第3話 過去への潜入

 空気はひんやりと湿っていた。浮遊大陸の影が水面に揺れ、波は静かに岸を撫でている。

 イーサは塔を見上げながら、ラークの無表情の背を横目に確認した。


イーサは小さく息を吐いた。「座標は間違いないな。あそこにデータ塔がある。」


 ラークは目も動かさず、ただ静かに立っている。

 感情の欠落した目が、未来技術で構築された浮遊大陸のコピーを、まるで意識のない神の使いのように見せていた。


 塔の周囲には、古代の人々が集まっていた。衣装も道具も原始的だが、目線はただ一点――ラークのコピーたちに注がれている。

 古代人の声が、低くざわめいた。


「大いなる者が降りた……」


「白き姿の者が光をもたらす……」


 その声は警戒ではなく、敬意と畏怖を帯びていた。イーサは無言で視線を塔の隙間に送り、進入経路を探す。


 浮遊大陸の設計データを回収するには、イーサのチープを塔内部の建造機械に接続し、解除を行わなければならない。

 しかし、古代人の前で一歩間違えれば、未来技術が暴露され、歴史は完全に書き換えられる。


イーサは低く囁く。「静かに……。古代人に気づかれたら終わりだ。」


 ラークは無言のまま、イーサの指示に従って隠れた経路を進む。

 複製されたラークのコピーたちが塔の周囲を警備しているように見えるが、彼らは感情を持たないため、計画通りに動く。


 イーサは息を整え、塔の脇に設置された小さなメンテナンス孔に目を凝らす。「ここから入れる……でも簡単じゃない。」


 ラークはただ頷きもせず、目だけでイーサの意思を確認する。

 無表情のまま、しかし的確に、彼の動きが塔内部への侵入ルートを示していた。


 イーサは慎重に足を進める。「機械に接続して解除を……」

 その時、塔内部から微かな振動と光の変化が伝わった。

 不意の誤作動かもしれない。イーサは息を殺し、ラークの指示を待つ。


 ラークの無感情な目が、光の変化に反応する。

 古代人の気配は遠く、しかし塔内部のデータ機械は、すでに小さな誤作動の兆候を示していた。


 イーサは歯を食いしばる。「ここで間違えたら……全部台無しになる。未来も、俺たちの記録も」


 静寂の中、二人は互いを確認するだけで、行動を開始した。

 外界の古代人の声は遠く、ただ畏怖のざわめきだけが漂う。

 浮遊大陸の設計データを回収し、過去の時間軸に混ざった“コピー”を整理する、二人だけの静かな潜入劇が始まった。

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