこちらに向けて、見せてきたのは待ち受けの壁紙だった。


 『新城さんへ。もし、この画面を見ているならメモ帳を開いてください。パスワードは憧れの人です。』


 可愛らしいスマホに写された真っ黒の背景。そこにはゴシック体で書かれた俺へのシンプルなメッセージがあった。


 「見ての通り、開けてくださいと言っているから問題ないと思いますよ。それでも罪悪感を覚えるのはわかりますけど。」


 「ちょっと悪い気持ちがあるのは確かだけど、開けて良いというなら開けよう。それが先輩の望みならそうするべきだ。」


 そう自分に言い聞かせて、隼人にパスワード入力画面に移動することを促した。


 隼人はその画面を下から上にスワイプして、待受からパスワード入力画面に移動させる。映し出されたのは合計十個の数字の書かれた円で構成された堅牢な城壁だった。パスワードは四桁、全部で一万通り。手がかりなしでは到底解錠できるものではなかった。


 「…憧れの人か。隼人君は心当たりあるか?」


 隼人はグラスに入ったホットの柚子のフレーバーティーを一口飲んで答える。


 「全く無いですね。新城さんはどうですか?」


 首を横に振るしかなかった。俺も隼人もうーん、腕を組んで唸る他なかった。乾いた喉を潤すためにキンキンに冷えたアイスコーヒーを口に入れた。カップに入った氷がカラカラと音を立てる。

 ふいに、隣の後ろのテーブル席に座った二人の女性の話が耳に入った。


 「ちょっと待って、カリン。それ、妖術海戦のカオルのカードじゃん。いいなー、ウエハース何個買ったのよ?」


 「ウエハースじゃなくて、フリマで買ったんよ。先週のアニメのカオルがかっこよかったから、ついね―――」


 先輩のスマホに目が移る。視線の先にはセンター分けで肌の綺麗な男がガラスとスマホの間に挟まれていた。


 「隼人君。多分これだと思う。」


 ステッカーに指を指すと、隼人は目を大きく開けて、そういうことですか―と言って、隼人は彼のスマホカメラをステッカーに向けて画像検索をした。ステッカーの正体は今人気の韓国アイドルだった。


 「取り敢えずベタなのは誕生日ですかね。」


 そう言って、アイドルの誕生日を調べた。結果は外れだった。


 その後、彼の生まれた年、彼の所属するグループが結成した年、身長、体重など様々な彼に関する数字を入れてみるもすべて結果は同じだった。そろそろスマホがロックされてしまうのではないかという、緊張と不安が二人を包んだ。


 「一旦、ステッカーからは離れたほうが良いかもな。」


 「そうですか?いい線行ってたと思うんですけどね。」


 イマイチ納得いかない様子で隼人は先輩のスマホを裏に向けてステッカーとプリクラを見つめていた。


 「あっ。」


 何かに気づいたようだ。何に気づいたのか尋ねる前に隼人は右手でスマホをガッチリと掴み、左手でケースを引っ剥がした。スマホケースからひらりと落ちてきたのは、プリクラの写真と韓国アイドルのステッカーともう一つ。

 

 随分と古い魔法少女のキャラクターのシールだった。

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