異世界で社長になる。   〜5歳児から始める異世界ビジネス革命〜

ミズノキ カワイ

第1話 炎の鍋亭の息子

## 1話 炎の鍋亭の息子


「ああ、まただ」


俺は思わずため息をこぼした。

目覚める度に心がざわつく、だが、見慣れた木造の天井を見上げながら、自分自身に苛立つ。

目から流れ出たであろう生ぬるい跡を、手の甲で雑にぬぐって起き上がる。


ここは異世界。


前の人生では「日本」という国で生きていた。

俺は今、この世界で『ライム』という名の少年として生きている。


はじめは辛かった。

うまく説明できないが、前世の「俺」の意識ははっきりしているのに、肉体はそれを完全に拒絶した。

目はピントが合わず、音も水中にいるようなくぐもったノイズで、五感から入ってくる全ての刺激が、情報過多で脳を焼くような重い負担だった。


口が動くようになる頃には、自分が「赤ん坊」という檻の中にいることに気づき、

よちよちと歩けるようになる頃には、ここが異世界なんだと悟っていた。

最近ようやく、体も当然だが、頭脳の成長もついてきて複雑な思考が出来るようになってきた。


『ライム』が生まれたのは、中規模の街ロンドールの目抜き通りに面した一軒の飲食店だ。

店の名は炎の鍋亭。屋号どおりスープや煮込み料理が看板で、庶民的だけど活気のある店だ。


この世界には、小説やゲームでよくある「魔法」は存在しない。

空を飛ぶ竜も、炎を吐く魔王も、水を操る精霊もいない。

あるのは、ちょっと不便で、でもちゃんと汗をかいて生きている人間の暮らしだけだ。


文明レベルは、ざっくり言ってしまえば「中世」くらい。

街の明かりは油ランプと蝋燭頼みで、夜が更ければ外は本当に真っ暗になる。

もちろん、電気もガスも水道もない。


ごつごつとした木製のテーブルと椅子、煤けた壁、鼻をくすぐる香辛料と肉の匂い。

それが、今の俺の日常だ。


「ライム、ぼさっとしてないで!支度はもう終わってるのか?」


奥から、どっしりとした体つきの父さん――ゴードンの太い声が響く。

炎の鍋亭の亭主であり、この世界での俺の父親だ。ぶっきらぼうだけど、料理の腕は本物だ。


「今行くよ、父さん!」


そう返事をして、俺はベッドから立ち上がった。


俺の今の役割は、父さんと母さんを手伝いながら、いずれこの店を継ぐことらしい。

前の世界で得た知識が、この「魔法のない中世」の世界でどれくらい役に立つのかは分からない。


〈でも、「何もしないで普通に生きる」には、ちょっと知りすぎてるんだよな〉


俺は知っている。

この世界の誰も知らない「世界を変えた技術」とか、「発展した世界」の姿を。


それはきっと、この小さな炎の鍋亭を、この街で一番の店に変えるための――俺だけが持っている武器になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る